第34話 その言葉だけで十分だよ
「もう、私ダメなのかな…」
何もできなかった自分に、情けない自分に涙が溢れてきた。だんだん周りが見えなくなってくる。人混みに押され、今自分がどこにいるのかさえ分からない。
「私って何のためにここにいるんだっけ…」
そんなことすら考えてしまう。蓮お兄さんにお礼を、ただありがとうって伝えるためだけにここにいるのに…
蓮お兄さんに逆にいろんなことしてもらってばっかり…
おばあさんにはあんなこと言われたけどやっぱり違うんじゃないのかな…
もう後ろめたいことしか頭に浮かんでこない。
それともしかしたら蓮お兄さんが助けてくれるかもしれないとほんの少し考えた。
「こんな時蓮お兄さんが私の手を引っ張ってくれたら…」
蓮お兄さんの笑ってる顔を思い出してしまう。
私に最後の望みを託してくれたお母さんとお父さんの顔を思い出してしまう。
「このままどこかへ行ってしまおう…」
人混みに流されてそのままここからいなくなってしまおうと考えた。人混みを掻き分けるのに体力を使ってしまいもう体はへとへと。まだ完治しきってないこんな体で無理するんじゃなかった。
「あぁ、もう全部どうでもいいや…」
私にできることは何もない。ただ迷惑をかけただけ…
「…ちゃん!…ずちゃん!!」
自暴自棄になったせいか妄想が幻聴にまで聞こえてきた。
「なんで、まだ蓮お兄さんのことを…」
泣きながら笑うしかなかった。助けてくれるかもって思ってる情けない自分に、やっぱり蓮お兄さんのこと大好きなんだなって事に。
「柚子ちゃん!!やっと見つけた!!」
と声が聞こえた時力強く私の腕を握られた。
「え…蓮お兄さん…?」
私の腕を握ったのは息を上げて、顔が真っ青になってる蓮お兄さんだった。
「よかった!人が多くなってきたからもしかしたらって思って…」
蓮お兄さんの声を聞いた瞬間、一気に力が抜けた。
「大丈夫?ケガとかしてない?」
「うぅぅ…蓮お兄さんっ!!」
こういう時に助けてくれるのは蓮お兄さん。蓮お兄さんはやっぱりヒーローなんだなって。
安心と恐怖でその場で蓮お兄さんに抱きついて周りを気にせずに大声で泣いてしまった。
「ごめんね、やっぱり家から一緒に行くべきだったよね。」
蓮お兄さんは申し訳なさそうに謝り私の頭を優しく撫でてくれた。
その優しさにただただ今は泣くことしか出来なかった。
「もう大丈夫?」
「だいじょう…ぶ…」
鼻を啜って、ハンカチで涙を拭きながら蓮お兄さんの問いかけに答える。
あのあと人混みの少ないところへ行き、ベンチみたいなところで座って休憩しているところ。
「こんなに人多くなるって思わなくってさ。連絡手段もないのにごめんね。」
「大丈夫だよ、蓮お兄さん。」
少し鼻声になりながら答えた。すると蓮お兄さんが私の顔を見て笑いを堪えてるように見えた。
「どうしたの?何かついてる?」
「違うんだ…前と顔一緒だなって…」
必死に笑いを堪えてる。そんなに私の顔今面白いのかな?あんまり見られたくないけど。それと前と一緒って?
「前と一緒って何?」
「ほら、柚子ちゃん泣くと鼻が真っ赤になるじゃん。笑っちゃいけないって思ってるんだけど…ごめん…」
「あっ!!」
気づいた時にはもう遅かった。
蓮お兄さんは私の顔を見て吹き出すように笑っていた。
「もうっ!今そんなこと言わなくてもいいじゃん!蓮お兄さんのバカっ!」
「だからごめんって!」
蓮お兄さんは笑いを堪えきれず笑っている。私は蓮お兄さんの肩をポカポカ殴りながらめちゃくちゃ恥ずかしかった。
ひと段落ついたところで、
「もうこんな時間か…」
蓮お兄さんはスマホを取り出して画面を見てそういう。
もうすでに年は明けており、0:30分になるところだった。
「ごめんなさい、私のせいで初詣らしいこともできなくって…私のわがままなのに…」
「大丈夫だよ。初詣って年明けすぐにやらなくても初詣になるでしょ?俺は全く気にしてないから大丈夫だよ。」
「うん…」
確かに0時ちょうどにこうすることが初詣じゃないけど、ちょっと特別な日にしたかったから少し残念。でも、蓮お兄さんが言う通り今からでも全然初詣になるけれど。
「やっぱり、連絡手段は欲しいよね。」
さっきのことがあったからか急に蓮お兄さんはそう言った。
「そうだね、私もあったほうがいいと思うけど…」
「よし、決めた。今度携帯一緒に買いに行こう!」
「えっ!いいよ、そこまで蓮お兄さんに迷惑かけれない!」
あったほうがとても便利だけど、また蓮お兄さんの負担を増やしてしまう。今でも充分なくらいなのにこれ以上は迷惑をかけれない。
「本当に大丈夫だから!ねっ!もう無理して外出したいって言わないから!」
必死に拒否した。もうこれ以上は本当に…
「うーん、これからのこと考えると絶対必要になると思うんだよ…」
「これから?」
「うん、もうすぐリハビリとか始まるでしょ?家から離れる時は連絡してほしいし。それに俺が急に帰り遅くなる時に絶対連絡あったほうがいいと思うんだよ。」
「確かにそうだけど…」
「よしっ!決まり!また時間見つけて買いに行こうか!」
また蓮お兄さんにゴリ押しされちゃった。でも、
「もう今回だけだから!もう贅沢はしない!」
「そんなに気にしなくていいって言ってるのに…」
「こんなにいいことされたら気にしたくなくても気にしちゃうの!あとは私が蓮お兄さんを喜ばせるように頑張るの!」
そう、私は蓮お兄さんにちゃんとお礼を言うためにここにいるんだから。いつまでも甘えてられない。今はまだありがとうって返せないかもしれないけど絶対に伝えるんだから。お母さんのためにも。
「じゃあ、楽しみにしてるね。」
「うん!」
できるだけ早く蓮お兄さんにお礼を。でもなるべく長く一緒にいられるように。
私はお参りする場所でもないのに心の中でそう願った。
「見つけた時泣いててびっくりしたなぁ…」
「もう泣いてないもん!」
「そっか。」
「どうしたの?」
蓮お兄さんは少し複雑そうな顔だった。
「柚子ちゃん探してる時少し嫌な気がしてね。時間になっても待ち合わせ場所に来なくて周り見渡してもいなかった時、柚子ちゃんが遠くに行っちゃう気がしたんだよね。」
「私が?」
「うん、このまま見つけれない気がしたんだ…」
そう感じて顔を真っ青にして私を探してくれてた事にすごく嬉しくなった。なんかしんみりした空気になっちゃったからここはあえて前向きに
「でも、蓮お兄さんは私を見つけてくれた!すっごく嬉しかった!」
蓮お兄さんにニコッて笑ってみせた。
「俺も柚子ちゃんをちゃんと見つけれてよかったよ。」
蓮お兄さんは安心したような顔をしてそう言った。
「また私がいなくなった時探してくれる?」
「何言ってるの。当たり前でしょ。ていうか勝手にいなくならないで。」
「ふふっ。蓮お兄さん心配性〜!」
「うるさい!いなくなったら誰でもそう思うでしょ!」
また探してくれるって言ってくれてとても嬉しかった。
できることなら蓮お兄さんとずっと一緒にいたい。でもそれは絶対に叶わないこと。少し考えればすぐ分かる。今日の出来事で思ったけど、やっぱりお別れはちゃんと面と向かって言わなきゃ行けないと思った。
いつになるか分からないけれど。
周りを見るとまだ人はいるけれど、さっきよりかは減っていた。
「ねぇ、蓮お兄さん。初詣の続きしよ!」
「そうだね、人も減ってきたし。」
今日は初詣をしに来たんだから、いつまでも座ってるなんてもったいないと思った。
それにもう安心だから。
私と蓮お兄さん、お賽銭を持ってお賽銭箱の前に立った。
「いっぱいお願い事あるからどれにしようか迷うなぁ〜。」
「そんなにたくさんあるの?」
「ここにくるまでは1つに絞ってたんだけど、今たくさん思いついちゃった!」
「そうなんだ。でもたくさんだと神様は叶えきれないんじゃない?」
「そうだね、だから…!」
思いついたのは私と蓮お兄さん2人が健康でいられますようにとか、たくさん嬉しい出来事がありますようにとかだけど、やっぱり私がやらなきゃいけないこと、絶対に伝えなきゃいけないこと、
(蓮お兄さんにちゃんとあの時助けてくれてありがとうって家族の分まで伝えられますように…!)
お賽銭箱に5円玉を入れて強く強くそう願った。
ゆっくり目を開けて蓮お兄さんの方を見ると
「もういい?」
と優しく声をかけられた。
「うん!」
「結構長い時間手合わせてたからどうしたらいいか分かんなくてさ、柚子ちゃんの顔ずっと見てた。」
「そんなに長かった?ごめんね。」
「いいんだよ。今日の目的はこれだしね。柚子ちゃんの思う存分やってくれればいいよ。」
「たくさんお願いしようかなって思ったけど、1番叶えて欲しいことお願いした!」
「そっか、じゃあ行こうか。」
どうか叶ってくれますようにとその場を離れるまでずっと祈った。
ふと、近くを見ると絵馬が売っていた。
「ねぇ、蓮お兄さん!書いていこうよ!」
「そうだね、書いていこうか。」
絵馬を2つ買って、さっそく絵馬に書き始めた。
「よし!私はこれでいいかな。」
「俺も書けたよ。」
それぞれ別の場所へ絵馬を結びに行った。
「柚子ちゃんなんて書いたの?」
「言わな〜い!」
「これも言ってくれないのか。」
「ふふっ、蓮お兄さんには内緒!」
「意地悪だなぁ…」
私が絵馬に書いたのは、
“大切なあの人にありがとうって言えますように”
お参りでもそう願ったし、絵馬にも書いたからちゃんと叶ってくれるといいな。
お参りと絵馬を書き終えて、今日は初詣って感じがしてすごく楽しかった。蓮お兄さんもそう思ってくれてたらいいな。
もういい時間だったから蓮お兄さんの家に帰ろうとしていた。その途中、
「ちょっとトイレ行ってきてもいい?」
「うん、いいよ。ここで待ってるね。」
私は待たせてはいけないと思い、足早にトイレへ向かった。
できるだけ早く用を済まして、蓮お兄さんのところへ向かう途中、
「やっぱり痛いな…」
久々に下駄なんか履いたから下駄の緒で足の親指と人差し指の間が皮捲れちゃったし、今になって体中が痛くなった。
「ちょっと座って休憩しないと…」
幸い近くにベンチがあったからそこで座って休むことにした。
座ってもまだ痛みが続いてて、
「どうしよう…また蓮お兄さん困らせちゃう…」
すぐ戻ってくるつもりだったから居場所なんて伝えてないし、こういう時やっぱり携帯があった方がいいと思った。
「お願い…早く痛み引いて…!」
そう願うしかなかった。
どれくらい待っただろうか、柚子ちゃんがトイレ行ってからもう数十分経っている。
「女の子はこれくらいなのかな?」
女性のトイレは長いってよく聞くからもう少しだけこの場で待ってみる。
それから10分後…
やはりまだ帰ってこない。
「どうしたんだろう?大丈夫かな?」
最近は柚子ちゃんに少しでも違和感を感じたら心配になってしまう。これが俗に言う親の気持ちってやつか?
「たしか、あっちの方向へ行ったよな…」
柚子ちゃんが向かった方向へ目線を向ける。
心配で近くまで探しにきたということには少し恥ずかしいが、ここまで遅いと探さないわけにはいかない。
「誘拐とかあってなければいいんだけれど…」
それはさすがに考えすぎかと思いながら歩いた。
少し歩くと遠くにトイレらしきものが見えた。人気はあまりなさそうだったが、トイレの方向へ歩いていくとベンチに座って足を見て痛そうな顔をしてる柚子ちゃんを見つけた。
「柚子ちゃん!どうしたの!?」
「あっ、蓮お兄さん…ごめんね、ちょっと足の皮捲れちゃったみたいで、痛くて歩けなかったんだ…」
俺は足早に柚子ちゃんに近づいて柚子ちゃんが言う足を見た。下駄の緒で擦り切れていて今にも痛々しかった。これでは普段通りに歩けるわけがない。
「ごめんね、気づいてあげれなくって…」
少しでも変化に気づければと柚子ちゃんには申し訳なかった。
「私は大丈夫だよ!無理した私が悪いんだから…私の方こそ迷惑かけちゃってごめんなさい。」
「柚子ちゃんが謝らないでよ。でも柚子ちゃん何もなくてよかったよ。」
「また心配してくれたの?」
「まぁね、帰ってくるの遅かったから…」
「やっぱり蓮お兄さん心配性〜!」
「…うるさいなぁ…」
また柚子ちゃんに笑われながらからかわれた。
そんなに笑うもんなのかな?俺ってそんなに心配性なのかな?
「にしても、どうしようかなこっから…」
今のこの状況では柚子ちゃんは移動することはできない。車を持ってこれる場所でもないし、俺がいない間柚子ちゃんに何かあってもごめんだ。
「…もうこれしかないよな…」
とつぶやいて柚子ちゃんの顔を見ると柚子ちゃんはキョトンとした顔をしていた。
俺は柚子ちゃんの前に後ろ向きでしゃがんで
「ほら、乗って。」
「乗ってっておんぶして帰るの!?」
「それしか方法ないならさ。」
「だ、大丈夫だよ!もう少し休んだら治るから!ほら!もう痛く無くなってきた!」
と言って立ち上がろうとするが、まだ痛むのか顔は歪ませていた。
「ほらまだ痛そうじゃん。そんなんじゃいつになっても帰れないでしょ?」
「う、うん…」
柚子ちゃんは仕方なさそうに俺の背中に乗った。
柚子ちゃんの体を持ち上げた瞬間少し体が震えているように感じた。
「大丈夫?痛くない?」
「うん、大丈夫だよ…」
痛さなのか、恥ずかしさで震えていたのかは分からなかったが、こうするほか以外考えがつかなかった。
とここで、あることを思い出した。
「そういえば、今まで言えなかったんだけど振袖似合ってるね。」
「私も振袖の感想聞くの忘れてたよ。」
「普段のカジュアルな服も似合ってるけどそう言う和服も似合ってるね。」
「…そう?」
柚子ちゃんの返答がそっけなくて何か恥ずかしがってる気がした。
「うん、似合ってるよ。たまにはそういうのもいいと思う。」
「ふ、ふーん。そうなんだ…」
「どうしたの?」
「な、なんでもない!いいから早く帰ろ!」
俺は思ってることを伝えただけなのに…
また何か気に触ることしちゃったかな…
「ねぇ、蓮お兄さん…」
「なに?」
「振袖綺麗だった?」
「うん、綺麗だったよ。」
「そっか…」
柚子ちゃんはそう言うとゆっくりと俺の背中に体重をかけた。
「今日はいろいろやることが新鮮で楽しかったよ。初詣行こうって誘ってくれてありがとうね、柚子ちゃん。」
「……」
「柚子ちゃん…?」
急に柚子ちゃんから返答がなくなった。呼びかけても返答がなかったのは少し心配だったけど、よく耳を澄ましていると、
「すぅ…すぅ…」
と俺の背中で心地良さそうに寝息をたてていた。
「そうだよね…この短い時間で色々あったから疲れちゃったよね。」
思い返すと俺自身も疲れを感じてきた。
「とりあえず、急いで帰るかな。管理人さんも待ってるし。」
もうかなり遅い時間。管理人さんに振袖を脱がしてもらうこともお願いしていたから早く帰らなきゃいけない。急がないと管理人さんにも迷惑かけてしまうので早歩きで家に向かう。
家が近いのがなりよりの幸いだ。
「よし、急いで帰るよ。柚子ちゃん!」
今は全く聞こえてないだろう柚子ちゃんにそう言った。すると柚子ちゃんから何か聞こえた。
「蓮…お兄さん…いつも…ありがとう…私も…これから…蓮お兄さんのために頑張るね…」
と寝言が聞こえた。
「…柚子ちゃんが頑張らなくてもいいんだよ。俺はありがとうってその言葉だけで十分だよ。」
柚子ちゃんが俺の家にやってきて毎日がとても楽しい。だから柚子ちゃんが俺の近くで笑って楽しそうにしてるだけで俺にとってはお返しになっている。
だから俺は柚子ちゃんに何かしたくなる。お礼なんていらないくらいだよ。
ずっと続くわけないって分かってる。
でも神様、この時間をできるだけ長く過ごせるようにお願いできないかな。そう、できるだけ長く…
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