第22話 結界塔再稼働

 結界塔は高さ二百メートルほどの白い塔だ。

 内部への出入口はない。その代わり、螺旋階段が外壁に巻き付くように備わっている。

 瘴気を祓う結界を生み出すための中枢は、塔の先端にある。

 よって魔力を充填するには、螺旋階段を登り切る必要がある。


 普段なら、結界塔の階段にモンスターがいるなどあり得ない。結界の発生源である塔こそが、最もその密度が濃いからだ。

 しかし今、この塔は機能を果たしていない。

 だから螺旋階段を上っている最中、モンスターと遭遇したり、後ろから追いつかれるというのが普通に起きる。


 インフィとアメリアはモンスターを蹴散らしながら進んでいく。

 本来、二人だけでこんな強行突破をするのは無謀だろうが、一度も苦戦などしなかった。むしろ一番の強敵は、螺旋階段の長さである。


 辿り着いた結界塔の最上層には、ひし形のシルエットを持つ立方体が浮かんでいた。大きさはインフィと同じくらい。これこそが結界を生み出す中核回路……と思われる。

 なにせ千年前ですら、結界塔の仕組みをまるで理解できなかった。構造について断言できることはなにもない。


 中核回路が機能しているときは虹色の輝きを発している。それが今は色を失って灰色になっていた。


「ねえ、インフィちゃん。階段をモンスターたちが上ってきたわ。私が時間を稼ぐけど……どのくらいかかるの? 一時間くらい?」


 モンスターには、自分たち以外の動物を見るやいなや襲い掛かる性質がある。捕食のためではなく、殺戮そのものを目的としか思えない凶暴性だった。

 こうして結界塔の上に二人も人間がいれば、階段を上って攻撃しに来るのは必然なのだ。


「一時間もかかりません。一瞬で済みますよ」


 インフィは巾着袋から魔石を出す。

 この数日間、少しずつ貯めた魔力が充満している。これを攻撃魔法に使えば、地図の書き換えが必要なくらいの凄まじい破壊力になるだろう。

 しかしインフィが欲しているのは破壊ではなく、安心して薬草を採取できる環境だ。

 よって魔石を塔の中核に押しつけ、そして握りつぶす!


「ええっ!? あんな値段がした魔石を粉々にしちゃった!?」


 エミリーは、階段から現われるモンスターを倒しながら悲鳴を上げた。

 金額だけで考えたら、大きな家をまとめて握りつぶしたのと同じだ。驚くのが当然である。


 魔石に込められていた魔力は一気に解放され、塔の中核に吸い込まれていく。

 灰色が虹色を取り戻していく。

 風が舞う。瘴気の嫌な気配が吹き飛ばされていく。まるで世界全体が明るくなったような気分だ。


 だがモンスターには最悪の環境だろう。さっきまで心地よい瘴気を吸っていたのに、いきなり結界に飲まれてしまったのだ。狼型のモンスターたちは、子犬のような悲鳴を上げて階段を下っていく。中には混乱のあまり飛び降りて絶命する個体もいた。


「結界塔、再稼働確認。これで安全に薬草を採れます」


「魔石を使えばすぐに終わるって聞いてたけど、まさか本当に一瞬だなんて……けど、もったいない気がするわね」


 エミリーは床に散らばった魔石の破片を見ながら呟く。


「はい。普通の魔石なら捨て置くところですが、これは貴重品なので修復します」


「へ? 修復?」


「アメリア。不純物の除去をお願いします」


「かしこまりなのじゃぁ」


 アメリアは明るい声で返事し、魔石の破片を零敷地倉庫ディメンショントランクに移動させる。

 インフィは五芒星が描かれた紙を床に広げ、そこに記号や図形を書き加えていく。


「マスター、魔石の破片を出すぞ。よいな?」


 頷くと、魔石の破片が五芒星の上に注がれた。土埃の類いを完全に除去した、魔石の破片だけ、、が。

 床に散らばってしまった破片には、どうしてもゴミが混じってしまう。それを零敷地倉庫ディメンショントランクを経由して濾過したのだ。

 アメリアだから短時間でできる芸当だ。インフィはこれほどの精度で零敷地倉庫ディメンショントランクを扱えていない。


 そして、ここからはインフィの仕事だ。

 紙に魔力を流すと、五芒星とその周りの記号と図形が、魔力回路の役目を果たす。

 魔石の破片が光に包まれ、五芒星の中心に集まっていく。

 そして光が晴れたとき、粉々だった魔石はまた一つの塊に復元された。

 いや、さっきまでは歪な形だったのに、球体になってしまった。なので正確には復元ではない。再構成と言うべきか。


「じゃじゃーん。綺麗な球になりました」


 インフィは魔石を手に取り、エミリーに自慢する。


「す、凄いわ! これなら何度でも再利用できるじゃない! どんなものでも、こうやって直せるの?」


「いえ。魔石の修復法が確立されているからできたことで、どんなものでもは無理です」


「それでも大したものだわ。千年前の魔法って凄いのねぇ。いえ、凄いのはインフィちゃんかしら?」


「ふふふ。もっと褒めてください」


「よっ! 天才美少女魔法師!」


「そ、そういう褒め方は結構です……」


 インフィはローブを出して羽織り、フードで顔を隠した。

 さて、これでルーマティーの森からモンスターが去った。安心して薬草を集められる。

 エミリーも薬草採集を手伝ってくれた。が、どれがなんの薬草かという知識が素人レベルなので、主だって働くのはインフィだ。

 王都から持ってきた竹細工のカゴを背負い、薬草を次々とそこに入れていく。


「なんか、山菜採りのおばあちゃんみたいね」


「百二十一歳のおばあちゃんに言われたくないですね」


 そう反論したら、髪をわしゃわしゃされてしまった。

 薬草で一杯になったカゴごと零敷地倉庫ディメンショントランクに入れ、大満足で王都に帰る。

 冒険者ギルドに「ルーマティーの森の結界塔を再稼働させた」と報告したら、後日、その確認が取れたので報酬を払うと連絡が来た。

 別に報酬目当てでやったのではないが、もらえるものを拒絶する理由もない。インフィたちは臨時収入でちょっと高めのディナーを楽しんだ。

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