4-1 開校記念パーティー
夏休みまで残り一週間を切った白草女学院は、生徒たちが皆、浮き足立っていた。どことなくそわそわしていて、落ち着かない。高揚した気持ちが、伝染したようにみんなどきどきしている。それは私も例に外れなかった。勿論、高揚とは別の気持ちでドキドキしているのだが。私はまたこの時期がやってきたのか、とうなだれてれた。
「はい、じゃあみなさん。今日は大切なお知らせがあります」
一日を終え、最後に行う終礼の時間。芹沢先生は連絡事項を述べた後に、意気揚々とそんな事を告げた。
「みなさんもわかっているとは思いますが、7月29日が来ますね。そう、白草女学院開校記念パーティーです。明日からワルツの授業が始まるので、みなさんヒールのある靴を忘れないように」
そう言うと生徒たちは各々頷いた。
「では今日は終わります」
「「姿勢」」「「礼」」
「「ありがとうございました」」
生徒たちは口々に「パーティー」という言葉を口にしながら、寮に帰ったり、部活に行く。
「ついにワルツの授業ですって……!」
「楽しみですわね」
「ああ、どんな靴に致しましょうか!」
そんな浮かれた教室の中で、似合わない顔をしている人がいた。何が何だか分からない、といった様子だ。私はそんなことだろうと思い、声をかけた。
「戸神さん、大丈夫ですか?」
そう声をかけると、彼女は困ったように眉を下げた。
「……ごめん」
戸神 侑李さん。同じクラスの隣の席の人。今月転入してきたばかり。だけれどもその姿はまさに⦅美少女⦆!そして女の子に対する紳士的な態度に、付けられたあだ名は⦅王子様⦆!今や学院中で噂の的になっている眉目秀麗なお嬢様なのだ。
……なんて、他人行儀に言ってはみたもののこんなのは建前でしかない。実際は突然連れられてきた、私の姉妹(義理)。しかも告白されて、アプローチされている最中……。私の心を引っ掻き回している張本人なのだ。……まあ、だからと言って嫌いとか、そう言うわけではないのだけれど。そうしてまた、学院でわからないことがあれば教えてあげるのも、私の役目なのである。
「聞きたい事は沢山あるんだけど、まず、開校記念パーティーってなに?」
戸神さんはこてん、と首を傾げた。私はああ、そうか。と思った。転入してきた戸神さんには、そこから話さないといけないんだ。
「えっとですね、その名の通り、毎年7月29日は白草女学院の開校日なんです」
戸神さんはこくり、と頷いた。
「それで、毎年この日になると開校を記念してパーティーを行うんです。それが開校記念パーティーです」
そう説明すると戸神さんは途端に目を輝かせた。
「おお、なるほど!流石お嬢様学校らしいね」
「ええ、本当に……」
それが、本当に厄介なパーティーなんです!と、言える訳もなく、私はただ愛想笑いで誤魔化した。私としてはより、お嬢様らしくしないといけない時間でとても気苦労する時間なのだ。着飾って、シャンパン(もちろんノンアルコール)を飲みながら、ダンスをする。根がお嬢様ではない私からすれば、苦労の時間である。唯一楽しい事といえば、一流シェフの美味しいスイーツぐらいだ。その反面、戸神さんはテンションが上がっているようにも思える。やはり、お嬢様。パーティーが好きなんだろうか。そんな事を考えていると、戸神さんはポツポツと話し出した。
「実は僕のお父様がね、堅苦しい和式の祝賀会みたいなものしか好まなかったんだ。だからパーティーっていうの、参加したことがなくて……。少し憧れだったんだよね!」
意外な戸神さんの過去に、私は思わず
「なるほど……」
と、言葉を溢してしまった。戸神さんにもそんな事情があったなんて。そんな事とはつゆ知らず……。私は戸神さんに笑いかけた。
「まあまあ楽しいパーティーですよ。今年は思い切り、楽しみましょう!」
そういうと、戸神さんはたちまちあの少女のような笑顔で
「……うんっ」
と、笑った。戸神さんがこんな笑い方をする時は、本当に喜んでいたり、嬉しい時だ。私は思わず頬が緩んでいた。
「あっ、それと、ワルツっていうのは……?」
そうだった。その事も話さければならなかった。
「ああ、ワルツっていうのはですね。実は開校記念パーティーではダンスの時間があるんです。誰でも、好きな人を誘って踊ることが出来るんです。それの練習で、夏休み前の一週間の体育の授業はワルツの練習になるんです」
そう説明すると、戸神さんは「なるほど」と言って頷いた。
「ダンスの時間まであるなんて、本当に海外のパーティーみたいだね」
戸神さんはどこか落ち着かない表情で、ワクワクを隠しきれないといった感じだった。でもすぐに戸神さんの顔に不安が浮かんだ。
「でも。ドレスとか靴とかどうすればいいんだろう…もしかして買わないといけない?」
私は待ってましたと言わんばかりに、戸神さんに告げた。
「戸神さん、お母さんの出番ですよ!」
戸神さんは顔をこてん、と傾けた。
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「彩葉ちゃん、侑李ちゃん。お帰りなさい!」
玄関を開けた先で出迎えたのは、お母さんだった。いつもはこんなことがないから、戸神さんは驚いている。私はパーティーの話が出た時点で、もうこの状況はお察しだった。
「そろそろ記念パーティーのお話はされた?」
お母さんは楽しそうに語りかけてくる。驚いていると戸神さんを置いて、私は答えた。
「お母さん、丁度今日パーティーのお話を担任の先生からされました」
そう言うと、お母さんは嬉しそうに頷いた。
「そうそう、それはよかったわ。じゃあ明日は、準備の買い物ね!侑李ちゃん、彩葉ちゃん。明日はドレスを選びにいきましょう!」
お母さんがそう言うと、戸神さんが尋ねた。
「ドレスを買いに、ですか?」
お母さんは楽しそうに答えた。
「ええ、そうよ!侑李ちゃんは初めてだから、着飾らないとね!明日は早起きするのよ!二人とも!」
そう言ってお母さんは部屋に戻って行った。戸神さんは唖然としている。
「えっと……つまり、」
私は仕方ない、と思いつつ説明した。
「パーティーになるとお母さん張り切って、ドレスとか買いに行くんです。ほら、パーティとか好きなんですよお母さん」
そう言うと戸神さんは「ああ、なるほど」と納得したように頷いた。
「じゃあ、明日は何だかんだで連れ回されそう?」
もしかして、と苦笑いする戸神さんに私は笑いかけた。
「そりゃあ。お母さんが一年で一番はしゃぐ好きですからね」
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次の日、私達は地元の大きなショッピングモールの、ドレス専門店にいた。店の端から端まで綺麗で派手なドレス達が並んでいる。ドレスに負けない暗い綺麗な店員さんは、私達に一礼した。
「白草女学院のパーティー用のドレスですね。今月、最新のドレスも入りましたから、どうぞお好きなものをお選びくださいませ」
その言葉にお母さんは満足そうに頷いた。
「そうね。侑李ちゃんはお店の中を見ていて良いわよ。まずは彩葉ちゃんのから選びましょうか!」
そう言ってお母さんは私の手を引いて、早速ドレスを選び始めた。戸神さんを一人にして大丈夫かと思い、店内を見渡した。戸神さんは店員さんと打ち解けて、話をしているようだった。私はまあ、安心か、と思いお母さんの話に集中した。
「彩葉ちゃん、去年はピンクだったものね」
「あんまり、派手じゃないのがいいかな……」
そう言うとお母さんは「それは駄目よ」と言った。
「彩葉ちゃんは普段飾り気がないんだから、パーティーの時くらい派手にしないと!あ、ほら、これはどう?」
そう言って差し出されたのは、赤いドレスだった。胸元が開けており、いかにもお姉さんって感じのドレスだ。
「いや、これはちょっと……」
お母さんは私にドレスを合わせてみて、
「彩葉ちゃんには大人すぎるわね」
と言って元の場所に戻した。私はあんなドレスじゃ、恥ずかしくてパーティーに出れないわ!なんて思いながら、お母さん後をついていった。
「これはどう?」
膝上の短いスカートに、ふわふわとしたフリル。黄色をモチーフとしたドレスで、腰あたりに花がついている。これが私には合わなずぎる。
「少し、派手かな……」
「なら、これはどうかしら!」
ブルーのタイトなワンピースドレス。体のラインが丸わかりだ。ぴちぴちしていて、身長の小さい私には合わない。これも却下。
「うう、タイトすぎる……」
首から肩が丸出しの膝上のワンピースドレス。ピンクがモチーフで、黒のフリルとのコントラストが少し色気のあるデザインだ。こういうのは、似合わないかな……。
「んー、彩葉ちゃんには少し似合わないわね〜」
そう言って試着してはやめて、試着してはやめてを繰り返していった。去年のドレスとは違うようにしたいらしいお母さんは、ピンクのドレスを避けていろんなタイプのドレスを着させていった。そうして何回目の試着だろうか、という時だった。今度選ばれたのは、白いワンピースドレスだった。デザインは至ってシンプルで、飾りは何も付いていない。肩が少しだけ出ていて、レースになっている。スカートはふわふわと広がっていて、動く度に綺麗に揺れる。派手すぎない感じがとてもよかった。私は「これが良いなあ」と思いながら、試着室のカーテンを開けた。その先には、お母さんと戸神さんがいた。
「と、戸神さん、!」
戸神さんは神妙な顔をして、私を見ていた。私を上から下までじろー、っと見ている。
「……戸神、さん?」
戸神さんはひとしきり私を見たあと、クスッと笑った。
「うん、彩葉に似合ってる」
「へ……」
予想にしていなかった言葉に、私は驚きの声を漏らしてしまった。戸神さんは私を見て笑っている。
「彩葉ちゃんに良く似合うわ、うんうん、これがいいかもね!」
お母さんもやっと満足したように喜んだ。
「私も、これがいいです……」
そう言うとお母さんは、
「ええ、それにしましょう!じゃあ彩葉ちゃん、着替えてきなさい」
と言って私のドレスを決めたようだった。私はやっと決まったと思い、安堵のため息をついてカーテンを閉めようとした。その手をパシッとつかまれた。
「??」
伸びている手の先を見ると、戸神さんがいつの間にか近くに立っていた。戸神さんは私に端正な顔で笑いかけた。
「彩葉、よく似合ってたよ」
「…………ありがとう、ございます」
なんだか戸神さんに言われると、照れてしまう。戸神さんは私の手を離したあともニコニコしていた。
長引いた私とは違って、戸神さんのドレス選びは簡単に終わった。私のドレスを選んでいる間に、戸神さんは何個か目星をつけていたのだ。私が試着室から出てきた頃には、もう既にファッションショーは始まっていた。
「これはどうですか?」
体のラインがよくわかるタイトなワンピース。ミニスカートで綺麗な足がよく映える。色は黒一色で大人な感じだ。勿論、似合う。
「こんなのもいいですね!」
ワンピース風のドレスで、袖や首元は透けた生地になっている。ワンピースのスカートの上から透けた生地が重なっていて、上品な深緑だ。勿論、似合わないわけが無い。
「ちょっと可愛すぎますか?」
肩まではだけていて、花をモチーフとした飾りが付いている。全体的にふわふわとしていて可愛らしいイメージだ。ピンクの優しい感じが、戸神さんの雰囲気も和らげる。勿論、お似合いだ。
そんなこんなでドレスを選んでいたが、最終的に戸神さんはひとつを選んだようだった。私も見たかったが、戸神さんは口元に人差し指を置いて
「パーティーまでのお楽しみ」
と、微笑んでみせた。お母さんも大満足し、こうして私達のドレス選びは無事に終わった。その後は靴やアクセサリーを適当に選んで、必要なものを備えた。そんなこんなしていれば帰る頃には、夕方になっていた。
お母さんの車に乗りこみ、家に帰る。私はシートに体を預けて、疲れを癒していた。戸神さんも窓の外を見ている。
「ねえ、彩葉」
戸神さんは私に尋ねてきた。
「はいっ、なんでしょうか?」
戸神さんは、優しい笑顔で私に尋ねた。
「パーティーって楽しい?」
私はうーん、と悩んだ。楽しいかどうかと言われれば……、
「楽しい、ですよ!いつもとは違う雰囲気ですし!」
私はそれにひとつのことを思い出した。
「あ、そう言えばパーティーにはある言い伝えがあるんです!」
戸神さんは首を傾げた。
「言い伝え?」
私は頷いた。
「はい!ラストダンスがあるんですけど、そのラストダンスを踊った二人は結ばれるっていう……」
戸神さんは「おお!」と感嘆の声を上げた。
「女子校ですけど、そんな言い伝えがあるんですよ」
戸神さんはそれを聞いて、ゆっくりと微笑んだ。
「へぇ、それは、面白い噂だね」
戸神さんは私に優しく笑いかけた。
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