兎角亀毛(とかくきもう)

「ビッグニュースビッグニュース! 三組の山田が、一組の工藤くんと、デートしてたんだって!」


 一限目で仕入れた情報を、マイに報告する。


 山田は全校生徒が知っているくらいの超メガ地味子で、イケメンの工藤くんと付き合うなんてぶっちゃけ考えられもしなかった。

 

「それはねミヤ、兎角亀毛ってやつだね」


 さして驚きもせず、マイは文庫本から頭を上げる。


「とかくきもう?」


「兎の角に、亀の毛ってかいて、兎角亀毛」


 わたしが首をかしげていると、マイは淡々と説明をした。


 兎……今年の干支だね。それに角が生えて……うわキモ。


「で、意味は?」


「この世ならざることを指す」


 仏教用語で、「ぶっちゃけありえねえ」ことを指す言葉らしい。


「さらに兎角亀毛ってのは、そんな異常事態が起きることは、争いの前触れをも意味する、というよ。つまり……」



 マイが説明しようとしていた矢先、三組から怒号が。


「おい山田! いったいどういうことなのよ!」


「知らないよ!」


 廊下で、山田がギャル三人組に囲まれている。


「とぼけんな! 工藤くんといちゃついているのを見たってやるがいるのよ!」


「ユノがかわいそうでしょ! 工藤くん狙ってたのに!」


 まあ、自分の交際相手にそんな態度を取るようなやつなら、工藤は相手にしないだろう。

 工藤の性格を見極めてから、狙えってんだ。


「だから、工藤くんとは親戚で」


「証拠はあんの!? ああっ!?」


 ユノが、山田の髪をつかむ。


「やめたまえキミたち」


 マイが、二人の間に割って入る。

 

「んだぁ? 引っ込んで――」


 ユノのホホに、マイの往復ビンタが飛ぶ。


「てめえ!」

 

「次やったら、グーで殴るからな。わかったか?」


 なおも激昂してきたユノに、マイは凄む。


「証拠がほしいんだよね? いいよ」


 マイは、そのまま山田を抱き寄せた。


 二人は、熱い口づけを交わす。


 廊下じゅうに、お~う、という何とも言えない声が上がった。


「こういうわけだから。セナは工藤じゃなくて私と付き合っているんだ」



 セナというのは、山田の下の名前だ。


 だから、山田がいじめられていたときにユノを殴ったのか。



「おそらく工藤は、ボーイッシュな私に似合うプレゼントを選んでもらうよう、セナに頼まれたんだろう」


 山田も、マイの言葉にうなずく。


「大丈夫か、セナ」


「うん。ありがとマイ」


 マイが、山田の制服を整えてやる。


 その姿は、熟年のカップルを思わせた。


「というわけだ、ミヤ。今度、二人でキミの家に遊びにいっていいかな?」


「う、うん」


 うわわ、わたしにとっては、この出来事こそ、兎角亀毛って感じだ。


 まあ、山田と争う気はないけど。


 わたしが油断していたから、山田に先を越されただけ。


 そういえばテレビで、明治時代の「うさぎとかめ」のタイトルって、「油断大敵」だったって、クイズ王の伊沢拓司が言っていたなぁ。

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