第28話 納品
インフィのところに百一本の、魔石つきの剣が送られてきた。
約束では百本のはずなのに、一本多い。
同封されたキャロルからの手紙に、その理由が書かれていた。
追加の一本は、騎士団ではなくキャロルの護身用であるという。
王族でありながら冒険者ギルドに登録し、姫騎士として活躍していたキャロルだが、盗賊団に誘拐されるという失態を犯したあとは、さすがに自由を減らされたらしい。近頃はドレスを着て王城で大人しくする日々だ。
しかし、だからといって武器が不要ということにはならない。
いつどこで誰に襲われるか分からないのだ。剣があれば自分の身を自分で守れる。
魔王が死んだとはいえ、魔族が完全に消えたわけではない。モンスターだっている。世界は危険に満ちており、護身の手段は多いほうがいい。
手紙の内容は、そのようなものだった。
とにかく護身用だと強調している。だがインフィは、キャロルがまた姫騎士として活動するのを諦めていないのだな、と察した。
あまり危険な目に合って欲しくない。しかし、やる気のある人は妨害されても勝手にやる。なら、インフィの剣を持っていたほうが安全だろう。
追加発注を受けることにした。
そして次の日、エミリーと一緒に王城に直接納品しに行った。
「も、もう完成しましたの!?」
キャロルは城の訓練場に積み上がった魔法剣の束を見て、目を大きく見開いた。
「キャロル姫のはこれです。刃に名前を刻印しておきました」
「まあ! 嬉しいですわ! ついでにインフィさんの名前も掘ってくださればよかったのに」
「なぜボクの名前を?」
「使用者と制作者の名前が分かって便利ですわ」
「なるほど」
「そして、二人の名前の上に、相合傘の模様を刻んで欲しかったですわ」
「なぜ傘を?」
「二人がずっと友達でいられますようにというおまじないですわ」
「へえ。そんなおまじないがあるんですか。じゃあ今から書きましょうか」
そうインフィが納得すると、
「こらこら。騙されちゃ駄目よ。相合傘は恋のおまじないよ。キャロル殿下、あんまりインフィちゃんに嘘を教えないで。素直な子なんだから」
エミリーが真実を教えてくれた。
「うふふ。バレてしまいましたわ。それでは早速、この剣を試させてもらいますわ」
キャロルはドレスのまま抜剣し、魔力を込めて振り下ろす。
一条の光が伸び、遠くにある的を真っ二つにした。切断面が黒く焦げている。
「なんて……なんて素晴らしい剣ですの! 自分が強くなった気分ですわ! 新生姫騎士キャロル爆誕ですわ!」
キャロルは興奮した様子で何度も剣を振り下ろす。
その騒ぎを聞きつけ、騎士団が集まってきた。
彼らも魔法剣を振り下ろし、光の斬撃をビュンビュン飛ばしまくった。実に楽しそうである。
「ああん! 新生姫騎士キャロルの優位性が失われてしまいましたわ……国防のためには頼もしい限りですが……こうなったら特訓して、この国一番の剣士になってみせますわ!」
キャロルは剣を天に突き上げ、高らかに宣言した。
インフィは「おお! 頑張ってください!」と真剣に拍手する。
「いや、王女が一番になってどうするんじゃ? 騎士が守るべき姫より弱いのは問題あるじゃろ」
と、アメリアが突っ込む。
「あら、アメリアったら遅れてるわね。騎士が弱すぎたら問題だけど、姫がそれより更に強くたっていいじゃない」
「ふむ、そんなものかのぅ? 騎士がそれでいいなら吾輩はなにも言わぬが……」
エミリーの言葉にアメリアが納得しかける。
そこに騎士団長が現われ「いいわけがない!」と叫んだ。
「騎士とは、王と姫と民を守るもの! ゆえに騎士は姫より強くなければならない! そして騎士団長はその中でも最強! キャロル殿下、私は負けませんよ!」
「あら。わたくしは姫騎士なので、ただ守られるだけではありませんわよ?」
「それは民が勝手につけた渾名です。護身用に剣を持つのは勝手ですが、もはや冒険者としての活動はやめていただきます!」
「騎士団長にそんなことを言われる筋合いはありませんわ!」
騎士団長とキャロルは、どちらが上手に魔法剣を使えるか、競い始めた。
ほかの騎士たちもそれに続く。
今日一日だけで、騎士団と姫騎士の戦闘力が一気に上がってしまった。
ちなみに、剣から光の斬撃を空に向かって飛ばしまくったせいで、王都の住民たちが「城で何事か異変が起きている」と騒いだらしい。
後日、騎士団が「魔法職人インフィが納品したアイテムのテストだった」と説明し、混乱が収まった。
そして冒険者ギルドや工業ギルドでは「またインフィが凄い物を作ったらしい」と噂になる。
同時に「近頃、悠久の魔女エミリーが弟子を取ったらしい」「いいやメイドを雇ったんだ」「いずれにせよ銀髪の幼い少女らしいぞ」という噂が王都で流行する。
それらの噂が合体した結果「この王都に突如現われた魔法職人少女の才能をエミリーが見抜き弟子にした。その子が幼くて可愛い少女なのをいいことに、メイド服を着せ、猫耳と尻尾を装着させ、語尾に『にゃ』をつけさせている。エミリーに浮いた話がなかったのは少女好きだったからで、今回ついに我慢ができなくなり欲望を解き放ってしまったのだ――」という、エミリーにとって不名誉な噂へと成長してしまった。
「この噂の否定しづらいところは、そのほとんどが事実ということじゃなぁ」
アメリアはそう話をまとめた。
「違うのぉぉぉっ! 私が欲望を解き放ちたいのはインフィくんであって、インフィちゃんじゃないのよおおおおおっ! 可愛い女の子は好きだけど、みんなが噂してるような意味じゃないからぁぁぁああああっ!」
エミリーは床を転げ回って泣き叫ぶ。
インフィはそれを冷ややかに見下ろす。
最近、エミリーの格好いいところだけを見ていたので「そう言えばこういう人でした」と思い出しながら。
△
インフィは夜、夢を見た。
過去の夢だ。ただし自分のではなく、イライザ・ギルモアの過去である。
イライザは才能に溢れていた。千年前の水準から見ても、群を抜いていた。
彼女は引きこもり気質で、工房にこもって研究ばかりしていたが、彼女なりに人間を愛していた。
自分が使っている技術や知識は、先人たちが築き上げた膨大な歴史の上に成り立っていると、誰よりも熟知していたからだ。
その歴史は絶やしてはならない。そして自分自身も歴史に名を残したい。
それがイライザの目標だった。
なのに、才能はあっても寿命がなかった。
短い寿命でできる限りのことを成し遂げようと頑張った。大勢の人間を救った。感謝されるのは悪い気分ではなかった。
ポーションで病気を治してやると、本人だけでなくその家族に頭を下げられた。新兵器でモンスターを殲滅すると、大勢たちに喜ばれた。鉱物資源が眠っている場所を見つけてやったら、町一つが潤った。
自分がみんなを守るんだ。自分にはその力があるのだから――そう心底から思った。
それでも、日々衰えていくのは怖かった。
自分は三十歳を超えられるのだろうか。確実に四十歳にはなれないだろう。
そう悟ったとき、頭がおかしくなりそうだった。
死にたくない。病に負けない強い体が欲しい――。
その想いがイライザに虚勢を張らせ、少しでも自分を強く見せようと、一人称を『俺』に変えさせた。
もちろん、そんなのは意味がない。
病はイライザを蝕む。そして転生という賭けに彼女を追い込んでいった。
死にたくない。それがイライザの願い。
だが、その根底には「みんなを守りたい。だから死ねない」という優しさがあったのではないか。
インフィはイライザ本人でさえ自覚していなかった真の願いを洞察した。
もちろん、真偽は不明だ。
今となっては確かめようがない。
けれど、もしそうだったら、その優しさを引き継ぎたいとインフィは思った。
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