第31話 悠久の魔女の師匠

 二十代前半。黒い髪。白衣のポケットに手を突っ込んだ美人。

 遺跡を歩くと、まさにその特徴に合致する女性が立ち塞がった。


「やあ。久しぶりだな、エミリー。悠久の魔女なんて大層な異名で呼ばれているらしいじゃないか。弟子の成長を、素直に嬉しく思うぞ」


「師匠……やっぱり師匠だったんですね! 今までどこにいたんですかっ? どうしてここに!?」


 エミリーは、百年も会っていなかった師匠と再会したというのに、喜びよりも警戒を露わにした。そうしなければならないのを悲しそうにしていた。


「どこに? どうして? その二つの疑問への答えは一つだ。私はずっとここにいた。魔王討伐の手伝いができなくて済まなかったね、エミリー。どうしてもやらねばならないことがあったんだ。それが終わったから、こうして帰ってきた」


「魔王討伐よりも優先すべきこと……それはなんですか」


「無論、みんなを守ることだよ」


 エミリーの師匠は、優しく微笑んだ。

 嘘を言っているようには見えない。しかし同時に、彼女が言う『みんなを守る』が、とてつもなくズレているのではないか。そう思えるような、歪んだ笑みだった。


「それと……その少女がタイプ・インフィニティか。こちら側に戻って、色々と噂を聞いて驚いたよ。インフィという子供が、小さいドラゴンのような精霊を従え、現代の技術水準を大きく超えるアイテムを次々と作っていると……まさかと思ったが、こうして自分の目で見たら信じるしかない。タイプ・インフィニティに魂が発生したのだ。の魂を移動させられなかったのは、そのせいかもしれないな」


 一人称が私から俺に変わった。アメリアとインフィに語りかけるため、あえてそうしたという感じだった。


「そなた……まさか……旧マスター!?」


「旧、か。アメリアは、魂ではなく器でマスターを判別しているのか。感情が豊かすぎて、俺が想定しない動きをしているようだな。どうりでそっちの零敷地倉庫ディメンショントランクにアクセスできないわけだ」


 そう言って彼女は喉の奥を鳴らして「くくっ」と笑う。


「そうだ。俺はエミリーの師匠ケイト・アーレスであり、そして、前世はイライザ・ギルモアと呼ばれた魔法師。魔族を作った張本人だ」


 その発言に最も衝撃を受けたのは、インフィでもアメリアでもなく、弟子のエミリーだった。


「そんな、師匠……冗談、よね!?」


「こんな冗談を言ってどうする? もっとも俺の前世の記憶は、途中で切れているから、魔族を作った瞬間には立ち合っていないがね。インフィも同じだろう? お前の記憶は俺より更に過去のもので、魔導釜を零敷地倉庫ディメンショントランクに送ったところで途切れているはずだ」


 インフィは無言で頷きながら、記憶をめくる。

 かつてイライザは、自分の魂が定着しやすくなるよう、まだ胎児のようだったホムンクルスに記憶をコピーした。それがインフィにイライザの記憶がある理由だ。そのあと記憶だけでなく魂も融合するはずだった。


「あのとき俺は、自分の魂を魔導釜に入れ、お前とアメリアと一緒に零敷地倉庫ディメンショントランクに行くはずだった。ところが魂は跳ね返され、元の体に戻ってしまった。そして魔導釜は俺を置いて異空間に行ってしまった」


「なんとも間抜けな話ですね」


「全くだ。それから俺は何度かホムンクルスを作り、実験したが、どうも魂を別の肉体に移動させるのは難しいらしい。問題点を洗い出している間に寿命が来てしまう。そこで俺はアプローチを変えることにした」


「それはどんなアプローチですか?」


「人間から人間へ。俺は自分の魂を未来に送る装置を作った。最も適合する胎児を自動的に見つけ、乗り移る。これならゼロからホムンクルスを作る必要がない。同時代に俺の魂が適合する肉体がなくても、百年も二百年も待てば、いつか必ず現われるはず。時間は問題ではない。問題だったのは、オリジナルの魂ではなく、複製した魂しか送れないということだ。千年前、ファックスという魔法装置があっただろう? あれは紙そのものを転送しているのではなく、紙に書かれた内容のコピーを離れた場所で印刷しているにすぎない。それと同じだ。しかし、それでもよかった。オリジナルが死んでも、俺の意思は残る。重要なのはそこだ。そして俺の魂は無事、今から二百年ほど前、とある娼婦の腹に転写された。それがこのケイト・アーレスだ」


「師匠の前世がイライザ・ギルモアだってのは分かったわ……けど、それだと魔族を作ったかどうか分からないじゃない……!」


 エミリーは声を震わせ、師を弁護する。本人が罪状を告白しようとしているのに。


「いいや、確信があるのだよ、エミリー。オリジナルの俺は魔族を作った。これは間違いない。順を追って話そう。俺はお前たちと敵対したくて現われたのではない。仲間に勧誘したくてここにいるのだから」


 勧誘。

 なぜベラベラと情報を教えてくれるのかインフィは不思議だったが、こちらを仲間に引き込みたがっているらしい。


「コピー・イライザ。ボクはあなたをそう呼ぶことにします。そして、あなたが知っている情報を説明してくれるというなら喜んで聞きましょう。けれど、仲間になるかどうかは分かりませんよ。ボクとあなたは、同じ源流を持っているのに、価値観がかなり違うようですから」


「ほう。どの辺りが違うと感じたのかな、インフィ」


「イライザが魔族を作った。それを誇らしげに語る辺りがです」


「なるほど、なるほど。君は少し怒っているな。くく……ホムンクルスなのに立派な自我がある。素晴らしい。俺が狙ってそう作ったのではなく、偶然の産物というのが悔しいところだが」


 コピー・イライザはインフィを興味深げに見つめた。

 そして、転生後、どう生きてきたかを語り始めた。

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