第23話 塩の兵士
イライザ・ギルモアはなにか作業をするとき白衣を着ていた。
これが自分の仕事着、と定めると、やる気がマシマシになるのだ。
そこでインフィも仕事着を定めようと思った。
「というわけで、選ぶのを手伝ってください、エミリーさん」
「いいわ。丁度いい店を知ってるし」
連れて行かれた店は、作業着を扱っている店だった。ほかにも長靴やヘルメット、手袋など、実用性が高そうな品が並んでいる。
「インフィちゃん。こっち、こっち」
エミリーは手招きし、インフィを店の奥に手招きする。そして彼女オススメの作業着というのを渡され、更衣室に押し込まれた。
それは黒色のロングワンピース。白いエプロン。フリルのついたカチューシャ。
「ふむふむ。ワンピースは厚手で頑丈そうじゃ。エプロンには大きなポケットがあり小物を入れるのに便利。長い髪もカチューシャでまとめれば作業の邪魔にならん。よく考えられた作業着じゃ」
アメリアは着替え終わったインフィの周りを旋回しながら総評を語る。
「はい。そのようですね……って、これメイド服じゃないですか」
インフィはカーテンを開け、更衣室の外で待っていたエミリーに抗議する。
「ノリノリで着ておきながら文句を言われてもねぇ。メイド服は家事のための作業着よ。アメリアが言ったように実用性抜群。私は真面目に選んだのよ」
「本当に真面目ですか? 顔がニタニタしてますよ?」
「だってー。メイド服を着せたかったんだもーん」
不真面目さが全身からにじみ出ていた。
ただメイド服が頑丈なのは事実。エプロンがあるので汚れにも強い。
なによりデザインが可愛らしい。
千年前のメイド服はもっと簡素だった。しかし現代のはフリルやレースやリボンで彩られ、見れば見るほどインフィの好みだ。可愛らしさの中に上品さがあるのもいい。しかし、それに気づいたのはエミリーに抗議してからだった。
今更「こんな可愛い服を選んでくれてありがとうございます」とも言いにくい。
どうすれば自然な流れでこのメイド服を買えるのか。
考えても答えが出ない。
「インフィちゃん。あなたを牢屋から助けるとき、師弟関係ってことにしたわよね。弟子は師匠の指示に従うものよ。というわけで、師匠命令よ。そのメイド服を着たまま帰りなさい!」
「師匠命令なら仕方ないですね……って、着たまま帰るんですか……?」
「そうよ。メイド服インフィちゃんを王都のみんなに見せびらかすの! あ、そうだわ。ついでだから、猫耳メイドに進化させちゃいましょう!」
そう言ってエミリーは、フリルのほかに猫耳の飾りがついたカチューシャと、ピンで止める尻尾を持ってきて、素早くインフィに装着させてしまう。
なんと更に、猫の手を模したグローブまで持ってきた。
「あの。なぜ猫さんの飾りがこんなにあるんですか? ここは作業着に類するものを扱っている店なのでは……?」
「こういうのを着けて接客する喫茶店があるの。つまりこれらもまた作業着なのよ。ほら、鏡の前で『にゃん』って言ってみて。師匠命令よ!」
「にゃ、にゃん……」
「かわわわっ! インフィちゃん、今、自分が可愛いって自覚しちゃったでしょ!」
「そ、そんなことはないです……」
と、言い逃れしてみたが、嘘である。
猫耳メイドな自分は、可愛かった。
直視すると頬が熱くなるのを止められない。なので鏡から目をそらしたが、気になってチラリと見てしまう。可愛い。恥ずかしい。
インフィは視界を塞ぐ方法を模索し、丁度いい物体があったので慌てて抱きつき、顔を埋めた。抱きついてから気づいたが、それはエミリーの胸であった。
「きゃあっ、インフィちゃんってば昼間っから大胆! 魔王城のでアレといい、やっぱりインフィちゃんは私を誘惑する達人ね! お家に帰ってお仕置きしないと!」
エミリーは興奮した様子でインフィを抱きしめ返してきた。
「こらこら、エミリーよ。吾輩のマスターに危害を加えることは許さぬ。なにも悪いことをしていないのに、ただ可愛いというだけでお仕置きされるのは理不尽じゃ」
アメリアは悠久の魔女に抗議する。頼もしい。さすがは千年前の技術の粋を集めて作られた人造精霊だ。
「そうね、お仕置きはかわいそうね。じゃあ可愛いことをしたご褒美って名目にするわ!」
「うむ。ご褒美ならよいじゃろ」
人造精霊はあっさり納得してしまった。
[もっと抗ってください。お仕置きもご褒美も、多分そんな違わないですよ]
[まあ、よいではないか。エミリーがマスターに本気で危害を加えるとも思えぬし。それに吾輩、マスターの可愛い姿を見るの好きじゃ。なのでマスターに可愛い恰好をさせる者は吾輩の味方なのじゃ!]
この人造精霊は現代に毒されてしまった。もう駄目だ。
インフィ自身が気持ちを強く持ち、毅然とした態度で自分を守らないと。
まず第一歩として、エミリーの胸から顔を離す。鏡を見てしまった。可愛い。周りに流されれば、もっと色々可愛い服を紹介してもらえるかもしれない。そうチラリと意識してしまった。いけない。このままでは本当にズルズル流される。もっと気持ちを強く――。
まあ、今日くらいは流されてもいいだろう。明日から頑張る。
エミリーが会計してくれた。ありがたい。
ついに猫耳メイドの姿で外に出てしまった。
道行く人々に見られている気がする。いや確実に見られている。
「ねえ、ねえ。あのメイドの子、めっちゃ可愛くない!? 猫耳激アツ!」
「隣にいるのってもしかしてエミリー様? じゃあエミリー様のところで働いてるメイドさんかぁ。私もエミリー様のメイドになりたい!」
「いや、あのくらいの美少女じゃないとエミリー様と釣り合い取れないから!」
「だよねー」
そんな声が聞こえてきた。
可愛いと言われた。美少女と言われた。エミリーと釣り合いが取れていると言われた。
嬉しくて口元が勝手にニヤニヤしてしまう。
「むふふ。マスターの自意識が育っていくのを観察するのは最高の娯楽なのじゃぁ」
「分かるわ。子供の成長を見守る親の気分よねぇ」
人造精霊と悠久の魔女は、趣味の話で盛り上がる。
と、そのとき。インフィは人混みの中に、知人の姿を見つけた。
冒険者の剣士ジェマと弓士フローラだ。二人とはしばらく会っていなかった。
「知り合いがいたので、ちょっと挨拶してきますね」
エミリーにそう断ってから、インフィは走って追いかける。
会えるのが純粋に嬉しかったし、二人なら猫耳メイドを褒めてくれるに違いないという打算も少々あった。
「ジェマさん、フローラさん。お久しぶりです」
二人の前に立ち、インフィはぺこりとお辞儀する。が、顔を上げて驚いた。
ジェマもフローラも平然と歩いていたので気づけなかったが、その全身は傷だらけだった。
「た、大変です! ポーションをどうぞ!」
二人は無言で受け取り、一気に飲み干す。
傷が塞がると、やはり無言でその瓶を返してきた。そして回れ右をし、歩いて行ってしまう。
「あ、あの。どこに行くんですか?」
追いかけ、もう一度立ち塞がると、ようやく口を利いてくれた。
「モンスター狩りへ」とジェマ。
「ポーションのために街に戻っただけぇ。目的を果たしたから瘴気領域に戻るわぁ」とフローラ。
聞き慣れた二人の声だ。なのに、まるで別人のものに聞こえてならない。
瞳には光がなく、表情には動きがない。
まるで精密なマネキンが喋っているかのようだ。
「えっと。傷は塞がりましたけど、一日くらいは休んだほうがいいのでは? ポーションで疲れまでは取れないので……」
ジェマとフローラはなにも答えず、それどころかインフィと目を合わせようともせず、立ち去ってしまう。
インフィは、自分がなにか気分を害するような真似をしただろうか、と一瞬不安になった。しかし仮にそうだとしても、こんな仕打ちをしてくる二人ではないはずだ。
「おい、マスター。二人が歩いたあとを見るのじゃ」
アメリアの言葉に従ってしゃがみ、地面を見る。するとキラキラした白い粉が落ちていた。
「塩じゃよ。ジェマとフローラが通った跡に、ずっと塩が落ちておる」
「なっ!」
インフィは驚きのあまりそれ以上、声を出せなかった。
そして周囲から同情を含んだ声が聞こえてくる。
「あの二人の女冒険者、ここ何日も戦いっぱなしなんだろ? 機械みたいにさ」
「あれだろ? 『塩の兵士』って病気。モンスターを殺すためだけに動いて、少しずつ体が塩になっていく……なあ、近くにいただけでうつったりはしねぇんだよな……?」
「人から人には感染しないって聞いたことあるけど、どうなんだろうな? とにかく、かかわらないのが身のためだ。どうせ何ヶ月かしたら、完全に塩になって消えるんだ」
「あーあ。俺、ジェマとフローラのファンだったのになぁ」
塩の兵士。
それは千年前にも存在した奇病だ。
感染経路は全くの不明。ただ症状はハッキリしている。
記憶はそのままに、価値観が書き換わってしまうのだ。
モンスターを殺す――ただそれだけを目的として動くようになる。そのためなら自分も他人もどうなろうと意に介さない。
なぜか体が少しずつ塩になっていき、数ヶ月後には人間の部分がなくなり、死ぬ。
「いいえ、ボクが死なせません!」
インフィは立ち上がり、拳を握りしめた。
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