第13話:美しい少年


 頭とくびとに巻き付けた、砂避けのためのアフガンストール。砂から口と鼻とを護る必要から、顔の下半分が隠れてしまう。世界中の地下武装組織がアフガンストールを頸に巻く、その理由。


 十三歳の少年が、

 ストールを脱いだだけだった。


 しかし、白い頬肌ほおと、薄紅色に淡く色づく口元が露わになると、その場にいた武装組織の七人は、意表を突かれて息を呑んだ。驚いてしまったのだ。


 少年は、美しかった。まだ小さい子供のようにも見えたし、女の子の、ようでもあった。


 男の子にしては長い髪は、なめらかなつやに輝いてふんわりと揺れ、華奢なくびすじと顔の輪郭は、少女のそれを思わせた。


「訊きたい事が、あるんですよね?」


 トラビスが、沈黙を破った。ルナへの凝視に対する警戒感からだった。ルナから注意を、逸らしたかった。ルナの見た目が少女のようなのは、グリフも、フランも、もちろん知っていた。何故そうなのか? その理由も ………


先刻さっきから訊いている! 同じことを何回も言わすな! 何処から来た?」


 気を取り直して、民族衣装カミースの男が返した。少しだけ、先刻よりキツイ口調。


「リプロスです」


 正直に答えた。答えるしか無かった。サーベルを佩いた風態と、赤い瞳から、すぐにバレてしまうと考えるのが自然だった。


「そうか ………」


 カミースの男は何かを考えるようにあごの辺りに手をやって小さく答え、そして続けた。


「あの商人達とは、雇われた、という以外に何か関係はあるのか?」


「ありません」


 リプロスから来たことについてはまさかのスルーだった。身元が知りたい訳では無さそうだった。そして次の言葉は唐突で、意外だった。


「リプロス島に帰れ」


 急だった。意味が、分からなかった。しかしトラビスだけは、最初から予期していたかのように落ち着いていた。しかしそれでも敢えて続けた。話しが落ち着く先を、確認しなければならない。


「どういう意味でしょうか?」


「抵抗せずこのまま帰るんなら逃してやる」


 やはり地場の武装組織、ということだ。商人達と護衛の自分達を分けたのは訊問のため、などでは無く、単に戦力を分断して抵抗出来なくする、という兵法上の理由によるものだったのだ。恐喝、或いはケンカの定石だ。


四駆クルマとライフルは、返してもらえますか? 無いと困るのですが ………」


「ダメだ! 分かっているだろう」


 トラビスは少しの間、黙った。何かを考えているようだった。しかし細められた眼と、一文字に引き結ばれた口元から感情を読み取ることは出来なかった。


「分かりました」


「隊長っ!」


 グリフィスが、吠えた。まだ若い彼の矜持プライドが、許さなかった。


「それじゃ信義がっ! それにオレ達は ……… なんで?」


「止めろ」


 トラビスは直ぐに制止した。余計な情報を、相手に与えたくない。


「命令だ、オレの言うとおりにするんだ」


 落ち着いた、しかし有無を言わさぬ指揮官の声。グリフは唇を噛み、下を向いた。上官の、それもトラビスの命令なら、聞かねばならない。


「何だ、仲間割れか?」

「ははっ」


 後ろから、小さな哄笑が聴こえた。先客である銀髪の傭兵を訊問していた三人だった。


 頸に大きな傷跡を持つ、若くとも戦歴を重ねた軍人であるグリフは、さっと視線を上げ、振り向いてその三人を見た。


「おい ………」


 カミースの男が声を低くして呼び掛け、それに反応してグリフは前に向き戻りながら、眼だけで、視線を左右に走らせ、


 その場にいる兵士の数を数えた。


 それだけだった、一瞬の出来事、しかし ———


 次の瞬間、彼等の手にしていた軽機関銃の安全装置が外され、銃口が一斉にグリフの眉間に向いた。音を立てて一斉に、それも申し合わせたように、完全に同じタイミングだった。


「よせっ!」

「撃つな!」


 トラビスとカミースが、同時に怒鳴った。


 お互いに、世界的な紛争地帯に蟠踞ばんきょする兵士だった。グリフの、左右に走らせたその、乾いた視線の意味を当然、彼等も知っていた。


 殺害すべき敵兵の位置と数とを確認する、——— 屠殺者の眼。


「どうする?」


 てのひらで味方を制した姿勢のまま、カミースは訊ねた。その掌が降ろされれば、軽機関銃の引き鉄が一斉に引かれるに違いない。


「行くぞ」


 グリフに視線を投げ、それからフランとルナを見ながら、トラビスは言った。それが、答えだった。


 全員がセレクターを安全セーフにして銃口を下に向けた。一人が、その銃口で出口を示した。先刻さっき入って来た入口だった。出入口は、その一箇所だけだった。


 後ろから撃たれる懸念も、もちろん無いでは無かったが、もし撃つ積りがあるなら、もう撃たれている筈だった。


 グリフを先頭に、出口に向かって歩き掛けたその刹那、フランの背中を追って歩き出すルナの、その行手が、軽機関銃の銃身で遮られた。


「ちょっと待て」


 ハッとして立ち止まり、見上げたルナのみはられたに向かって、戦闘員の一人が、笑みに眼を細めて、こう言った。


「お前は残れ」


























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