第21話:重機関銃
「グリフ、ごめん、………怪我どう?」
ルナの軽機関銃を叩いた跳弾が、グリフィスの額を掠めた。下を向き、額を押さえたその指の間から、血が、ひとすじ流れた。
「大丈夫っ、大したことない、掠めただけだ」
そうは言うが、押さえていた手を離すと、血液が傷口から玉のように膨らみ、溢れ出て、顔面にハラハラと落ちた。本来ならしっかりと止血するべきだったが、今はそのタイミングじゃなかった。事態は、急を告げているのだ。すぐに移動しなければならなかったが、その前に、眼に血が入らないように、何かできつく傷口を押さえる必要があった。
グリフは、何かで巻いて縛ろうと汗拭き用の
「―――ッ!」
血が眼に入り、グリフが顔をしかめる。
「グリフっ、―――」
ルナはストールを脱ぐと地面に広げ、サーベルを抜いた。そしてストールの上からサーベルを地に突き立て、手早く裂いて簡易の止血帯を作った。
「グリフ、ごめん、今はこれで我慢して」
そう言ってルナは両膝で立った姿勢で、グリフの頭に布を巻いた。
「ルナ、………」
グリフは黙ってルナのするのに任せる。弾雨を凌ぐ、ごく限られたスペース、しっかりと力を入れて巻かねばならず、自然と、ルナの顔が近づく。
あの日と同じ。
やっぱり、女の子みたいだ。
きれいな眼。精巧で、しかしどこか脆い、ガラス細工のような眼。
くちびると、
くちびるが触れてしまったのは、
その綿布を巻く腕に、不自然に力が入ってしまったからなのか?それとも、グリフのほうが無意識に、吸い寄せられてしまったからか?
反発し合う磁石のように、二つの頭がパッと離れる。何か言いたげに、口を開いたり閉じたりして狼狽えていたルナだったが、慌てるグリフの表情に気付き、視線を下げて口を閉じた。そして、
「ごめん、………」
「あ、謝ることなんか、………」
グリフは口ごもる。なぜ謝るのか、その意味が分からなかった。
「だって!!———」
ルナは眼を大きく開いてグリフを見て、でもすぐに瞼を伏せた。
「嫌だったよね、その、………オトコと、なんて」
その言葉に胸を衝かれ、グリフは息が止まった。驚いてしまっていた。
そんなこと考えていたんだ、そう思った。いや、そんなこと知っていた。本当は、分かってた。ただ、言葉にされたことで、そのことが、殊更にハッキリと、分かってしまっただけだ。突き付けられて、しまっただけだ。グリフは、くちびるを咬む。
二年前の、あの日、———
白く光る空を背景に、草いきれに咽せかえるような春の湖畔に佇む、美しい少女。そう、少女。まだ、十一歳だった筈の。
「ルナ、………」
何かを、言わなければいけないような気がした。
今すぐ、言わなければいけないような気がした。
今、眼の前にいるこの子は、しかしもうすぐいなくなってしまう、そう感じた。運命とも呼ぶべき、巨大な因果律、ある種の力学が、この子を拉っし去ってしまう。
同じ場所にいながら、同じ景色の中で、しかしその空間に、眼には見えない透明なヒビが入り、それぞれが、ぞれぞれの因果律の歯車に乗せられ、平行して存在するしかし全く別の世界へと、呑まれて行ってしまうのだ。
「ルナ、………」
声が、掠れてしまう。嫌なんかじゃない、お前は今だって、こんなに、———
ルナは揺れる眼差しで、グリフを見た。移ろう色彩の瞳に、星屑のようなきらめきを宿して。
なに?
そう訊こうとして、問い返そうとして、桜のような淡い色合いのくちびるが、微かに動く。
しかし、
それが言葉となる前に、
激しい銃声が、それを遮った。それまでとは完全に異質の、圧倒的な破壊力と貫通力とを内包した、重たい射撃音。
「機銃だッ!!———」
トラビスの声が、二人を一気に現実へと引き戻した。軍用車輌が揺れる程の衝撃。発射するときの音も、着弾する時の音も、軽機関銃とは全く違っていた。
ブローニングM2重機関銃、———
十二.七ミリ欧州規格弾を一分間に六〇〇発も連続して射撃できるベルト給弾方式の機関銃で、世界中に最も多く出回っている、重機関銃の、正に完成形とでも言うべき火器だった。
射程は一〇〇〇から二〇〇〇メートル、対空射撃にも使用可能なシロモノを、わずか数十メートルの至近距離から使用しているのだ。一分を待たずして軍用車輌など粉々に砕け散るのは明白だった。早く離脱する必要があったが、今はもう、それは難しかった。
空耳、
だったろうか?
そんな頭蓋を叩くほどの激しい射撃音の中、単発の、狙撃銃の射撃音が、微かに、遠く、聞こえたような気がした。
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