寂しさと幸せの停留所

祝 咲良

ハイヒールの思い出

ハイヒールは女性へのオマージュとリスペクト

そう言っていたあの人は眠っているようにしか見えなかった

行くあてもない街の

にじむ視界を流れていくショーウインドウで

その靴だけが浮き上がって見えた


空気を切り取る鋭さと

空気に溶け込むしなやかさ

誰にも媚びないしたたかさ

誘惑するような艶めかしさ


すべてが一つに溶けあった

見覚えのあるあなたの靴

はじめてサインを入れた靴

私の足で型をとり

顔をしかめながら笑いながら作っていたあの作品

一緒に選んだ黒い箱

折り返しの裏にこっそり二人の名前を書いた


背中を走る細かな痺れと

地面が消えていくような浮遊感

緊張と弛緩の渦に巻き取られ

私は動けなくなっていた


店の明かりが消えた後

非売品だよという声がした

崩れ落ちそうな私の中から

あなたの名前がこぼれ落ちた

時計が止まり動き出し

立ち去る足音が消えた後

再び聞こえた足音が

私の横で静かに止まる

非売品だけどね

肩をそっと叩かれた

とん・ととん

あなたと同じ叩き方

大丈夫だよっていうときの叩き方

あなたと同じリズム

同じ手の暖かさ

同じ香り

あなたが私を包んでいた


その後のことは覚えていない

あの店がどこにあったのかもわからない

薄墨色の手提げの底に黒い箱が入っていた

折返しの裏に二人の名前

一緒になろうねと書き足してあった



ハイヒールは靴の裏まで魅せる靴

あのときあなたはそう言った

隠せるものは何もなく

すべての姿が露わにされて

舐めるような視線に晒される

だから作るのは怖いんだって


落ちていく水のように細くなっていくヒール

そこから溢れるあなたとの思い出

締めつけられるような息苦しさ

抱きしめられるような暖かさ


ふっくらと包みこむようなヒールグリップが左右に別れ

ゆるやかなトップラインを描きながら

音の消えた世界を滑り降りていく

微かに触れながら降りていく

あなたのやさしい指先のよう

別れた流れは彷徨いながら躊躇いながら

再び一つとなって柔らかなヴァンプの膨らみを超えていく

ヴァンプの先の小さな頂は

私が守ってきた最後のプライド

微かな輝きを抱きながら静かに空を見上げている



私はあなた

あなたは私

私を上から見てないで

私のすべてををちゃんと見て

だからこの靴を置くのは目の高さ

棚に敷いた鏡の上

ガラスの扉の向こう側で

一緒になれる時を待っている

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