第3話 妖精王のうわさ

 セーフティと呼ばれる場所がある。どんな理由で設けられたものなのか、それは定かではない。しかしながら、石拾いなどのモンスターと呼ばれるものらが、そこを嫌がって避けて通ることだけは、長年の経験からわかっていた。この場所はダンジョンで生きる人々にとって、唯一のオアシスとなりうる地点なのだ。

 このダンジョンの中に、こうした避難所はいったいいくつあるのか。そして、人間の数はいったいどのくらいまで増え、あるいは減っているのか。時々はそういったとりとめのないものについて、コーザも人並みには、思いを馳せることがあったが、今は目先の食事が優先である。

 自分たちの拠点――コーラリネットに戻ったコーザが、冷えきったパンと、古くなって色の変わった葉物野菜とを、上品とは言えない手つきで摘まんでいれば、気さくに話しかける者があった。


「おっ、今日は機嫌がよさそうだね。さては、稼ぎが多かったと見える。おいらにも、ちょいと分けてくれよ」


 言うやいなや、コーザの返事なんか待たずに、パンを無造作に一欠片ちぎると、素早く口に放りこんだ。たちまち、コーザが「おい」と、不愉快そうな声をあげるが、そいつは気にした様子もなく、正面の席に座ってみせる。それを見るにつき、コーザもただ、あきらめたようなため息をつくしかなかった。


「それより、聞いたかい? また、例の妖精王を見たというやつが、現れなさった。最近はやたらと目撃談が多いね」

「ほ~う、どいつもこいつも懲りねえな」


 いかにも信じていないという様子で、淡々と食事を進めるコーザだったが、それもそのはずだろう。目に見えなければ、ないのと一緒。それがコーザの持論である。妖精の存在を、コーザが信じていないという点については、石拾いとの戦闘場面でも見ている。


「うちらには、妖精なんて見えやしねえっていうのに、どうしてこうも跡を絶たねえんだ? ――んなもん、眉唾に決まってんだろうが。いるわけねえよ、妖精なんて」

「そこまで過敏に否定したがるのは、大将くらいだけどね。……おっと、悪かった。だから、そう怒らないでくれよ」


 普段から目つきの悪いコーザである。別に、憤ったわけではなかったのだが、そのことを口に出すまではしない。

 では、そんなコーザは、拳銃が怪しげに光るという現象について、いったいどのように考えているのかと言えば、おおかたダンジョンのせいだろうと、そう予想していた。モンスターが現れてしまうほど、ここは変てこな世界なのだ。よほど、そのほうが納得しやすい。


『俺様の姿が見えねえのは、そいつはお前が認めようとしてねえからだ! おい、相棒。無視してんじゃねえよ!』


 コーザの失礼な物言いに対し、抗議するかのようにして、拳銃がちらりと赤く光るが、気にするそぶりは見られない。コーザにしてみれば、それも単なる偶然と、断じておしまいなのである。


「……それで? 我らが偉大な妖精王さまと交わせる、うわさの約束っていうのは、いったいどういうものだったんだ?」


 言わずもがな、偉大という修辞はコーザなりの嫌味である。


「い~や、あくまでも見かけただけで、話したわけじゃないんだと」


 やっぱりな――と、そう言わんばかりに、コーザは肩をすくめて立ちあがる。食べおわったら、即座にまた、休まずにダンジョンに戻るつもりでいたのだ。

 その背中に向かって、再び口が開かれる。


「そういや、コーザ。妖精のレベルが五になったんだろ? 新技はなんだったんだい?」

「あいにくと、まだお目にかかれてねえよ。まっ、気楽にやるさ」


 拳銃が光れば弾が撃てる。これはダンジョンの常識だ。このとき、光る回数には個体差があり、それをレベルと呼んだのは、自然な流れであった。

 コーザのレベルは五。すなわち、最大で五発の銃弾を、連続して発射できるということである。このとき、銃口から何が飛びだして来るのかが、事前にわからないというのは、すでに説明したとおりだ。そして、それはレベル五であれば一般に、三種類の中からランダムで選ばれる、というのが通説であった。だが、レベルアップしたてのコーザには、残りの一つがいったいなんなのか、まるでわかっていなかった。

 早く金持ちになりたい。

 そうしていつか、このダンジョンには本当に出口がないのか、それを探しだしてやる。それがコーザの激情にも似た願いであった。

 そのためにも今は少しでも稼ぎがほしい。余計なことに、貴重な時間を浪費している場合ではない。ちょっとでもダンジョンを多く歩き、人よりもたくさんの獲物を打ち倒す。それが、やがては自分自身を、地表の世界へと送り届けてくれるはずだ。

 そう信じながら、コーザは今一度セーフティをあとにした。

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