第10話:武装組織
と感じるほどの青空。
その、
吸い込まれそうな程の虚空に、
風が唸った。
―――嵐の、予感。
騒ぎが起こったのは、
検問に止められて十五分くらい経った頃だった。
「積み荷の半分を接収する」
「どういうことなんだ?!」
**
検問は、
街道を丘陵の入り口で塞ぐ形で設けられていた。
自動小銃を振って合図する兵士に止められ、
隊商のトラック3台は武装組織の
護衛隊長であるトラビスが後ろから走って行って、
商人達と兵士達の、
その
「いい天気だな」と武装組織の兵士が言い、
「神のご加護です」とトラビスが応える。
この地域では、定型文的な挨拶のやり取りだった。「いい天気だな」と声を掛けられたら「神のご加護です」と応える。ちなみにもし「生憎の天気だな」と声を掛けられたら「神のお導きのままに」とか「神のご加護があるでしょう」と応える。
「何処から来たんだ?」
「アルカバートの港からです」
「何処へ行くんだ?」
「キルスの街です」
「トラキアの国境の近くだな」
いきなり雲行きが怪しくなった。
「トラキア連邦には入りません、キルスで引き返します」
「クルダードの勢力範囲だ」
クルダードとは、トラキア首長国連邦の北部山岳地帯を中心にトラキア全土、及びコーカサス地方に広く分布する、国家を持たない民族だった。独立を求めてトラキアと抗争を繰り広げており、その山岳ゲリラ部隊は精強を以って知られていた。
「クルダードはいるでしょうが、地域的には少数だと思います、問題ないでしょう」
「…………」
兵士は黙ったまま視線を逸らした。そして積み荷の方を一瞥し、
「何を積んでるんだ?」と話題を変えた。
「南砂大陸の民芸品です」とトラビスは応える。
「…………」
兵士は再び黙り込んだ。髭を蓄えた口元を引き結び、顎に指を当てて、何かを考えるような仕草をしていた。一言で表現すると、ワザとらしかった。もう言うべき事は決まっていて、しかしそれを言い出すキッカケが摑めないでいる感じたった。
嫌な予感がした。しかし、トラビスは言葉を選びながら続けた。
「何か、問題があるでしょうか?」
砂色のカミース上下にアフガン・ストールを巻いた典型的な「ムジャヒディーン」のその兵士は、
空気が、変わった。
「積み荷の半分を接収する」
「どういうことなんだ?!」
トラビスを押し退けて、隊商の商人が割って入り、大きな声を出した。
「もう納品先は決まってるんだ、接収って、どういうことだ!」
「弾薬や、鉱物、薬品などの禁輸品が紛れて無いか調べる」
「積み荷なら見せる、今すぐ調べてくれ!」
「時間が掛かる、すぐには無理だ、何日も掛かる」
「そんな馬鹿な、………!!」
隊商の責任者がトラビスを見た。―――どうにかならないのか? 彼の眼はそう告げていた。トラビスは、静かに、首を横に振って見せた。
―――こいつら、盗賊だ。
この兵士達は、この近在を縄張りにしている地場の武装勢力に違いなかった。彼等は、ガレスチナ暫定自治政府の正規軍のように振る舞ってはいたが、ヘルメットを着用していないのは不自然で、要は、検問を装った、強盗・追い剥ぎの
積み荷を調べる、なんて、もちろん
ここは言う通りにするしか無かった。ここは郊外の、
「下っ端じゃ話にならんっ、ここの指揮官を出せ!」
と息巻いて騒いだ。ルナとフランチェスカは緊張した表情で、トラビスとグリフを見た。二人はライフルをスリングで肩から下げていたが、それ手を触れたりすることは無く、ただ静かに、事態の行く末を見守っていた。
グリフは厳しい眼で、周囲の状況を注視していた。トラビスは、やや心配そうに、騒ぐ商人の様子を見ていた。制止しようとしている様にも見えた。
「話にならんっ、通らせてもらう! みんな、
判断が付かずおろおろする他の商人達を無視するかのようにトラックに乗り込もうとするその隊商の責任者に、兵士が一人、
「なっ、………何を」
何とか声を出し立ち上がろうとする、その腹部に、兵士はアサルトライフルの
「あっ、………!」
驚いて身構える商人達と、反射的にライフルに手を掛けるグリフィス、「よせっ」トラビスの短い声、―――
瞬間、
隊商六人と、
護衛の民兵四人、
計一〇人全員の
アサルトライフルの銃口が向けられた。
そこから先は、さすがに手慣れたものだった。
「お前たち商人はここに残れ、後ろ向きになってトラックの荷台に手を着け、早くしろっ!! おかしな真似をしたら、殺す」
そして同時に、他の兵士がトラビス達三人に向かって、
「お前達はあっちの建物だ」
そう言って、銃口で、色褪せた年代物のバラック小屋を指し示した。
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