第2話 なぜ、地表と交易ができてしまうのか?

 コーザが早足で向かっていたのは、一般に交換所と呼ばれるところであった。今日の報酬をもらうためである。


(急がねえと、閉まっちまう……)


 交換所のある位置は、地表とダンジョンとの境界である。したがって、その場所は本来、出入口としての機能を持つはずであったが、それはなお不可能であった。理由は単純である。互いに、その一部までしか侵入できないからだ。つまり、地表の世界に住まう者らや、ダンジョンで暮らす人たち、そのどちらもが、共通の部分までしか立ち入ることができず、それ以降には進めないのだ。

 ゆえに、交易をすることはできても、外の人間はそこから入って来られないし、一方で、地表の世界へと戻ろうとしても、ダンジョンの住人たちは出られない。あくまでも、互いに限られたスペースしか、接触することはできないのだ。これが、このダンジョンを特徴づける、異常な構造だった。

 黒緑色の空間を、コーザは黙々と進んでいく。通路を折れ曲がり、遠目で前を見てみれば、よかった。まだ、交易人がたたずんでいる。そうは言っても、向こうからはコーザの姿が見えないだろう。彼は、あそこよりも深くダンジョンには潜れず、壁に阻まれてしまうからだ。したがって、交易人が目にしているのは、ダンジョンの壁――黒緑色の世界にほかならない。急がなければ、人がいることに気がつかず、帰ってしまう恐れがある。

 コーザは駆け足で向かった。相手にしてみれば、いきなり壁から人が出て来るようなものだが、そこはもう慣れているのだろう。特に驚きもせず、コーザを出迎えた。


「後ろに人はいたか?」

「いや、うち以外には見かけなかったぜ」

「そうか。じゃあ、今日は本当にこれで店じまいだな。あんた、運がいいぜ」

「そいつはどうも」


 言いながらも、二人は交易のやり取りをしていく。コーザの集めた純石じゅんせきを、ひととおり確認しおえると、交易人は食糧を手渡す。いくらかの貨幣も見えるあたり、今回の収穫は非常によかったのだとわかる。無論、それが適正な価格でないことは、言うまでもないだろう。食糧を地表の世界に頼りきっている以上、ダンジョンの住人たちは、おのずと搾取されるからだ。


(……今日はずいぶんと稼ぎがいいんだな)


 表情には出さず、コーザが淡々と受け取れば、相手もまた、前言どおりに地表の世界へと戻っていく。黒緑色の壁に吸いこまれるようにして、忽然と見えなくなる交易人の姿を、コーザは、もはや何度目かもわからなくなった、嫉妬の視線で見送っていた。


(うちもいつか、絶対にここから出ていってやる)


「戻るか……相棒」


 こんなところではおちおちと飯も食えない。もう少し、安全な場所に向かわねばならないだろう。


『そうだな、相棒』


 だが、その返事がコーザの耳に届くことはない。

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