第26話 魔法剣の仕事
光の矢が一本、空に向かって飛んでいった。
インフィが放ったものだ。
「上手になったわね。これなら実戦で使えるレベルよ」
横で見ていたエミリーは感心した声を出す。
「ありがとうございます。けれどエミリーさんのように、何本も一気にバババッと飛ばせるようになるのは、まだまだですね」
「それは当たり前。私の魔法歴、百年以上よ。そう簡単に並ばれてたまるものですか。私、インフィちゃんの師匠ってことになってるんですからね」
そう言って彼女は肩をすくめる。
さて。今日の魔法の練習はここまでだ。インフィは自分の部屋に行く。そこには魔導釜があった。破損箇所の応急修理が完了したのだ。今は魔王から奪った剣を解かし、再構築する作業が進行中だ。
「アメリア、ただいまです」
インフィは魔導釜に向かって呼びかける。だが返事がない。
その表面をコンコンと軽く叩く。
「ん? おお、マスター、お帰りなのじゃ」
ようやく魔導釜からアメリアの声がする。彼女は魔導釜に融合し、制御プログラムとして働いていた。
「演算に集中すると、こっちの様子が見えなくなるんですね。進捗はどうですか?」
「七割くらいじゃ。しかしこの剣、ミスリルを含んでいるとはいえ、あまり量は多くないのぅ。ないよりはマシという程度じゃ」
「ないほうがマシよりはいいじゃないですか。どれどれ……」
インフィは魔導釜に手をかざし、内部の様子を読み取る。
剣を杖に作り替える作業は、順調に進んでいる。とはいえアメリアの指摘通り、ミスリルの量に不安がある。どこかで調達しておきたい。
「インフィちゃん。お客様よ。キャロル殿下がお見えになったわ。それと騎士団長も一緒」
エミリーが廊下からそう呼びかけてきた。
「キャロル姫ですか。アメリアも作業を中断して、一緒に行きましょう。ところで騎士団長とは?」
「キャロル殿下の護衛じゃないの? なにせ盗賊に捕まって行方不明になったばかりだから」
「なるほど」
インフィはリビングに行く。豪華なドレスに身を包んだキャロルがいた。その隣には、分厚そうな甲冑を着込み、兜を脇に抱えてた男がいた。騎士団長という役職の割には若い。まだ三十歳になっていないかもしれない。
「お久しぶりですわ、インフィ、アメリア。今日はジェマさんとフローラさんの紹介で、仕事の依頼に来ましたの。騎士団のために魔法剣を百本、作ってくださいませんか?」
「単刀直入ですね。どんな魔法剣ですか? あと剣そのものを作るより、すでにある剣に魔法効果を付与するほうが早く済みますよ。なにせ百本ですから」
「なるほど。では剣を百本用意させましょう。理想とする剣は、騎士団長であるコンラッドが持つ魔法剣です。コンラッド、インフィさんに剣を見せてあげなさい」
キャロルは騎士団長に呼びかける。
ところが彼は王女の命令だというのに、すぐには従わなかった。
「キャロル殿下。その前に確認させてください。こんな少女が本当に魔法剣を作れるのですか? 工業ギルド長さえ一目置き、塩の兵士の治療薬を作った天才職人という触れ込みですが……とてもそうは見えませんね」
騎士団長はインフィに嘲笑うような視線を向けてきた。
「失礼ですよ、コンラッド!」
「そうじゃ、吾輩のマスターに失礼じゃ。精霊である吾輩が、このインフィをマスターと定めたのは、その魔力と才能がずば抜けているがゆえ。それを外見だけで判断しないでもらおうか」
「これはこれは精霊様。ですが精霊の判断が必ず正しいとは限らないでしょう。それは悠久の魔女も同じ。このインフィという少女を弟子にしたようですが、魔王を倒して気が抜けたのでは?」
「あら。随分な言いようね。どうしてインフィちゃんをそこまで嫌うのかしら?」
エミリーも話に加わる。
「嫌っているのではありませんよ、エミリー様。ですが私とてそれなりに実戦経験を積んだ身。相手の実力は、見ただけである程度分かります。それは戦いだけでなく、物作りであっても同じ。優れた能力の持ち主にはオーラがあります。このインフィからはそれを感じないのですよ」
「ふぅん。じゃあ騎士団長は、私を一目見て強いって分かるのかしら?」
「残念ながらそれは無理です。私とエミリー様とでは、実力が離れすぎている。あまりにも格上だと、オーラが曇ってしまうこともあります」
「じゃあ、インフィちゃんもそうかもしれないわね」
「この少女が? 私よりも遙かに格上? ははは! エミリー様は冗談がお上手だ」
騎士団長は盛大に笑う。かなり自信過剰な性格のようだ。
「……申し訳ありません、インフィさん。本当はコンラッドを連れて来たくなかったのですが、お父様の命令でして」
「ボクは気にしてません。それより騎士団長の剣を見せてください。理想の剣というくらいですから、よほどの一品なのでしょう?」
インフィの興味はそこにしか向いていなかった。
この若い騎士団長に失礼なことを言われても、それでお腹が減ったり睡眠時間が減るわけでもないのだから。
「コンラッド。もう一度言います。剣を見せてやりなさい」
「キャロル殿下がそこまで仰るなら」
騎士団長はため息を吐き、腰の剣を抜いてインフィに差し出した。
それを受け取り、しげしげと観察する。
インフィは絶句した。
「これは……これを再現するのはボクにはできません……」
「ほう。素直だな。ようやく君に好感を持てそうだ」
騎士団長は勝ち誇るようにニヤリと笑う。
「だって……こんな酷い魔法剣、狙って作れるものじゃないですよ。うわぁ……魔法回路を直視したくないです……」
「うむ。本当に酷い。これ、敵よりも味方を多く殺しそうじゃなぁ」
インフィとアメリアは、率直な感想を口にした。
「ふ、ふざけるな! この魔法剣はバルチェード王国騎士団の団長に代々受け継がれてきた由緒正しき剣……いわば本物の伝説の剣だ! それを酷いだと? 直視したくないだと? はんっ! 自分を凄く見せるためのハッタリであろう!」
騎士団長は叫びながらインフィから剣を取り返す。
「そこまで言われるとムカッとしますね。じゃあ、そのガラクタ剣をここで調整してあげましょうか。驚くほど使いやすくなりますよ」
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