第4話 私だけが堪能できる推しの姿(※説明回)

 私はマジックバッグから野営セットを出して、魔導コンロでお湯を沸かし始めた。

 話し続けると喉を痛めるから、お茶を淹れようと思って。



「ここにジスター帝国が誕生する。

 ここからは諸説あるが。

 初代皇帝がルグルス=ドグ=ジスターだというのは事実だ。


 帝国は、ルグルスは、英雄の二人ともともと親友で、聡明でカリスマのある人物であり、二人の推薦で皇帝となったと主張している。

 他国は英雄の活躍を妬み、同志と手を組んで、二人を体よく追いやり皇帝の座についたとしている。


 他国の主張の根拠について。


 ガルンとシアノスは夫婦となり、現在のイオランジ侯爵家を興したんだが。

 イオランジは建国よりずっと、モンスター領域から人類領域を護る盾の役割をし、今も血を流しそれを担っていることと。


 それぞれの種族の代表とされる亜人の十戦士が存在していたのに、十戦士の活躍は無視され、今現在も帝国は人間以外の種族を差別していることだ。


 ちなみに十戦士の子孫は存在しない、これは事実だ。


 ゆえに帝国はそんな亜人の戦士などもともと居なかったと言っている。

 他国はルグルスが権威を独り占めするために虐殺したのではないかとさえ疑っている。さすがにそれは大っぴらには言っていないが」



 私はお茶を淹れて木のカップを彼の前に置いた。

 ここまでは物語と設定資料集と完全に一致している。


 さすがに物語の主軸を担う歴史が違うなんてことはないらしい。

 いきなりリッチェが亡くなったりしたことから、パラレルワールドを疑ったりもしたのだけれど、ここは私の知るトラキスタで間違いないということだ。



「ありがとう。

 この人種差別に反発して、多くの亜人達が国を出た。

 帝国は土壌が豊かで広大な大地を領土としているから、国を出ることを恐れて残ったものも多く居る。

 未知の土地を目指して出奔した一団はまず東に流れて、山脈を越え、広がる大地にメルスン共和国を設立した。

 しかし、大きな河に期待したにも関わらず、土地が痩せていて、開墾にはかなりの苦労をしたそうだ」



 ラルクが示す指先には確かにメルスン共和国の真ん中を貫く河がある。



「生活の苦労が帝国への憎悪に拍車をかけたようでな。

 次第に、帝国を激しく敵視する集団と、恨みはあっても争うつもりはない集団とに別れ。

 中立を望む集団は南へと下り、更にそれぞれの部族ごとに分かれたという。しかし未知の大地故に協力し合う盟約は結んでいたようで、それが現在のハインブル興和連邦の原型となった」



 ラルクが示すハインブルは、西に険しい山脈を境にしてモンスター領域が、北西には帝国が、北東にはメルスンが、そして東には半島のマイアがある。



 ラルクはお茶を一口飲んで喉を潤している。

 このお茶はリッチェが好んでいたらしいハーブティだ。

 味覚は同じみたいで私の口にも合う。



「ここで分かれた集団のうちのひとつが東の半島に辿り着いた。

 そこには海岸が存在していた。

 海を見た最初の人類、と言いたいところだが、そもそも魚人族は最初からそこに住んでいたという説と、川に住んでいたものがそこに一緒に流れ着いたという説がある。

 ともかく、この集団は海に面したことで独自の発展を遂げ、現在のマイア港口国となった」



 私はうんうんと頷きながら聞いている。

 ラルクさんは先生になれると思う。



「河の話が出たからついでに。

 代表的な大河は、この、帝国からモンスター領域をぶち抜いて、ハインブルの南方を通り、マイアから海へ抜けるものと。

 メルスンの真ん中を貫いて、ハインブルの東で先の河と合流するものがある。

 俺が隊員達を乗せたのはこの船だ」



 ラルクが示す河は、奇跡に備えて隊員達を逃がしてくれたルートらしいけど、物語においては逆で、勇者達がマイアから帝国へ侵入するのに使われる。



「物流は河を使う水路と、ハインブルのど真ん中を抜く陸路がある。この大街道は、メルスンとマイア、ハインブルと帝国の四国を繋いでいる。

 護衛依頼では通ることもあるだろう。


 話を戻すが、そういう歴史的背景から、帝国とメルスンは仲が悪い。国際協定の場には現れて口をきくことはあっても、両国間には正式な国交もないくらいだ。

 だからこの国にいれば帝国の追っ手は何も出来ない。

 そもそも国際協定では奴隷は禁止されていて、奴隷という身分は存在しないが。

 メルスンは自由と平等を掲げ、差別を憎み、国民選挙による各種族の代表から成る、議会政治であることも大きい」



 私は頷いた。

 物語でも、彼がメルスンでの滞在を選んだ理由だったはずだ。



「そろそろ集中力が切れるだろうから、他国の政治については機会があったら説明する。

 硬貨の数え方だとか物の値段だとかは実地でな。前の買い物の精算はカードでやっちまったし、物価は帝国と違うから」


「うん、ありがとう」


「何か聞きたいことは?」


「えと、ここまでは大丈夫。ありがとう、とても参考になった」


「なら、頼みがある」


「なんなりと!」



 私は座ったまま姿勢を正す。

 ラルクは何故かしばらくじっと私の顔を見つめて。



「その姿とはお別れだ、



 顔に出さないけど、どこか寂しそうに見えた。




■□




 ラルクの頼みは、髪の色を変えることで。

 私は魔法で目の色も変えられると知っていたから、それも変えた。

 実はあの世界樹との邂逅のお陰か、魔法が自由自在に使えるようになっていたのだ。


 髪はピンクゴールド、瞳はローズピンク。ついでに髪をストレートからゆるふわパーマにしてみた。かなり印象が変わる。


 ピンクが大好きなのに、前世は似合わないと思って身に付けられなかった。

 せっかくファンタジー世界でしかも絶世の美女になったのだから、出来なかったことをしたくなって。


 ラルクに確認したところ、ありふれた色ではないけどやたらと人目を引くような異色な色ではないらしい。

 ひと安心。


 窓から沢山、太陽光を採り入れて、明るい部屋でしっかりと色味を調節した。

 一生ものだからね。


 変身魔法は細胞変化の域で幻覚ではなく、生え際から変わっていて、伸びても問題ない。

 ちなみにラルクも身体変化の上位スキルらしくて永続できるそうだ。


 顔を変えるのは永続不可能なので、あえて何もせず、認識低下モブ化で済ませるらしい。

 良かった、このいつまででも拝んでいられる推しのご尊顔を変えるなんてダメ、絶対。


 外に出たいと言ったら、どうせなら街へ行こうと言われ、推しのお誘いを断るなんて勿論出来ず、二つ返事で今に至る。


 二時間ほど辻馬車つじばしゃに揺られて都心にある繁華街へ来た(ちなみにラルクは本気で走れば小一時間、私は飛べば十分程度。今回は初めてなので馬車を使った。わざわざ不便な都市部から離れたここを選んでいるのは、人の気配が周りにあるだけで危険にさらされていると感じてしまう隠密性質が芯まで染み付いているからだ)。


 建物は店舗から各家庭まで赤レンガを基調とし景観が統一されていた。イメージとしては地球のオランダが近い。ちなみに中は木造らしい。小窓には植木が置かれて、可愛らしく彩られている。



「この街は世界の観光名所のうちの一つで、景観を整えるために法が整備されているそうだ」



 道はアンティークなデザインのライトが並び、下はタイル張りで、区画ごとに色が変わる。とびとびに細工画がはめられていてかなり手がかかっているのがうかがわれた。


 歴史だけを聞くと貧しい国を想像するけれど、さすがに三千年を過ぎれば発展するものだ。


 そんなお洒落な街を歩くラルクの姿はどこから見ても完璧な一般人。

 いつもの張り詰めたような迫力と凄みは鳴りを潜め、何処にでもいそうな(見目の良さは別格だけど)好青年に早変わり。


 裾が長めの白いシャツに黒の細身パンツというシンプルな出で立ちで、常に外さない黒革の指抜きグローブさえ外している。こう見えて黒い靴はゴツめの厚底で、実は高ランクのモンスター素材で出来ている上に金属板が仕込まれており、元同僚いわく蹴られるとめちゃくちゃ痛いらしい。


 隣にならぶ私は、ゆるふわな髪をアップにし黒いリボンの髪留めをつけ、モンスター領域にしか居ない、レインブラッジという蝶型モンスターの羽根を使ったスカイブルーのワンピースを着て、ワイバーンの骨と皮で作った黒いパンプスを履いている。


 これはリッチェの私物だ。リッチェの持ち物は殆どがブランド物で、高給をそこに注ぎ込んだのが窺えた。


 蝶と言ってもその影に人がすっぽり埋まるほど大きく、その羽根は薄くとも衣服に充分耐えられるほど丈夫で、近付くとシースルーでとてもセクシー。

 もちろん下に黒いキャミソールワンピースを重ね着している。更にスパッツを履いて飛翔対策もばっちりである。



 何故二人ともそんな格好をしているかというと。

 ヘンリーは冒険者エリアと一般エリアが明確に区切られていて、なんと一般エリアは武装解除しなくてはならないそうで(もっとも分からなければ携帯することはいいらしい)。

 冒険者エリアはタイルの色が濃く、一般エリアは淡色なので一目で分かる。


 今回は普段のお買い物のために一般エリアを案内してくれるからである。




――――――――――

※用語解説:

辻馬車…日本で言うタクシー

乗合のりあい馬車…日本で言うバス

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