第37話 掛け違う思い

 大怪我で熱を出して療養していたのなら、お見舞いは果物かな。

 そう思って、ラルクと二人で過ごした思い出の森に踏み入って、果物を沢山とってきた。ちゃんと食料品店の熊さんに見てもらい、食べられると判断してもらっている。


 彼の部屋をノックすると、返事があって、ラルクと共に中に入った。

 まだ熱があるようで、部屋の中が熱っぽいように思う。


 回復魔法は万能ではなく、熱を下げたり鎮痛するには闇属性が必要なのだそうで。だから殆どの回復魔法師は、そこは薬に頼るそう。

 だから、今回、バルドは結構長い間、痛みと高熱に苦しめられていたことになる。持ってきてあげられてよかった。


 私は断りを入れて窓を開け、風魔法で空気を入れ替えてから閉め、ベッドで休む彼の傍に歩み寄った。


「冒険者のリチです。具合はいかがですか?」

「同じくラルク」

「バルドだ。…ありがとう、まだ熱はあるみたいだが、これでも下がったんだ」


 勧められるまま、椅子を引いて座る。

 私は普通に会話をしながらもバルドを前にして感動を堪えていた。

 だって…女神の戦士に本当に会っちゃってるなんて。


 ずっとせっているから今日はトレードマークの青い作業服は来ていない。上半身には包帯が巻かれていて、鍛え上げられた厚い胸板や肩や腕の筋肉がよく分かる。

 体躯は骨格が大きく、黒い髪と黒い瞳、肌は浅黒い。頭には黒くて丸いふさふさとした耳。彼には尻尾もあるはずだ。


「ヴィスタから全て聞いた。被害者の狐一家はこの村に移住予定だったそうだな。本来は俺達が助けにいかなきゃならねぇもんを…迷惑をかけた。感謝する」

「いいえ」

「薬のことも。お陰で助かった。熱を出したことがあまりなくてな、まともに動けなくて困ってた」


 動けなくてっていうか…四十度も出してたって聞いたから、相当に苦しかったと思うんだけど。こんなコメントになるあたり、さすがバルドだなぁ。

 お告げの前に彼に会うのが怖くなかったわけじゃない。だけど、逃げていたらトックくんが危なかったことを思うと、無事だけでも自分の目で確認しないではいられなくて。


「ふふ」


 彼が私の知っている彼のままで、安心したらなんだか笑ってしまった。


「果物持ってきたんですけど、食べますか?」

「待て、礼がまだ済んでない。この家を綺麗にしてくれたのもあんたたちなんだろう?」

「はい」

「……恩が溢れちまうな、何かしてほしいことはあるか?」

「えと、それだったら、長くなるから、一息つきませんか?」

「やれることがあるんだな? 分かった」


 私は頷いて、バッグからおしぼりと果物ナイフを取り出し、手を拭いてから赤い実の皮を剝き始めた。

 これはドラゴンフルーツによく似ている。実が柔らかいので気を付けないと潰してしまう。


「実は、ヴィスタさんを護ってほしいんです」

「…? どういうことだ?」


 いつの間にかお皿を取りに行ってくれたらしいラルクが戻ってきた。

 彼は座らない、それも自然にそうしているので、警戒が伝わり相手の警戒を引き出すこともない。この辺りは御業みわざというべき。


 バルドにおしぼりを差し出して、お皿に剥いた果物を載せていく。


「はっきりとしたことは分かっていなくて、取り越し苦労に終わるかもしれないので、これはお願いです」

「あぁ」

「元気になったら、十月くらいまで、彼を危険から守ってほしい」


 唐突にこんなことを言われても理解が出来なくて当然だ。困惑を顔に表しながら、彼は果物を手に取って口にする。


「鳥人保護法は知っていますよね?」

「あぁ」

「誰かの陰謀で、彼がしてもいない鳥人虐待の罪を着せられるかもしれないのです」

「は!?」


 バルドは驚いて目をむいた。


「だけど、彼と貴方が警戒していれば、その計画自体がなくなるかもしれません」


 彼は渋面をつくる。


「…これだけ助けてもらった恩人を疑いはしねぇ。けど、意味が分かんねぇ」


 ですよね。私も、もはや小説の通りになるとはあまり思ってない、だけど、手を打たないと思い切ることも出来なくて。


「その人達の目的は貴方です。ヴィスタさんを人質にとって貴方を害する気なんです」

「もっと分かんねぇな、何でだ?」

「…それは、九月に分かると思います」


 女神様のお告げの内容を勝手に先に伝えることは畏れ多くてさすがに出来ない。

 無茶苦茶なことを言っているとは思う。申し訳ない気持ちもある。

 だけど、どうしても、不安で、怖くて。

 小説ではなんとかうまくいった、だけど、その通りになるとは限らない。


 現実はほんの少しのかけ違いで未来は幾通りにも分かれ、どうにでも変わってしまう。私はそのことをこの短期間で嫌というほど思い知ったのだ。


 あとは。

 敵が貴方の唯一の弱点を知ってそこを攻撃してくるのを、物語ではヴィスタさんがなんとか切り抜けたけど、それを言っていいものか、踏ん切りがつかない。


 バルドの超個人情報だからだ。どうして私が知っているのかってことになってしまう。


 私は思わずラルクを見上げる。事前に相談した時に、それはフォローできたらすると言ってくれたから。


 彼は頷いた。


「あんたはいかにも強そうだからこそ、敵は入念に弱みを探って準備してくるだろう。それはあんたには思いつかないことかもしれねぇ、だからヴィスタに相談するといい」

「………分かった、頭を使うのはあいつに頼んでるから、このことは話してみる」


 私達は頷いた。

 さすがラルク、本当に頼りになる。


 出来ることはこれが限界かな。



 一番いいのは、事件そのものを失くしてしまうことだ。そうなるといい。



「それじゃ、長居するのも良くないから、そろそろ行くね」

「あぁ。マールへ戻るのか?」

「ううん、このままメルスンへ行くことにしたの」


 ギルマスと所長とのお話はすでに済んでいる。

 護衛依頼の斡旋は勿論のこと、ランクアップの承認を受けた。


 ただ、実力は充分なものの、実績と歴が足りなくて、ランクアップはCが限界だそう。

 けれど、メルスンのギルドに連絡して、必要な依頼を揃えて、それをこなしたらBランクにするよう手を回すと約束してくれた。


 ちなみにAランクにするには三人以上のギルマスの推薦が必要で、承認は年に一度のギルマス会議を通して行われるそうだ。

 予想はしてたけどまだまだ先になりそう。そう思うと、やっぱり、聖女の傍に居られる護衛が私達にとっても一番安全だなぁ。



 そんなことを思いながら彼とともにバルドの家を出た。

 メルスンへは、トックくんのお父さんが、助け出した護衛の皆さんと共に送ってくれることになっている。



 さ、やっと聖女様とご対面だ!





■■ ※第三者視点





 マールの町に鳥人ネットワーク本社があるのは、ひとえに、鳥人が小柄だから、という理由に尽きる。

 身体の大きな獣人の多いハインブルにおいて、大きな街では、鳥人はちょっとした人混みですぐ潰されてしまう。


 安心して過ごせ、なおかつ、程々に人口があり活気があって、治安が良く、安全なマールを好んで鳥人が集まっているうちに、最も鳥人が多く住む町になった。

 それゆえにこの町には、鳥人専門の病院や大型店舗などが充実している。


 更に言えば、鳥人は情報を武器とする性質から、ハインブルであろうと関係なく噂話が好きである。彼らの誰かに知られれば殆どの鳥人に知れ渡る覚悟が要るといっても過言ではない。

 そうなれば、情報の集中するマールに本社が出来るのはさもありなん、というところ。


 リチは知らなかったが、鳥人の身でありながら想い人(ということになった)のために冒険者をする彼女のことは、マールに住む鳥人達の間であっという間に広まってしまっていて。


 それゆえに彼女が着ていたという帝国貴族御用達ブランドの品々が飛ぶように売れた。『彼女の恋の応援をしよう』から、『彼女の持ち物を着て恋が叶う願いを籠めよう』からの、『身に着けていると恋の願いが叶う』と噂の内容が変化したせいだ。


 そのお陰で以前から子供のために移住を考えていた狐一家の計画が、充分な資金を得たことで、物語よりも遥かに早まったのは、知る人ぞ知る話である。


 知れば彼女は顔から火が出る程に恥ずかしがるだろう。知らぬが仏とはこのこと。



 そして、その噂を耳にして驚いたのはこの人。


 トラキスタの世界観にそぐわない、まるで現代日本と見まごう程に立派なビルディングの最上階に、その青年はいた。


 青年は、窓から入る西日を受けて、それはそれは立派な羽根を広げていた。

 橙色が染み込んだその羽根が、昼日中の光の下ならどれほど美しい純白であるのか、目に浮かぶようである。


 同じく橙色を孕んだ真っ白な髪と、透き通ったルビーのような紅い瞳。

 大層整った、それでいて少し甘い顔立ちで、けれど凛々しく引き締まった口元に賢さが見える。


 まごうことなき美青年。

 恐らく、鳥人の中でも一二を争うだろう美しさだ。


 そして何よりの特徴は。

 リッチェに瓜二つなのである。



 窓に向かう彼の背後には重厚な扉がある。およそ鳥人の力では開きそうにないそれに向かっている者が居た。


 黒縁の眼鏡をかけシンプルな服装に身を包んだ秘書が、騒々しく、いや、にぎやかに働いている各部署の前を素通りして廊下を進んだ先にはエレベーターがあり。

 それに乗って最上階に到達した彼は、その、分厚く大きな扉をノックし声掛けする。


 青年は広げていた羽根を閉じ、デスクに座ると許可を出した。

 秘書が何処かを押しただけで、その扉は勝手に開く。魔導で開閉しているのだ。


 ファンタジーの世界から、この部分だけくりぬき、日本をめ込んだような、いちじるしい違和感。

 鳥人ネットワークが得体のしれない強大な力を持っていると恐れられるゆえんの一つである。



「何か分かった?」

「はい、社長。どうやら件の冒険者はリッチェ様で間違いないようです。

 野盗団の巣で鳴った呼び笛は、貴方様が彼女に贈った唯一のもので。

 かつ、髪の色こそ違いましたが、お顔立ちはリッチェ様だったと報告がありました。気絶していたので瞳の色は確認していませんが、そちらも変えているようですね」


 社長と呼ばれた青年は、思わずと疲労感を滲ませて溜め息を吐いた。


「あの子は…! なんでそんな危ないことするかなぁ。どうして僕を頼らないかなぁ。折角解放されて自由になったのに。どれだけ心配して探したと思ってるんだか」


 他種族の血が混ざった子は羽根があっても飛べないことが多い。子が不憫ゆえに鳥人族では同族で婚姻するのが常識化している。

 そんな風潮の元で、他種族に恋して共に行動するような振る舞いをする鳥人はそうはいない。


 彼女ではないかと慌てて彼が探した時には、リチ達は熊人の森にこもってしまっていたのだから、いかに鳥人ネットワークと言えど、すぐに探し出せなくとも無理はなかった。


「貴方も難儀なんぎな人ですねぇ」


 秘書は台詞とは裏腹に淡々と述べる。


「自分にとって大切なものだけは探せないのだから」


 青年は溜め息を吐く。

 秘書はその場を離れカートを押して戻ってくる。青年のためにお茶を淹れ始めた。

 市井の民は木製食器を日常遣いとしているけれど。この青年は、割れやすい高価な陶器を当たり前のように使う。秘書は陶器のティーセットの扱いにも長けていた。


「…なぁ、リッチェはどうして僕に連絡を寄こさないんだろう」

「ご本人に聞いてみてはいかがです?」

「それさえ返事をもらえなかったらどうしたらいいわけ?」

「何もしないうちからそんなことを言っても仕方ありません」


 秘書が良い香りの立つ紅茶を彼の前に置くと、青年は顔をしかめた。

 彼は紅茶を口にする。

 温かな湯気と鼻を通り抜ける爽快な香りに心が癒される気がした。


 便箋を出し、ペンをとって彼女に手紙を書き始める。



『リッチェへ


 せっかく解放されたっていうのに連絡をくれないなんて随分じゃないか。

 君が何処にいるか分からなくて探したよ。


 さて恨み言はここまでにして、本題だ。

 君は今、一躍有名人になっている。今回の野盗団壊滅の件だけでなくね。悪魔の耳にでも入ったら大変だよ。

 君が望むなら、相手の彼も一緒に僕が守ってあげるから、帰っておいで。


 アレクサーより』


 秘書は苦笑を浮かべる。


「名を出す訳にはいかないからといって、悪魔はないんじゃないです?」

「あんな奴、悪魔で充分じゃないか」

「どちらかというと大魔王って感じですけどねぇ」

「違いない」


 彼は手紙を折り畳むと封筒に入れ。魔導具で封をして秘書に渡した。


「確かにお預かりいたしました。では別件の話をしても?」

「うん、いいよ、どうかした?」


 秘書が封筒を懐にしまう。青年はまた紅茶のカップを手にする。


「このところ、社内の悩み相談室を利用する社員が増えているそうです」

「え。あの実質くだらないおしゃべり部屋になってるあれを?」

、ですね」

「……なんだ、それ」

「小さなことかもしれませんが、能天気が取り柄の我らが種族には不似合いに思いまして。嫌な予感がするんですよ」


 青年は神妙な顔をした。


「…ふうん。そう」


 彼は紅茶を飲み干した。


「分かったよ。担当者をあてがって相談員から聞き取り調査を行ってくれ。個人情報はいいから、悩みの種類とか傾向の統計を出すように」

「承知しました」


 秘書が退室すると、彼は立ち上がり、カーテンを引いた。そろそろ日が暮れる。


「まだ僕が捉えられていない情報があるのかな。興味深いことだ」






―――――――

※次回より、章が変わります



※細かいことが気になる人向け蛇足解説


<物語においてのハインブル編>

 物語では、女神のお告げが降りたことで、悪魔達が戦士の息の根を止めようと動きます。


 査問官の女性を乗っ取った悪魔がヴィスタに冤罪を着せて牢に繋ぎ。その上で彼を堕落させ、手中に収めます。

 悪魔に堕落させられると魂を喰われたり、傀儡とされたり、乗っ取られたりしますが、そこで傀儡と化したヴィスタを使い、悪魔はあの手この手でバルドを倒そうとします。


(バルドは四年もの間、戦闘奴隷としてモンスター領域の前線で戦わされており。

 彼の力を利用しながら彼の力を恐れ、奴隷魔術がかかっているにも関わらず、現場の監督官は彼を弱らせるために飢餓を強いました。


 そのせいで彼の満腹中枢は壊れてしまい、常に空腹の状態で、肉体精神共に苛まれ続けています。


 村に戻ってきてからは、自分の健康を管理するために、食べる時間を決めて、その時に身体の限界まで食べて、獣狩りでカロリーを消費して、あとは飢餓の苦痛に耐える、という生活をしていました。強靭な精神力です。

 でもそのお陰で胃はボロボロです)


 ヴィスタを救出に行くことで、バルドはいつもの時間に食事をとれず、敵にそこを突かれ窮地に陥ってしまうのです。


 ヴィスタがバルドのために役所の回復魔法師と医師に頼んで、特効薬を開発していたので、ピンチを切り抜けられました。


 ちなみにト書きで回復魔法師がちょっとだけ出たというのはこのことで、それはコニーだったというわけです。



<物語においてのこの頃のラルク>

 小説では、本文で軽く、この時期、怪我を癒やすために彼は身を潜めていたと触れていますが、あらゆる背景を鑑みるとハインブルにいたのは明らかです。

 ラルクはメルスンで聖女に会う頃にはBランクになっていました。実力があるとはいえ、ランクアップが早すぎたのは、小説の彼もこの事件で活躍したゆえとみられます。



<ギルマスとの取引>

 ラルクの睨み通り、今回の件はギェルゴールのパイプを潰す足かがりになります。

 亜人を差別する帝国と、自治体同士の連携がないハインブルは非常に動きにくく、二国に渡って彼らに煮え湯を飲まされていたギルドは多いに喜び。これに奮起しています。

(ハインブルで誘拐し、帝国で売っているのは、証明できなかっただけで明らかなのです)


 ですが、ギルド内であまりに話が大きくなると、帝国のギルド本部にまで届いてしまいます。

 Aランクに到達するまで目立ちたくなかったリチ達は、今後その件に関して働く冒険者達に功績を分割して譲渡することで、自分達の活躍を随分と誤魔化してもらいました。

 その代わり、報酬として、ある要求を飲んでもらっています。

 それについては脇役のその後的な、外伝サイドストーリーで書くかもしれません。

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