勇者パーティの転生魔法使いは、推しの狼のことしか頭にない

チトセラン

序章 始まりは、情熱から

女神の奇跡編

第1話 ヤンデレ部下上等

 いかにもファンタジーと形容できるいくつもの高い塔を持った城の中。真っ白な柱がそこここに立ち、赤い絨毯が敷かれた廊下に佇んだ人達。

 トレードマークの濃い青の鎧を着た勇者と、真っ白な神官服をまとった聖女が、そろって誰かを探すように視線を右へ左へと動かしている。

 その傍らで、尖った耳のエルフと思しき女性の魔法師が、画一的な鎧をまとった騎士らしき人物を捕まえて問いただしていた。



「ねぇ、彼はどこに行ったの?」


「そ、それが…私どもがお声がけをさせていただいた時にはすでに、」


「居なかったってこと!?」


「は、申し訳ございません。扉のすぐそばに待機していたのですが、まさかこのような、」


「あいつにはそのくらい造作もない」



 エルフと騎士のやり取りを耳にした勇者は、顔をしかめた。


 あぁ、ムボゼ。

 貴方ならそう言うわよね、だってラルクのことを絶対的に信頼していたもの。


 私はぼやけていく視界と薄れゆく意識の中で、夢にまで見た動いている彼らの姿に心の中で声をかけた。


 そろそろ、みたいだ。

 アニメ化が公表されて以降、少しでも長く生きて、一目だけでもと思っていたのに。まさかこの初回の冒頭部分だけで、動く彼の姿を見ることもできずに、去ることになろうとは。



「…どうしてなんだ、ラルク。お前が苦しんでいたのは知っていたよ、だけどそれは一緒に背負っていくつもりだったんだ」



 ムボゼの嘆きに私も同意する。


 私も彼の幸せな未来を願っていて、ずっと見守っていくつもりだったの。

 それこそ彼の未来の片鱗が見えるような続編が出るくらい、応援するつもりで―――――――




 私の意識は、そこで途絶えた。




■□




 気が付いたら、真っ白な世界にいた。

 どこまで歩いても何もないように見えて、だけど歩かずにはいられなくて。



 ひたすら、ひたすら歩いていたら。

 いつの間にか、私に背を向けた女性が現れた。

 本当に、突然だ。

 それまで、影も形もなかった。もっとも、この世界には私の影さえなかったけれど。



「…あの」


 声をかけると、彼女の肩が小さく揺れた。

 そうして振り返ったその姿は。


 新雪のように真っ白な肌。

 濃い睫毛に隠れるように伏せられた漆黒の瞳。

 艶々とした鴉の濡れ羽根のような長い黒髪。


 美しい人が好きで耐性のある私でも、一瞬、息を吞む程の美女だった。



『…あなたは?』



 形の良い薄桃色の唇が開かれると、零れるのは涼やかな鈴の音のような声だ。

 しかし、その透き通った声とは不釣り合いに、大きな瞳は濡れて、透明な涙が流れ続けている。


 私は戸惑いながら答える。



「私は、野上理智のがみりちと申します。迷い込んでしまったようなのです。ここはどこでしょうか?」



 彼女は、私の胸元へ視線を落とした。

 そこには、いつの間にか、ついさっきまで観ていたアニメの原作小説、『トラキスタに沈む悪夢』が抱かれていた。

 好きすぎてこんなところまで持ってきてしまったようだ。もっとも、ここが何処かはわかっていない。


 あれ、そう言えば私は、この直前に…



『…事情は分かりました。貴方は、私の救いの光となるかもしれません』


「え?」



 何やら急に重たい様相を見せた話に、私は内心で構えてしまう。

 訳も分からず会ったばかりの知らない人に救世主のような扱いをされれば、誰もが警戒することだろう。



『信じられないかもしれないけれど、私はトラキスタの創世神なのです』


「え?」



 私は思わず胸元の小説を見下ろした。



『えぇ、その世界は実在します。地球の神の尊き御心は計り知れないけれど、今はその慈悲にすがりましょう』


「あの、何をおっしゃっているのかよく…」



 まったく噛み合っていない。というより説明が足りない。

 もちろん、ヲタを自称していた私だ、この展開を読めていないわけではない。けれど、物事には順序というものがあるし、憶測はあくまで憶測にすぎない。



『落ち着いて聞いて下さい。貴方は地球での生を終えました。

 そちらの神からのお許しがあったので、輪廻へ還るか、トラキスタへ転生するかを選べます』


「え。このトラキスタの?」



 私は、胸元に抱える本を見下ろした。

 女神様は頷いた。


 そ、それは。それは、ご褒美。ご褒美でしかない。


 私がドはまりしていた冒険ファンタジー小説、”トラキスタに沈む悪夢”は、勇者が魔王を倒す旅に出る物語だ。

 一見、王道に見えるけれど、少し違う。

 とある大国の皇帝陛下が実は魔族の王で、人類は全くそれを知ることなく、裏側から支配されていたという話なのだ。


 勇者達は女神に選ばれた理由も分からず旅をし、そのさなかで真実を知り。

 傷付き、悲しみ、怒り、けれど最後には魔王を討伐し、人の社会を人の手に取り戻す。そんな話だ。


 そして私の推し、狼人のラルクは、その勇者一行のメンバーの一人。



 あれ、でも、どうして?

 この物語では最後にはちゃんと魔王を倒している。私が転生する意味は?


 もしかして時代が違うとか?


 聞いておいた方がいい気がした。神と人はきっと思考が違う、価値観も違う、確認しておかなければ思わぬ落とし穴に落とされるかもしれない。



「物語を基準とすると、どの時代にどんな立場で転生するんですか?」



 女神様の表情が変わった。けれどそれは複雑でありながら何も表さず、読み取れないものだった。



『同じ時代の勇者一行の一員となります。貴方は勇者達とともに、魔王を倒さねばなりません。

 もう時間がありません、決断がなければ貴方は地球へ帰ります』



 どうやらこれ以上聞くのは無理そうだ。


 私は決心して頷いた。

 ラルクに逢いたかったから。



「トラキスタに、行かせてください」



 女神様は、微笑んだ。




■□




 次に目が覚めた時、知らないはずの天井を私は知っていた。


 けれど頭が酷く重たく痛くて、身体もがちがちに強張っていて、起き上がることはおろか、首を動かすことさえできないでいた。


 背中が妙に盛り上がっているような、異物が挟まっている気がするのに、体重が不自然にかかって痛みを感じている感覚もある。まるで、そう、その異物が私の一部かのように。


 あぁ、これは、もしかして。

 心当たりはあった。

 すると扉が開く音がして、私は痛みと不快感に打ち克ち、ゆっくりと首を動かしてそちらへと目を向けた。



 目が合った、その藍色の瞳が見開かれる。



 それを見て、私はようやく安堵の笑みを漏らした。

 どうやら、無事、の人のもとへ、転生したようだった。

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