第11話 はじめてのおしゃれ

 店内には色々な服がある。

 インフィはその中をさまよっていた。

 アイテムに魔法効果を付与する技術にかんして、この時代の誰よりも上を行っているという自負がある。だが服を選ぶセンスには微塵も自信がない。


 しかし、そんな超初心者にも、希望の光があった。

 マネキンである。

 マネキンは、店員が全身コーディネートした状態で展示されている。それを丸ごと買い「ここで装備していく」と言えば、インフィもオシャレさんの仲間入りだ。

 インフィは気になるマネキンの前をウロウロし、キョロキョロし、撤退した。


[なんじゃい、マスター。度胸がない。その辺の店員を捕まえて『気になるので試着したい』と言えば済む話じゃろが]


[いえ。話はそう簡単ではないと気づきました。ボク、魔導釜から全裸で出て、その上にこのローブを着たじゃないですか]


[そうじゃな]


[つまり、ずっと下着を身につけていなかったのです……]


[なんと。吾輩のマスターは裸ローブの変態痴女じゃったか]


[バレる前に気づけて幸いでした。というわけで先に下着を買います]


[うむ。吾輩も気づけず、申し訳ない]


 というわけで子供用の下着を何着か買い、トイレでそのうち一枚を身につけ、改めてマネキンの前に行く。

 ウロウロ……キョロキョロ……撤退。


[結局逃げるんかい!]


[だって……この服、とても可愛いですが、スカートが短くて……いえ、街の様子を見る限り、この時代は膝上のスカートが当たり前。これを着ても変な目では見られないでしょう。けれど……]


[ええい、じれったい。吾輩が店員を呼んでくるのじゃ!」


「あ、あ」


 止める間もなくアメリアはどこかに飛んでいく。

 そして女性店員が嬉しそうな顔でやってきた。


「今まで色々なお客様を見てきましたが、精霊さんに呼び止められたのは初めてですよ。あなたが精霊さんのマスターですか? この服を試着したいんですね?」


「は、はい。けれど、こんな可愛い服、ボクに似合うでしょうか……?」


「なにを仰います。絶対に似合いますよ。というか、あなたのような可愛い子に着て欲しくて展示したんです。まさにイメージ通り! さあ、こちらが試着室です」


 腕をグイグイと引かれ、服と一緒に試着室に放り込まれた。

 思えばイライザ・ギルモアは、服屋のこういうノリが嫌いだった。しかしインフィはイライザではない。このノリに乗って見せよう。

 ローブを脱ぐ。白い長袖のブラウスを着て、ボタンを閉め、黒いリボンタイを結ぶ。それからハイウエストの黒いフレアスカートを履く。白と黒の二色だけだが、それが落ち着いた雰囲気で、大人っぽくていい。そのくせ可愛らしい。襟元の大きなリボンタイが特にお気に入りだ。


「えっと……着替え終わりました」


 インフィは試着室のカーテンを開ける。

 するとアメリアと店員が拍手してくれた。


「マスター、とても似合っておるぞ」


「ええ! お客様、お人形さんみたいですよ! けれど、スカートはもっと上げたほうがバランスいいですよ。失礼しますね」


 店員は素早い動きでスカートの位置を直してしまう。

 鏡で確認すると、確かに見栄えがよくなった。

 人形に着せて飾っておくなら、迷うことなくこれがベストだ。

 しかし。


「あの、これだと太ももが更に見えてしまって……とても恥ずかしいです……」


「大丈夫ですよ。このくらい普通です。お客様の脚はとても綺麗なので見せなきゃ損っ!」


「下着が見えてしまうかも……」


「案外、このくらいのミニスカートでも見えないものですよ。階段を上るときと、しゃがむときに手で押さえればオッケーです」


「そのときは抑えないと見えちゃうんですか……あと、脚がすーすーして落ち着かないです」


「じゃあ、ニーソックスを合わせましょう。ここは無難に黒色で。さ、これをどうぞ」


 店員に言われるがままに、黒くて長い靴下を穿いた。

 太ももの真ん中辺りまで伸びるので、すーすー感は確かに解消された。

 が、インフィは疑問を覚える。


「えっと。なぜこんな半端な長さなんですか? いっそタイツのほうがよくないですか?」


「違います! 違うんですよ、お客様! タイツはタイツで可愛いですけど、今のお客様にはニーソックスがいいと思うんですよ。スカートと靴下のあいだに、チラッと太ももが見えるでしょう? これは業界用語で『絶対領域』と言いまして、オシャレポイントなのです! それにしてもお客様の肌、白くて綺麗……黒いスカートとニーソックスに挟まれたせいで、より際立つ! これしかない!」


「うむ。吾輩もよいと思うぞ。絶対領域。しかと覚えた」


 店員とアメリアは意気投合してしまっている。

 インフィには、もはや逆らう気力がない。

 イライザ・ギルモアは、ずっと工房で研究ばかりしていた。一方、インフィは短期間で色々な人に出会い、交流を深めたという自負がある。引きこもりの制作者に対して、少なからず優越感さえ抱いていた。

 だが、今ならイライザの気持ちがちょっと分かる。引きこもりたくなってきた。


「靴も私が選んじゃっていいですか? 今まで履いていたのも悪くないですが、ちょっと古びてますね。この黒のブーツがオススメです。なんと靴紐の代わりに茶色のリボンが通してあるんですよ。激カワじゃありません?」


「うむ!」


「鞄はこれにしましょう。茶色のショルダーバッグ。こうして肩にかけて……あーん、可愛いぃぃ!」


「もとより可愛いマスターが、ますます可愛くなったのじゃ。しかしそのバッグ、小さいゆえ、あまり物が入らなそうじゃなぁ」


「いいんですよ、こんなの財布と小物がいくつか入れば! 可愛いは全てに優先されます。ましてお客様のような超絶美少女の可愛さを損ねるなんて、もはや犯罪ですよ。ああ、私、服屋の店員でよかった! ところでお客様は活発に動き回るほうですか?」


「かなり動き回るのぅ」


「では! ニーソックスがずり下がらないよう……ガーターベルトを着けてはいかがでしょう!? いや、もう着けちゃいますね。はーい、動かないでくださいねー。ちょちょいのちょい……あああああっ、可愛いぃぃぃぃっ!」


 店員がいきなり大声を出したので、インフィは驚いてビクッとした。

 そして鏡を見て、もう一度驚く。

 店員が欲望のままインフィに施したコーディネートは、マネキンに飾られていたものより、数段進化しているように見えた。

 まるで自分のためだけにあつらえられたような……いや、実際この店員がインフィのためだけに考えてくれた組み合わせだ。


「ふふふ。お客様。鏡に映っている自分に見とれましたね? 自分を可愛いと思いましたね?」


「え、えっと……実は、その、はい……自意識過剰で、ごめんなさい……」


「謝らないでください! 人間は服装によって可愛くなったり格好良くなったりできるんですよ! そのお手伝いができて幸せです! 特にお客様のような伝説級の超絶美少女なら……これもう私が作った美術品ですよね? ショーウィンドウに飾ってもいいですよね!?」


「あの。服を選んでくれたのには感謝しますが、ボクを飾るのはちょっと……」


「うむ。気持ちは分かるが、それは駄目じゃ」


「しゅん……」


 悲しそうな店員にお金を払う。

 これまで身につけていたローブと靴は零敷地倉庫ディメンショントランクに入れる。


「吾輩は空間を司る精霊ゆえ、こういう真似ができるのじゃ」


「便利! もう、精霊さんったら、そんな便利な能力があるのにバッグの大きさを気にしてたんですか? 実用性を無視したコーデをし放題の無敵能力じゃないですかー」


 アメリアと店員は笑い合う。本当に仲がいい。

 これ以上、この店にいたら、更に色々な服を着せられてしまいそうだ。

 インフィは逃げるように外に飛び出した。


 外。


 この短いスカートで、人が沢山いる外に出てしまった! 

 マネキンを見て自分で選んだ服だ。それをプロの店員がアレンジしてくれた。鏡で確認し、とても可愛いと思った。

 しかし、それは錯覚だったのでは?

 本当に似合っているのか?

 実はとんでもない道化に見えるのではないか?

 インフィは不安に包まれながら、宿への道を歩く。


「ねえねえ。今すれ違った子、メッチャ可愛くない?」


 ふと、そんな声が聞こえた。


「むふふ。マスターよ。褒められたな」


「……ボクの話とは限りません。こんなに人がいるんです。別の誰かの可能性もあります」


 ところが、しばらく歩くと、立ち止まって振り返る人がいた。


「びっくりした……あの銀髪の子、綺麗すぎじゃない?」

「分かるー。人形が歩いてるのかと思うよねー」


 銀髪の人間はインフィしかしない。

 間違いなく、自分が褒められたのだ。


 気をよくしたインフィは、踊るような足取りで宿に戻った。そして、鏡の前でくるくる回って、何度も何度も全身を確認した。

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