第12話 ヴィルドレットの告白
『終焉の魔女』こと――シャルナもまた、ヴィルドレットに対して己と繋がる何かを微かに感じ、それを確かめる為、問う。
「あなた、私と会うのは今日が初めてですか?」
受け取ったヴィルドレットは目を見開き、驚いた様子。
「……いや、そうだな、なんて答えれはいいか迷うけど……初めて、ではない。」
しかし、シャルナはヴィルドレットに見覚えはない。
ただ、その黒髪と黒い瞳は、かつての心の拠り所――『クロ』をなんとなく彷彿とさせる。
「それはどういう意味ですか?」
「……夢だ。夢で君の声を聞いた。」
「私を夢で……ですか? ――ふふ、」
なんという戯言――そう思いながらも、くすぐられる女心。
まさか、自分の事を夢に見た、などと言われる日が来るとは思ってもみなかった。
それは気のせいだと思いつつも微笑みを零すシャルナ。
しかし、その笑顔は帽子の影に隠れヴィルドレットが窺い知る事は出来なかった。
「――あの……」
ヴィルドレットは真剣な眼差しでシャルナを見た。
「何ですか?」
「俺を殺す前に……せめてその帽子に隠れた君の顔を見せて欲しい」
「な、ななな、なんですかいきなり……」
シャルナは帽子のつばの角度を更に下げて、絶対に顔が見えないように覆い隠してから一歩、二歩……三歩と後退。
「い、嫌ですよ……何を言っているんですか……」
帽子のつばの角度を下げた事で、耳まで赤く染め上げてしまった事はなんとかバレずに済んだようだ。
ともあれ、シャルナは小さく咳払いをする事で気を取り直し、自分へ向けられたいわれなき認識を正すべく口にした言葉はヴィルドレット、いや、世界の常識を覆す衝撃的なものだった。
「あとそれと、
この言葉にヴィルドレットは唖然。狐につままれた表情とはまさにこの事だろう。
「えっ? 君は最凶最悪の『終焉の魔女』なんじゃないのか?」
「それは……確かにあなた達から見ればそうでしょうね。 ――にしても、酷い言いようですね。 まぁ、そう言われても仕方ないのかもだけど」
かと言って、最凶最悪の魔女である事への否定はしない。
何とも歯切れの悪いシャルナの解答だが、ヴィルドレットは彼女を信じる。
『終焉の魔女』は決して殺戮を好むような女性ではないと言う事を。
「……そうか。」
ヴィルドレットは微笑みを混じえながらに、ホッとした表情で呟くと、更に続ける。
「君が、殺戮を好んでいない事は分かった。それに君はそんなに悪い
「私の何が分かったって言うのよ……何も知らないくせに。私がこれまで多くの人達の命を奪ってきた事は紛れも無い事実なの。買い被らないで下さい!」
シャルナはそう言いながら涙が込み上げてきて、咄嗟に堪えようと試みたが叶わず、その涙は頬を伝う。
ヴィルドレットの言葉はシャルナの心を溶かした。
――そう、苦しかった。もの凄く苦しかった。死んだ方がマシとさえ思う程に。
幾ら世界の秩序の為、平和の為とはいえ、奪った命は数知れず、更には滅ぼした国の数も一つ、二つではない。
それなのに、「幸せになりたい」という愚かな願望を抱いてしまう己の傲慢さに
そんな、地獄のような日々をかれこれ、千と数百年もの間苦しんだ。
そんな自分に対して目の前の男性――ヴィルドレットが口にした言葉――『幸せになって欲しい』。
――生きててよかった。 今、初めてそう思えた。
それなのに……
「――殺してくれ。 君に殺されるなら、本望だ。 俺は君を愛してる――ずっと前から、生まれた時から、いや、生まれる前から――」
「えっ?」
「俺にだって意地ってもんがあるんだよ。 もう一度言うよ。 君の事が好きだ。だから殺してくれ。」
「……な、何をそんな……私を……私をこんな気持ちにさせておいて、殺して下さいだなんて何を無責任な事言ってるのよ!」
何の意地だって言うんだ?男の意地?それとも魔剣士としての意地?
まぁ、分からなくもない。 『終焉の魔女』討伐に意気込んで失敗して、ほとんど無傷の姿でのこのこ帰る事など出来ないのだろう。
確かに理解はする。しかし、黒髪の彼の言葉に救われたシャルナからすると、これ程までに辛い言葉は無い。
「――ただ、唯一の心残りは君の顔を見ずに死ぬ事かな」
ヴィルドレットのこの願いはやはり聞き入れて貰えないのだろう。シャルナはこの言葉を完全スルー。
ヴィルドレットの命を奪う事への拒絶のみに焦点を当てる。
「嫌よッ!絶対に嫌!! あなたの事を私が殺す? それで? 私はその後どうやって生きていけばいいの? 私の事を好きだって言うんなら、ちゃんと責任もって、私の事を最後まで――」
刹那――シャルナの言葉は途中で途切れる。
その理由――、それはとても残酷なものだった。
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