【完結】海賊令嬢は腹黒貴族との婚約を破棄したい~悪徳貴族はやっつけろ~

夏まつり🎆「私の推しは魔王パパ」3巻発売

01. あいつと婚約なんて絶対嫌

 父さんは海賊で義賊。

 小さな海賊団の頭領だ。

 あたしもそのうち跡目を継ぐんだって、海に生きて海で死ぬんだって、そう思っていたのに。


「突然だがシア。おまえブレイクと婚約したから」


 父さんに話しかけられたかと思えば何の前振りもなくそう告げられ、あたしの目は点になった。

 ちょっと何言ってるのかわからない。


「……は?」

「日取りとか招待客とか諸々決めんといかんのだが、そのへんはブレイクが勝手にやってくれんだろ。おまえは着たいドレスでも考えな」

「いやいやいや待て待て待て。どうした父さん、錯乱したか? 頭打ったか?」


 婚約なんてのは陸のお貴族様たちが結ぶもの。海賊の娘であるあたしには縁のない話だ。

 しかも港町を守る騎士の一人と海賊の娘が婚約なんて正気とは思えない。いくら父さんが悪い商人しか狙わない義賊だといっても、それはない。


「あなた、もう少し説明してあげましょう? シアちゃんが困ってるわ」


 父さんの隣にいた母さんが、控えめな手付きで父さんの服の袖を引く。

 母さん、ナイス!

 いつもふわふわした笑顔を浮かべているから頼りなく思っていたけれど、生まれて初めて母さんが心強い味方に見えた。

 母さんは細い指を頬に当て、にっこり笑う。


「今まで黙ってたけど、実は父さんも母さんも昔は貴族だったの。両家の仲が悪かったから駆け落ちして、海賊になったのよ」

「駆け落ちと海賊が全然繋がらないよ!?」


 目を見開いたあたしを見て、父さんが面倒くさそうに「まあ、いろいろな」と首の後ろをかいた。

 雑な説明にも程がある。


「とにかく血筋的には問題ないわけだ」

「血だけ継いでりゃいいってもんでもなくない? 制度的にいろいろない?」

「そんな面倒なこと、俺は知らん」

「知っとけよ! 娘の話だよ!!」


 父さんに詰め寄ったあたしの肩に、母さんがそっと触れてくる。振り返るとおっとりした笑みがあたしのすぐ側にあった。


「シアちゃん、父さんはちゃんとわかってるのよ。説明が面倒なだけだわ」

「フォローになってないよ母さん」


 面倒だからって知らないことにするのは親としてどうかと思う。

 

「あー、それでな。ブレイクも身分を隠して騎士のふりをしているだけで実は貴族だから、婚約に法的な問題はない。よし説明終わり」

「そんな説明で納得できるかっ! あたしは父さんの跡を継ぐんだからな! 貴族なんかあたしにやれるかよ」


 十七になった今でもまだ海賊の仕事には連れて行ってもらえないけれど、いつか海賊になるつもりで武術だって覚えた。うちの男たちの中でも特別強い奴らにはまだ勝てなくとも、その辺の男になら負けない自信はある。

 突然貴族になれなんて言われても、そんな急に――あれ?


 子供の頃から不思議だった母さんの〝趣味〟の意味がようやくわかった気がして、母さんに顔を向ける。

 母さんは目を瞬いたあたしを見て、ふわりと微笑んだ。


「大丈夫。シアちゃんには礼儀作法も社交ダンスも最低限の教養も、ひととおり教えてあるからなんとかなるわ。それ以外のお勉強だけはちょっと頑張らないといけないかもしれないけど」

「あれ教育だったの……!?」


 小さい頃から母さんは時々、「母さんの趣味に付き合ってちょうだい」と言って、あたしをいろんな〝ごっこ遊び〟に誘ってきた。

 時には囚われのお姫様、時には恋する深窓の令嬢、スパルタ教師と女学生。母さんの好きな物語のワンシーンから始まってアドリブを展開させる遊びだ。

 お辞儀やダンスに関する演技指導がやたら厳しいと思っていたら、あれは教育だったってこと?


「母さんはな、所作の綺麗さとダンスの華麗さから〝社交界の妖精〟って呼ばれてたんだぜ。その母さんから教わってきたおまえは、所作とダンスだけならそのへんの令嬢に引けを取りやしねーよ」


 なんでそんなすごい人が、こんなところで海賊の妻なんかやってるんだろう。


「あとはブレイクに聞け。このあと会うだろ」

「待ってよ。婚約も嫌だけど、何よりあいつとなんて絶対嫌! 本当に貴族と婚約できるんだったら、あたしは――」

「〝スカーフの君〟がいいって言うんだろ?」


 父さんにため息混じりにそう言われ、つい首元のスカーフをぎゅっと握る。

 色褪せて肌触りも悪くなってしまった若草色のスカーフ。何度もほつれた部分を縫い直し、穴が空きそうなところは折り方を工夫して隠し、騙し騙し使っている。

 そんなヨレヨレのスカーフをいつまで着けてんだって他人に言われても、私にとっては大事な思い出の品だ。これをくれた男の子と、きっとまた会おうねって約束したんだから。

 不満を表すために口を尖らせて父さんを睨んだけれど、


「あーめんどくせー! 婚約して貴族のパーティにでも行けば見つかんじゃねーの。ほれ、そろそろ準備しろ」


 父さんはあたしを追い払おうとするかのようにひらひらと手を振る。


「さっ、今日も素敵に〝変装〟しましょうね」


 母さんがあたしの手を握って、優しく引いた。

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