第34話 平和な証拠

 正体不明の巨大魔族が王都近くに出現。

 それを悠久の魔女エミリーと、弟子インフィが撃破。

 同時に現われた無数の人型魔族も、騎士団が主だって殲滅した。


 これが国民への説明である。

 嘘は言っていないし、更に詳しい情報は誰も求めていない。

 人々は新しい英雄譚の誕生を、心から歓迎しているようだった。


 インフィとアメリアも、深く満足している。

 魔法杖エグゾースト・ラオベンには、まだまだ課題が残っているものの、現状で最先端なのは間違いない。コピー・イライザはテストの標的として申し分なかった。戦闘データを元に改良を加え、完成度を増していこう。

 その作業は、考えるだけでワクワクしてくる。


 しかし憂鬱なこともある。

 魔族を作ったのはイライザ・ギルモア。それは確実のようだ。インフィの記憶にあるイライザは、世界の支配など望まぬ人柄だった。その彼女に、どんな変化が起きたのだろうか。


 湖の底に沈んだ工房は、破壊され尽くしていた。それでも魔族生産プラントらしき残骸が漂っていた。インフィでさえ詳しいことは分からないが、コピー・イライザの発言を裏付けるものだった。


 イライザ・ギルモアが魔族を作った。これは動かしがたい事実だ。

 だが、支配だの管理だのを実現するために作ったのだろうか?

 本当は、もっと別の理由があったのに、コピー・イライザが歪んで受け止めただけなのではないか?

 インフィはそう思う。思いたい。


 そして今回の事件でインフィよりも遙かに精神的に疲れているのは、当然エミリーだ。

 師匠をその手で殺したのだから。


「ねえ、インフィちゃん。私、後悔はしてないわ」


 王都の喫茶店でイチゴパフェを食べながら、エミリーはそう語りかけてきた。

 インフィはどう答えるべきか迷い「そうですか」とだけ返す。


「だって、師匠を倒したからこそ、こうして王都は平和なままで、喫茶店でのんびりしていられる。この平和は絶対に守る。だから、後悔は微塵もない。けどね……」


 エミリーは言葉を切って、フォークをイチゴに刺し、それをインフィの口に近づけてきた。インフィはありがたくそれを食べる。もぐもぐ。


「ふふ。イチゴを食べてるインフィちゃん、本当に幸せそう……百年前の師匠は、そういう幸せを守ろうとしていた。これだけは絶対に間違いないわ。私はそんな師匠に憧れて、追いかけた。なのに、どうして師匠はあんな風になっちゃったのかしら……」


 どうして。なぜ。こんなはずではなかった。

 人生でいつもつきまとう疑問だ。

 大抵の場合、明確な答えなど出せない。


「想像はできます。自分のオリジナルが魔族の制作者だと知りショックを受け、自分の中の正義と折り合いをつけようとしてああなった。あるいは魔族生産プラントを見て、急に野心が芽生えた」


 続けて「あるいは、最初からそういう人だった」と言おうとしてインフィはやめた。ここでエミリーと口論しても意味がない。

 ところが――。


「私と出会った時点で、そういう人だったのかもね。本人が自覚してなくても潜在的に。〝みんな〟の数を減らして守りやすくする、か。クソみたいな発想だけど、ちょっとだけ……ほんのちょっとだけ分からなくはないから」


 エミリーは懺悔するように呟いた。

 またしてもインフィは、相手が年上だと認識する。拙い人生経験しかない自分が、悠久の魔女を気遣うなんて思い上がりだった。


「実のところ、ボクとしても多少の合理性を感じてしまいました。一切の変化や発展を望まず、未来永劫、同じ日々を繰り返す。それでいいならコピー・イライザの管理社会はアリかもしれません。けど本当に、変化なしで持続できるんでしょうか? モンスターという確かな外敵がいるのに、現状維持を続けるなんて、どう足掻いても無理筋……いえ、そんな理屈はどうでもいいです。ボクはせっかく楽しそうな時代に生まれたんですから、楽しく生きたい。そのためにはコピー・イライザが邪魔だから排除した。それだけです」


 あれこれ理屈をつけると、軸がブレる気がした。

 インフィにとって大切なこと。

 それは、イチゴが美味しい。物作りが楽しい。友達になった人たちと仲良くしたい――。

 それより複雑なものは、自分に必要とは思えない。


「うーん……吾輩、また寝ておったのか……」


 テーブルの上でアメリアが目を覚ます。

 この人造精霊は、エグゾースト・ラオベンの制御で力を使いすぎた。その反動から、スリープモードでいる時間が増えてしまった。

 それを補うためインフィから魔力を吸い、更に食物を膨大に摂取していた。


「おお! パフェではないか! しかもイチゴを大量に残しておる……これは吾輩の栄養補給のために違いないのじゃ! いただきまーす!」


「いただきます、じゃありません! ボクはイチゴを最後に食べる系なんです! こらっ、食べたら本当に怒りますよ……うあああああっ、本当に食べちゃったぁぁぁぁあああっ!」


「くふふ。先手必勝じゃ。最優先目標をいつまでも残しておくからこうなる。これに懲りたらイチゴを先に食べるのじゃな……って、なんでマジ泣きしとるんじゃ!?」


「うぅっ……ひっぐ……イチゴ……最後に食べるの、楽しみにしてたんです……!」


「インフィちゃん、泣かないで! 私のを上げるから……あ、私はもう自分の食べちゃってたわ……もう、アメリア! 謝りなさい!」


「申し訳ないのじゃ。まさか泣くほどとは思わなかったのじゃ。吾輩、まだまだマスターの補佐役として未熟じゃ……」


 白くて小さなドラゴン型の人造精霊は、テーブルの上でぺこぺこ謝る。

 その必死な様子を見てインフィは、許してやってもいいかな、という気分になってきた。 それにしても、イチゴにここまで本気になれるのは、平和な証拠だ。

 できるなら、ずっとイチゴのことで泣いたり笑ったりしていたい。

 インフィは心の底から、そう思った。

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復活の古代魔法 ~古代の技術で気ままに魔法付与したら、いつの間にか無双していました。伝説の武器? それは1000年前に練習で作った物ですよ。そしてこれが最強の新作!~ 年中麦茶太郎 @mugityatarou

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