第7話 魔法を解くのは……

 何日経っても、セヴェリ様は元の姿に戻りそうになく……。

 さすがに、何かしら手を打つことになった。


 私とエルヴァスティ公爵夫妻で話し合った結果、セヴェリ様が子どもに戻るきっかけとなった、西の森に行くことにした。


 私とセヴェリ様とエルヴァスティ公爵閣下、そして、エルヴァスティ公爵家の騎士と一緒に馬車に乗り、森へ向かう。


 それからしばらくの間、エルヴァスティ公爵家の騎士の案内で、セヴェリ様が子どもになって戻ってきた場所まで向かっている。


「セヴェリ様、道が悪いので抱っこしますよ?」

「いいです。大人だから一人で歩きます」


 数日前までは喜んで抱っこされてくれていたセヴェリ様に拒否されてしまった。ちょっぴり寂しくなってしまう。


「ここが、ドラゴンのいる森……」


 王都やクレーモラ領の森とは少し雰囲気が違う、ピリリと張り詰めた空気を感じる森だ。


 森の奥まで進んでいくと、青いリボンを結んだ木の前に辿り着く。


 この先は、エルヴァスティ公爵家とその家臣の一部の者しか立ち入られない神聖な場所らしい。


 昔からエルヴァスティ公爵家の当主たちが守り続けた、ドラゴンたちの住処だ。


 エルヴァスティ公爵閣下の後ろに続いて奥へと足を踏み入れると、一際大きな巨木が目の前に現れた。


 この地の守り神のように聳える巨木は岩のようにごつごつとしていて立派だ。

 その足元に、一頭の大きなドラゴンが寝そべっている。


 きらきらと輝く白銀の鱗に覆われた美しいドラゴン。

 恐らくこのドラゴンこそが、長だろう。


 眠っていたドラゴンの瞼がゆっくりと開く。


 新緑が芽吹く森の景色を閉じ込めたような美しい色彩の瞳に、私の姿が映った。


『其方が来るのを待っていたよ』


 森を駆ける風に乗せて、どこからともなく声が聞こえてくる。

 ドラゴンが私に話しかけてくれているようだ。


「何故私を待っていたのですか? 今日初めてあなたにお会いしましたのに……」


『そこにいる小僧の願いを聞いた時から、其方がここに来る未来が見えていたからね。私に叶えてほしい願い事があるだろう?』


 何故か、ドラゴンは嬉しそうに目を細めた。

 

 セヴェリ様の願いと私がここに来る未来。

 それがどのように関わっているのかわからない。


「セヴェリ様が願いを? あなたに何を願ったのか教えていただけませんか?」


『其方との関係を修復したい、と。これまで聞いてきた願いの中で一番、純粋で切実な願いだったよ』


 ついと鼻先を動かして、セヴェリ様に向けた。


 私の手を握っていたセヴェリ様が、一歩前に出る。


 まるで私をドラゴンから守ろうとしてくれているような仕草だ。

 子どものセヴェリ様は、ドラゴンが少し怖いのかもしれない。


 それでも、脅威から私を守ろうとしてくれるのが愛おしい。


「だからあなたは、時間を戻してセヴェリ様を子どもにしたのですね? セヴェリ様が隠してしまっていた本当のセヴェリ様を、私に教える為に」


 家門の責務を優先して自分の気持ちを殺してしまう前の、私の好みに合わせて演じてしまう前の、ありのままのセヴェリ様に会わせてくれたのだ。


「セヴェリ様を、大人に戻していただけませんか?」


『いいのかい? 戻ったらきっと、彼はまた其方に冷たく接するかもしれないよ?』


「そうかもしれません。だけど今度は、セヴェリ様と言葉を交わして知ってもらうつもりです。私の好みに合わせてくれなくていいのだと、伝えます」


 ドラゴンはゆっくりと顔を上げて頷いた。


『よい答えだ。その願いを叶え、魔法を解いてやろう』

「あ、ありがとうございます!」


 意外にもすぐに願いをきいてくれた。

 安堵したのと、拍子抜けしたのとで、ぺたりと座り込んでしまう。


「ユスティーナお姉様、大丈夫ですか?」


 気遣わしく声を掛けてくれるセヴェリ様。

 そんな彼を見ていると、少し、躊躇いが生まれる。


 魔法が解かれると、この明るいセヴェリ様とは、お別れすることになるのだから。


「……ごめんなさい。でも、大人になったあなたの側にも、ずっといますからね」


 両手を伸ばし、セヴェリ様を抱きしめた。


 大人に戻ったセヴェリ様がこれまで通りに冷たく接してくると、また傷つくかもしれない。


 だけど、これまでとは違う。


 セヴェリ様が無器用なりに演じていた性格なのだと、知ってしまったから。


 こんがらがって固結びになってしまった問題を、少しずつ、解いていこう。


『明日の朝、元の姿に戻っているだろう』


 ドラゴンはセヴェリ様に魔法をかけた。

 きらきらとした光がセヴェリ様を包み、すぐに消えてしまう。


『頑張れよ、小僧』


 セヴェリ様にそう言い残して、大空へと飛び立っていった。

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