第7話

 私が働きだした夕食。

 その日の成宮家は何かが違った。


「でね、鈴木係長も、新山さんも、他の人もみんないい人そうだったの」


「今は、パワハラ、セクハラが厳しくなったから、当たり前。お前が辞めてから社会も色々アップデートされてるの。それに、入ったばっかの奴なんてすぐ辞めるから知れないから一番デリケートに扱うに決まってるだろ」


「あっ、そうなんだ」


「そっ」


「りく、今はみんな働く時はいい人なんだって」


「いいひとーーーっ」


 りくがそう言うと、たくやがふっと鼻で笑った。


「その鈴木って奴、人の女捕まえて、笑顔が素敵なんて言うなんて、ロクな奴じゃないな。というか、セクハラだぞ、セクハラ」


「えー、そんな感じじゃなかったよ」


「そいつ、独身か?」


 たくやはじぶんの左手の薬指のリング、つまり結婚指輪を弄りながら私に尋ねる。


「指輪はしてなかったと思うけど、大丈夫よ、安心して」


 私が笑顔でそう言うと、たくやはめをぱっちりと見開いて私を見るので、「ん?」と尋ねると、たくやは「なんでもない」と答えた。


「まっ、その・・・なんだ、笑顔は・・・・・・笑顔だけはその・・・・・・最高だからな、なるみは」


 そう言って、ご飯に目線を逸らして、黙々と食べるたくや。


(久しぶりに、名前呼んでくれたな)


 昔よりは全然優しくないたくや。

 でも、この頃の中では一番夕食の会話が弾んだし、私を女性として見るような言葉をかけてくれた。私はりくを見ると、りくは欠伸をして眠そうだった。


「今日、一緒に寝る?」


 私はテーブルの上で手を組みながら、たくやに尋ねる。


「馬鹿か・・・・・・」


「馬鹿かって夫婦なんだし。りくも兄弟欲しいわよね?」


「きょうだい?」


「弟とか妹。家族が増えるってことよ」


 私がそう言うと、りくはわからなかったかもしれないけれど、私の笑顔を見て、


「きょうだい、ほしいっ」


 と言った。

 

 その夜、


「ごめんな・・・・・・なるみ」


「ううん、そういう日もあるわよ」


 暗い寝室で一つの布団に入って小声で話をする私とたくや。けれど、私たちは不完全燃焼だった。


「ねぇ、たくや・・・・・・」


 意気消沈して、自分の布団へ入るたくやの背中は少し寂しそうで、何かを抱えていた。


「明日も仕事だろ? 寝よう。睡眠不足だと注意力散漫になってミスするぞ」


「何かあるんじゃないの、たくや。ねぇ、お願い。私もミスしないように頑張るから。アナタも隠しごとは止めて」


 私の言葉は聞こえているはずなのに、たくやは私と逆側を向いてこちらに背中を向けて横になった。


「ねぇってば」


「うううううんっ」


 私が大きめの声を出すと、りくがうめき声をあげる。私はりくが起きないように「大丈夫よ」と言いながら、掛け布団の上からお腹を優しく擦った。たくやはそんな私たちを無視して、背中を向けていたけれど、妻の勘だろうか。たくやが闇を曇った目で見つめているような気がした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る