第36話 紐解かれる物語
「あのダークエルフは悪魔が憑依してた」
「…」
「本人の意識は奥底に押し込められていて、身体を奪われている状態だった」
「だから、本人は悪い人じゃないかもしれない、と?」
私は頷く。
食べ終わった食器を隅に寄せる。
「責任感が強かったり、人に心配や迷惑をかけたくなくて一人で抱え込んじゃったりとか、真面目な人ほど追い込まれやすくて、そういう人ほど悪魔に狙われる」
ラルクは複雑そうな顔をした。理屈では理解できても、心情的に受け入れがたいというところかな。
あのダークエルフには随分と酷いことを言われて、怒っていないわけがないと思うから。
あの悪魔に対して怒ってるのは私も同じ。ラルクがどれほど傷付いたか、ただ黙って聞かなくてはならなかったのが本当に悔しかった。
「だけど、一度憑依すると、身体が死ぬまで出られないの」
「…逃げ出すために身体を殺した、と?」
「うん」
ラルクの眉間の皺が深くなる。
分かるよ、私だって怒ってる。
勝手に人の身体を奪って人生を滅茶苦茶にしておいて、用済みになったら殺して捨てるなんて。
許せないよ。
私は思わずラルクの手を取って、両手で包む。顔が見られなくて俯いてしまう。
これから言うことで、手を離されるのも、苦しめるのも、怖かった。
「…あのね、わたし、」
「あぁ」
「わたし、悪魔を、倒さなくちゃ」
「……それが、女神との約束か?」
「大体、そう」
「大体?」
「知っていることが沢山ありすぎて、でも話せないこともあって、私自身、上手に話せないの」
ラルクは聡明で勘がいい。
幹部の
考えていると。
ラルクが私の手をそっと解く。
ぎゅう、と胸が痛くなると同時に、彼が私の頭に手をぽんと置いた。
不思議。落ち着く。
「…質問するのはいいのか?」
優しい声が私の緊張を解いてくれる。
「うん、話せることは頑張って答える」
「その約束に、俺は役に立つのか?」
「うん、ラルクが居ないのは怖いよ。私一人じゃ何も出来ないよ」
「なら良かった。だけど逃げられちまったよな? どうやって倒すんだ」
「倒せる人を仲間にするの」
ラルクは手を降ろした。私は彼の顔を見た。
久々の黒曜の瞳から放たれる真っ直ぐな視線の威力は半端ない。
「…それは、こいつか?」
彼は、置いてあった新聞を私の膝の上に移した。
きっと見せようと思っていたんだと思う。
私はそこに目を向けた。
『聖女様、ご誕生』
一面に大々的に報じられたそれ。
物語が動き始める。
私にはそう感じられた。
創世の女神より神託を受け、聖女が誕生した。
あの荘厳な光は女神の奇跡であったと漸く新聞に載った。やっとあれをそう称することが出来る。
奇跡は魔族を消し去った。聖女は同じ属性の力を持っていて、それは世界で唯一の神聖力であると教会は主張している(実際は覚醒した勇者も悪魔を倒せるのだけれど、それを知っているのは私だけ)。
「実はな、ちょっと混乱している。整理していいか?」
「え? うん」
(※トラキスタにおいての悪魔の認識の話になります、飛ばし可)
「世間とお前の認識の差異についてだ。
魔族は滅多に遭遇するものではなく、レアな存在だ。そして、今までは、決定的な打つ手はなかった」
ラルクが説明してくれた。
世の人々が認識している魔族とは、実体を持たない粘液状の見た目をしていて。
人の負の感情を集めて固めたようなそれは、まとわりつかれて体内に入れば正気を失い。理性がはじけ飛び負の感情を増幅され。
酷い時は、身体が健康でも気がふれて、最後には、心が死ぬ。
そうなってしまった者を助けられる手段はなかった、これまでは。付き添った者が懸命に看護して快復したケースもあるが、それは非常に稀で、大概はその者まで病んでしまい、多くの不幸を生み出していた。
魔族には、物理攻撃の一切が通用せず。魔法ならかろうじて通用するものの、効果は減少するため、高火力の魔法か、もしくは、
魔族に遭遇してしまったら、とにかく逃げろ。
トラキスタの民はそう教わり、そう教えてきたのだ。
「魔族には知能がない、当然会話も成立しない。前触れなく突如現れ、ただ襲ってくる、恐怖の存在だ。
だから、魔族の上位存在だという、知能を持った悪魔なんてのも居るらしい、なんて噂がどこからともなく出たこともあったが、誰も本気にしなかった。
見間違ったんじゃないかとか、苦痛や恐怖の余り幻覚を見たんじゃないかとか言われるような、眉唾ものなんだよ」
レアだと思われているのは、きっと
魔族は本当はいつでもどこにでも居る。
※
うわぁ…想像以上だ。ファンタジー世界だから油断してた。
現代日本で悪魔を語るのと同レベルだったなんて。
あたおか案件じゃないっ
恥ずかしいいいいいいいい
シリアスな雰囲気だったのに、実はラルクは内心で(こいつまた何言ってんだ?)モードだったらどうしよう。
「あんなに真剣に悪魔を語る前に止めてくれても良かったと思うのーーーーー」
「止められる空気だったと思うか?」
「無理だね? 無理だったよね!?」
恥ずかしさの余り、私は顔を押さえて布団に突っ伏した。羽根で自分を隠す。
リッチェったら柔らかいのね、前世だったらこんなに前屈出来ないな、と現実逃避。
ラルクは私の後頭部をぽむぽむと撫でる。
「今回の功績による信用があれば、ギルドから護衛依頼を
腕の立つ者はみんな帝国に居て、教会はまだ人員を確保できていないだろうからな。
女神との約束を果たすために、会わなくてはならない者がいる、ってのに漸く繋がった」
「うん…」
私の羞恥をなんとかしようとしてくれるらしい、話を逸らしてくれる気遣いにきゅんとくる。こういうところも推しなの。
「聖女が受けた神託ってのは何だか分かるか?」
「…それは分からない」
物語では、聖女は奇跡の光を浴びたことによって覚醒して。それを教会が、神託を受けたことにしちゃったから…。
でも現実は、女神様が私を地上に送ってくれたことから、本当に聖女に神託を授けた可能性もある。
漸く顔と耳から熱が引いてきた。
はぁ、恥ずかしかった。
ラルクはきっと私を信じようとしてくれている。
けれどまだ半信半疑だと思う。あとは成り行きに任せよう。
■■
「会ってくれてありがとう。話しても誰も信じないだろうから、君達にだけ話そうと思ってね」
まだ冒険者ギルド一行が着いていないので、空き家を牢がわりにしているそう。熊人達に見張りと警備の協力をお願いしている。
ダークエルフは拘束されたまま椅子に座り、距離を取って私と対面していた。
「改めてお詫びする。酷いことを言って本当に申し訳なかった」
何かあればすぐ動けるように、ラルクは私の傍に立ってくれている。
ここには村長の熊さんを含め四人いた。
頭を下げる様子を見ても、ラルクはじっと相手を観察するかのように見ていた。無理もない。
「許されないのは仕方がない、けれどこれだけはどうしても伝えなくてはいけない」
男は神妙な顔をした。
「私は悪魔に憑依されていたんだ」
沈黙が下りる。
「…驚かないのかね?」
「回りくどいのは本人でも同じようだな。簡潔明瞭にしてもらおうか」
「…なんと。まさか私が驚くことになるとは。ならば話は早い。
憑依されていた間の悪魔の記憶はあるんだ、私の意識はなかったから
奴はまだ存在している。お嬢さんはまた狙われるかもしれない。彼らにとっては君の魂は光り輝いて見える。それはもう理性を飛ばされそうになるほどの極上のものだよ」
そう言えば悪魔が言ってたな、あの時はいっぱいいっぱいだったから流しちゃったけど。
生まれたてって言ってたから転生のせいかも? 世知辛い世の中を経験した前世アラサーの私がそんなに純粋なわけはないもの。
あとは女神様との
「悪魔の食糧は人の魂なのだ」
「…なんだと?」
「あぁ、私に怒らないでくれたまえよ、恐ろしくて寿命が縮む」
向けられていない私もちょっと怖いくらいの殺気だった。
「一つ、質問です」
「何かねお嬢さん?」
「その悪魔は上司を持っていましたか?」
「上司? あぁ…」
ダークエルフは思い出すように宙に視線を這わせた。
「遥か上位に位置する存在は居たようだよ。ただ普段は関わりがないから記憶としては殆ど残っていないね。
彼らは人と違って組織だって動くことはないけれど、圧倒的に強い相手には服従する傾向はあるようだ」
「そうですか、分かりました」
幹部は三千年も昔に魔王自ら生み出したものだから、やっぱり特別なんだ。普通はそうそう魔王に会えるものではないみたい。
良かった、だとすればただちに私達のことが伝わるわけじゃない。
「俺からも質問だ」
「なんだね?」
「魂が食糧なら何故お前は無事なんだ?」
「魂を喰ってしまうと肉体は長くもたないらしい。例え代わりに悪魔が入っていてもだよ。だから憑依するには喰ってはいけないのだ」
「喰うことに他に制限は?」
「あぁ…悪魔の能力について知りたいのかな? どうやって喰うのか、防ぐにはどうするのか、そんなところか。
すまないが具体的なことは殆ど覚えていないのだ。
確かなことは、連中はあらゆる手を使い人を追い詰めることで相手を手中に収めるということ。
傷付くことを読み取るのに長け、息を吸うように嘘をつく。私に分かるのはそのくらいだね」
沈黙。
きっとラルクは得た情報を整理している。
ダークエルフは深い溜め息を吐いた。
「すまないがそろそろ限界のようだ。こう見えても私は、一度死んで息を吹き返した身でね。少し休ませてもらうよ」
肌色のお陰で分かりにくかったけれど、言われてみれば確かに顔色が悪いように見える。
村長さんが頷いたので、私達は家の外に出た。
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