第31話 内と外の顔

 女盗賊は露骨な溜め息を吐いた。


『嘘を吐くならもっとマシなもんにしな。狐人は口が達者なはずだけどねぇ』


 それだけ言い捨てると、興味がなくなったのか、立ち去ろうとする足音がする。


『待ってください、嘘じゃありません。この子にとって熊人の村の環境はいいと思ったからです』

『はぁ? どのあたりが? 熊人ほど扱いにくい種族もなかろうに』

『そんなことありません』


 あれ、熊ってそんなイメージなの? ハインブルでさえ? 確かにちょっと独特なところあるけど、私はバルドのお陰かいいイメージしかない。


『熊人はありとあらゆるものに寛容で鷹揚に受け入れると聞いています』

『嘘が嫌いで頭が固くて融通が利かないし、鷹揚に見えるのは考えることを放棄したただの脳筋だし、社会適応性皆無じゃないか』


 む。いいところを悪く言えばいくらだって悪く言えるけど、そこは彼らのいいところなのに。大体、野盗が社会適応性を説くなって話よ。彼らはまっとうに働いてまっとうに生活してますけど?


『彼らならば、少し変わっているこの子のことも、受け入れてくれると思ったんです』

『変わってる?』


 物語においても彼らが熊人の村を選んだ理由に違いない。


『この子は人が怖くて友達の輪に入れないのです…』


 トック少年は人を怖がり、殆どまともに口を利かない。そして友達と遊ぶことに興味がなくて、虫ばかり観察している。熊人は、変わり者はドワーフで慣れているし、そもそも彼らは特異な個性を弾くことなく、ただありのまま受け入れる種族特性。

 あの村なら人口も少なく、お店をするにも顧客はすぐ顔なじみになる。

 トック君の将来を考えて両親は最適と判断したのだった。

 でも、相変わらずその機が何故早まったのか、は分からない。



『なんだ』


 情の欠片も感じられない声が放たれる。


『欠陥品か。だったらこのまま勝手に死んでくれればいい。逆にお前達に風邪をうつされちゃ困る、牢を替えるよ』




 なんですって?





 私は怒りで目の前が真っ赤になるのを感じた。






「わっ」


 気が付いたら。


「え?」

「え」

「…おねぃ、さん…」

「あんた……勝手に人の命の価値を決めてんじゃないわよ!」


 あったまきちゃって。


「なんなのよ! この子の代わりは何処にも居ないのよ。世界でたった一人しか居ないのよ! 親に向かってなんてこと言うのよ!!」


 緑魔法のつるでがんじがらめにした相手の胸倉を掴んでいた。


「…やると思った」


 はっとすると、背後に静かに降り立つ音がして。

 恐る恐る振り返ると、相も変わらず表情に変化のないラルク様が。


「あ、えぇとこれは、その」

「分かってる、お前があれを見過ごすはずがない」


 ラルクは懐からナイフを取り出し、女盗賊の頸動脈にぴたりと当てた。


「攫った人数と居場所、薬の場所、それと仲間の人数と構成を吐け。余計なことをした瞬間にお前の首を切る」


 私は安心して力が抜け、無意識に口も塞いでいたらしい蔓を少し動かした。


「…なんなん、ぐ」

「聞いたことにだけ答えろ」

「全部で十五人、牢はあと三つ、薬は宝物庫だ」


 横顔からも分かる、ラルクの瞳は澄んでいる。真っ直ぐに女の目を、心を見透かしている。添えたナイフに力が籠められる。皮膚が薄く切れて血が流れだす。


「本当の事を言え」

「殺したければ殺せばいい、どのみちボスは裏切り者は許さない」

「俺に殺される方がマシだと?」

「はん、どうだかね」


 あぁ…馬鹿だな。とはいってもラルクを知らないのだから無理もない。



※(拷問シーンがあります、流血とグロが苦手な人は※まで飛ばしましょう)








「そうか、なら、お前の顔を剥いで変装するか」

「え」


 女の顔が引きつる。


「皮を剥ぐのは得意でね。声も仕草も模倣コピーにゃ自信あるんだよ」


 ラルクは、完璧に女の声を模倣した。


「どうする?」


 今度は冷酷な男の声。瞳が金色に変わっていく。ナイフは答えを待たずに首の皮を切り始めた。


「待ってくれ、全部言うから、勘弁してくれ」


 ラルクのナイフは待たない。ぶちぶちと皮膚の切れる音がして毛細血管から大量に血が溢れだし、首を伝って女の衣服に染み込んでいく。


「人質は全部で三十一、子供はその子だけ、牢は全部で二十、待って、待ってくれなきゃ説明できな、ぎゃ」


 悲鳴を上げそうになった口を手でふさぐ。

 これでは吐けないとばかりに女の目が恐怖に染まる。


 ラルクは女の目を覗き込んだ。


「―――次はない」


 女は幾度も頷いた。


 普段のラルクがあまりに優しすぎて忘れちゃうけど、彼は飼っている皇后でさえ内心では恐れていたと言われる、歴代最強の隠密だ。







 私は残酷な光景を見せないために二人にシークレットをかけ、野盗から奪った鍵で錠を開け、彼らを牢から出して浄化した。


 トックくんの汗は拭いてもなかなか引かない、こんな劣悪な環境じゃ無理もない。ひとまず水分だけでも摂らせた。


 ラルクの拷問が終わったので、私は意識を失った女の止血をし、血まみれになった衣服を浄化して、見張り用の椅子に座らせ、後ろ手に縛る。

 手足とも椅子にきつく縛り付けるけれど、大きめのマントをかければ一見それと分からない。ただ居眠りしているように見えるようにした。


「リチはこの三人を安全な場所に避難させてくれ。俺は薬を先に取ってくる」

「でも、」

「手分けした方が早い。避難させたらここに戻ってこい、ただし敵が居たら降りてくるなよ」

「うん、分かった」

 

 ここは素直に従おう。さっきやらかしちゃったし…。


「おい、遅いぞ、何ちんたらやってんだよ」


 仲間がやってくる気配がし、私は早々に天井にまた穴を開ける。土を一気に盛り上げてエレベーターのように狐一家を運び、唖然としている彼らを尻目に全てを元通りにする。

 ラルクは瞬時にインビジブルを発動して、見えなくなったけど、野盗達の背後をすり抜けて牢の間を出ただろうと思う。


「…なんだ寝てんのかよ」

「やっぱり仮病だったのか、元気じゃねぇか」


 女の姿と、私が作っておいた牢の中の三人の幻影を見て、彼らは異変に気付かず戻っていく。幻のトックくんは穏やかに寝息を立てており、両親も寄り添って眠っている。暫くはこれで誤魔化しが効くはずだ。





■■ ※第三者視点





 ここは、ジスター帝国皇城。円卓会議室。

 第百五代皇帝ファルム=ドグ=ジスターは、豪奢な衣装に身を包み、頰杖を着いて幹部達を眺めていた。

 整った顔立ちは、皇室が誇る職人達が粋を集めた装束を身に着けてもなお、それを引き立て役とする。


 紫苑の瞳を向けられる幹部達はというと。全員、何処かぼんやりとした風情で、しきりに目を開けたり閉じたりする者や、覚醒する気もなく机に突っ伏している者も居る。


「お前らやっと起きたのか」

「申し訳ありません、陛下。女神にしてやられました」


 しなやかな筋肉のボディラインが黒いスーツの上からも浮き上がる、橙褐色とうかっしょくの豊かな髪をざっくばらんに流した獅子人の女が、畏まって答えた。


「えーひとまずようやっとお目覚めの皆さんを集めたのは、陛下より拝命した件についての報告にて、現状把握をしてもらおうという魂胆でありますー」


 全身を真っ黒なスーツでまとめた虎人の女が立ち上がり、耳と尻尾を動かしながら声を掛ける。


「お手元の資料をご覧くださいー。陛下よりここに記された鳥人の娘を探すよう、仰せつかっております。結論から言ってまだ見つかっておりませんがー興味深い情報を得ておりますー」


 獅子人の女は長い脚を組み替え、話を聞きながら資料をめくる。

 一目で近衛騎士のものと分かる、重厚な鎧を着こんだ身体の大きな人間の男は、卓に突っ伏したまま動かない。寝息を立てている様子はないが落ちる寸前といったところだろう。


 御前でそんな振る舞いが泰然自若たいぜんじじゃくと見過ごされているところからして、この集まりは非公式のもののようだ。


「調査した結果、この鳥は、この資料の狼と共に逃亡した線が濃厚でありますー」


 皇帝は、漸くと資料を手に取り眺め。興味を示したのか口を開いた。


「……このつら、見覚えがあるような」

「自分の物くらい覚えておいてくださいよー」

「俺のもの………?」


 そう言われて、皇帝は漸く真面目に思い出し始める。そして何かが降りてきたようで表情を変えた。しかしそれはむしろ真剣さを失うもので。


「あぁ。思い出した。ラルカードだ」

「はい正解ですーー」

「ラルカード? 随分といい男じゃないか。こんな顔なら私は一目見たら忘れないけどねぇ」


 獅子人の女は資料をじっと見つめている。


「十三部隊の前隊長ですねぇ。歴代最強であり最高の腕を持つ暗殺者アサシンでしたよー。まぁ陛下のご興味はこの通りですけどねぇ」

「十三部隊の隊長くらい顔を覚えてやってくださいよ陛下…奴隷魔術をかけるくらいなんだから、最初は気に入ってたんでしょう?」

「覚えてたから、思い出したんじゃねぇか」

「んな屁理屈な」


 獅子人の女は、諦めた風情で資料をめくる。

 それよりも、と、ゴーシュは、もう全ての興味を失くしたらしい皇帝の顔を見やる。紫苑の瞳はもう資料を見ていない。


「陛下ー。お探しの鳥は、この男の部下だったんですよー?」

「こいつは冷酷無比で、ただ非情に粛々と任務を遂行する男だ。勝手に宛がわれただけの部下を、わざわざ危険を冒して逃がしてやるとは思えん」


 資料は皇帝の手を離れ、ひらりと卓に落ちた。滑り落ちそうになったそれを、ゴーシュは慌てて押さえる。


「陛下ぁ、思い出してくださいー。この男が私と鳥の接触を邪魔したのですよー」


 そう言われると、皇帝はそれまでやる気をなくしてだらしなくしていた身を起こした。


「…そうだったか?」


 漸く、紫苑の瞳が意思を見せる。ゴーシュは安堵した。


 全く、あれほどクソ女神が好き勝手をしたというのに、不快を示すだけで、憤怒ふんぬが見えぬ。

 我らが魔王様は、もう長いこと怠惰たいだバージョンで、他を示してくれないのが。ゴーシュには少し物足りなかった。


「改めまして。陛下が興味をお示しになった元隊員はリッチェと言います。

 これは一度任務に失敗し、死亡し、遺体を回収したということで、ラルカードより報告がありました」

「そうだったな」


 皇帝は軽く頷く。

 皇帝の変化を受けて、巨躯の男が漸くと身体を起こした。怒りを買うと大層な任務を投げられかねないからである。


「いつも通り、陛下はさしてお気になさいませんでした。ところが、です。唐突に、陛下が、諜報隊員の宿舎からクソ女神の臭いがすると、おっしゃいました」

「あぁ……皇城の自室に居てさえ強く臭った。あんなのはもう長らく嗅いじゃいない。そう、かつてのルグルス以降、一度も」


 魔王の口角が僅かに上がる。ゴーシュは腰が抜けそうになって慌てて椅子に腰を降ろした。立っていられる気がしない。

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