第10話 お買い物
キャロルがなぜ『姫騎士』と呼ばれているか。
それは王族でありながら冒険者ギルドに登録し、剣と鎧で武装し、弱きを助け強きをくじく行いをしているからだ。
王族がどこまで自由に振る舞えるかはその国によって違うが、それにしても自由すぎるだろうとインフィは思った。
実際、この国でも珍しい状況らしい。
それが許されているのは『今の国王が子だくさんだから』の一言に尽きる。
王子や王女が何人いるのか、国民は誰も知らないという。別に国家機密というわけではない。単純に多すぎるのだ。
三人の王妃と無数の妾。
彼女らが産んだ子供が何人いるのか、正確に把握しているのは宮内庁の役人だけとも言われている。
そこまで多いと、一人二人が死んだところで影響がない。もっと言えば、国王は子供が減っているのに気づかない可能性もある。
悪い言い方をすると、王族の命が軽い。
そのおかげで王位継承権が低い王子や王女は、かなりの自由を満喫できている。
キャロルが高価な武装で全身を固めて冒険者をしていられたのは、そういう理由だった。
王族でありながら魔族やモンスターを倒す麗しい少女は、当然、民衆の人気が出る。
姫騎士の異名で呼ばれて調子に乗り、ヴィント盗賊団に捕まる結果となった。
キャロルの身柄と盗賊団の首を、冒険者ギルドに引き渡す。
受付嬢は王女という思わぬ戦利品を渡され、大慌てだった。キャロルは別れ際「このお礼は改めてしますわ」と言っていた。いずれ王城で、美味しいお菓子などをご馳走してくれるかもしれない。楽しみだ。
お菓子を出すから、また赤ちゃんになりたい、と言われたら困ってしまうが。
そしてギルドから報酬を受け取り、三等分。
インフィはこの街を気に入ったので、しばらく滞在するつもりだ。なので、またジェマとフローラと一緒に仕事をする機会もあるだろう。
そのときはお互いよろしく、と友好的に別れる。
「魔王の城から盗んだものだけでなく、自分で稼いだお金もそこそこ貯まってきました。そろそろ買い物をしたいです」
インフィは頭の上でくつろぐ人造精霊に語りかける。
「ならばまずはポーションを入れる小瓶を買うべきじゃな。口移しだの、哺乳瓶で赤ちゃんプレイだの……マスターが現代人の性癖を破壊して回りたいというなら、今のままでもいいのじゃが」
早速、小道具屋に走り、ガラスの小瓶を三十本買った。これだけあれば、しばらく困らないだろう。
それから薬草屋に行く。ポーションにしなくても、薬草はすりおろして傷に塗ったり、お茶として飲むだけでも効能がある。種類によっては料理にも使える。なのでポーション職人以外にも、薬草の需要はあるのだ。
予想していたが、品揃えはインフィを満足させるものではなかった。だが
「さて。次はどうしましょう。ほかに必要なものは……」
「どうせイチゴじゃろ。すっかりマスターの主食になってしまった」
「衣食住は人間が生きていくのに必須。それにこだわるのは文化的です。非難されるいわれはありません」
「吾輩は非難しとらんよ。マスターこそ、そんな必死に言い訳する辺り、食生活の偏りを自覚しとるのではないか?」
インフィは反論せず、スタスタと歩く。
舌戦で巻き返すのが難しそうだと認めたのだ。
しかし、ようはイチゴ以外を食べればよいのだ。果物の露店でリンゴかなにかを買い、ガブリと一口やってドヤ顔すれば、完全勝利は確定である。
マスターには勝てないと分からせるため、インフィは果物屋を探す。
ふと、目当ての店を見つける前に足を止めた。
それは衣食住の中でイライザ・ギルモアが最も軽視したもの――衣類を扱う店だった。ショーウィンドウに飾られたきらびやかな服に惹かれ、ふらふらと入店してしまう。
「ふむ。やはりマスターは旧マスターとは別人なのじゃなぁ」
「いえ、別に、そこまで服に興味があるわけではなく、たんにローブしか持っていないのはどうかと思っただけで、決して街を歩く人たちみたいにオシャレしたいとか、可愛い恰好をしたいとか、そういう無駄な思考をしたわけでは――」
「メッチャ早口じゃな! 言い訳する必要はないじゃろ。衣食住にこだわるのは文化的と言ったのはマスターではないか。それに見た目は第一印象を左右する。そして第一印象は人間関係を構築するのに役立つ。旧マスターはその辺りに無頓着で、美人のくせに目の下にいつもクマを浮かべているような人じゃった。その点、マスターはオシャレに興味を持ったのじゃから偉いぞ。可愛く着飾るがいい。そう照れるな」
「……照れてなどいません」
「ほう。そこら中に鏡がある場所でそんな言い訳が通用すると思ったか? ほれ。頬が赤いぞ」
アメリアに指摘されて鏡を見ると、確かにインフィの顔はリンゴ色に染まっていた。
服に興味を持ったのをアメリアに知られて照れくさいのと、素敵な服に取り囲まれて高揚しているのが混じり、そんな顔色になっているらしい。
自分の顔を見て、ますます恥ずかしくなったインフィは、フードを深く被って誤魔化した。
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