第5話 あの子に会いに行く


(誰だったけなぁ…思い出せない…)


歩きながら駐車場へ向かいながらずっとあの女の子のことを考えていた。


「あ、菊月さん、おはようございます。」


最初は気づかなかった。声がするなと思い顔を上げたら大家さんがいた。


「あ、おはようございます。」


驚いて声が出てなかった。


「菊月さん、昨日の夜ここで事故あったみたいだねぇ。」


「あぁ、そうみたいですね。すごい音だったみたいですよ。」


「あれ?菊月さんまだ帰ってなかったのかい?」


「あはは、そうなんですよ。僕も聞いた話でして。」


咄嗟に誤魔化してしまった。大家さんには誤魔化す必要はなかったのに。

多分、色々考えて混乱してしまっているのだろう。


それではと一言言って車に乗った。



会社に着いていつも通り朝礼を終えて自分の持ち場に着いていた。

やはり持ち場についてもあの女の子のことを考えていた。

女の子のことを片隅に作業をしてたらもう昼食の時間になった。


「きくづーきさーん!昼飯いきましょう!」


後ろから岡山に肩を叩かれた。


「お、おう。行くか。」


「どうしたっすか?菊月さん?今日いつもと何か違う気がするっすけど。」


「ここだとあれだから食堂で話す。」


岡山にまで察しられてしますのかと内心焦ったが、素直に話すのがいいのかもしれないと思って岡山には話すことに決めた。


食堂に着いて昨日女の子を助けたこと、手を離さないでと言われたのに離してしまったこと、その女の子に昔会ったことがあるかもしれないことを話した。


「菊月さん、ひとつだけ言ってもいいっすか?」


「お、おう。なんだ?」


「今日仕事終わったらまっすぐ病院に向かって女の子に会いに行ってあげてくださいっす。」


「は、はぁ…?」


「分かったすか?ちゃんと行くんすよ!お見舞いのお菓子もちゃんと持って!」


岡山は俺の肩を3回強く叩いてから食器を持って去っていってしまった。


「そんなこと言われてもなぁ…」


いきなりそんなこと言われても何も思い浮かばない。

なぜなら今まで女性との付き合いなんて全くないし、しかもお見舞いなんて行ったこともないからだ。


困ったなと頭を抱えていたら


「どうしたの?頭なんて抱えて。悩み事?」


後ろから聞き覚えのある女性の声が聞こえた。

が、朝から考え事をしてるせいか反応ができなかった。


「ねーえ!聞こえてる〜!?」


肩を揺らされてようやく気づいた。


「ごめん、全然気づかなかった…あ!」


振り返り、杉野だと確認した時に杉野に聞けばいいじゃないかと思った。


「杉野!お見舞いに貰ってうれしいものってなんだ!?」


杉野の肩を鷲掴みにし問いかけた。

周りからは


(なにあいつ杉野さんに触ってんだ…)

(俺なんかしゃべっこともないのに…)


殺意の視線を向けられていたが、俺は気にしもしなかった。


「え?え…?きゅ、急にそんなこと言われても…」


杉野は突然のことに困惑していた。


「悪いが、急ぎの用なんだ。何がいいんだ?」


「ん、んーと、あたしは食べやすいのがいいかな〜、女の子って和菓子以外に好きだから水ようかんとかどうかな?」


杉野はこう提案した。


「…水ようかんか。いいなそれ!ありがとう!杉野!」


俺は礼だけ言ってその場を後にした。


「え、ちょっと待ってよ!それだけ!?」


と聞こえたような気がしたが、もう俺の頭は水ようかんとあの女の子のことで埋め尽くされており、杉野の声に振り返らずそのまま立ち去った。


「もう!…ちょっとドキドキしちゃったじゃん!」


杉野は顔が真っ赤だったらしい。あとから聞いた。

周りからはさらなる殺意の視線で集まっていたらしい。



仕事が終わり、俺は


「今日は定時で上がらせてもらいます!お疲れ様です!」


とだけ言い残し素早く着替えて会社を出た。


帰り道通りすがりに見つけた和菓子屋を見つけた。

他に和菓子屋が見つからなかったのでここで買うことに決めた。


「えーと、水ようかんはっと…」


キョロキョロしながら探していると餡子、桃、柚子味のあまり見ない味のラインナップの水ようかんが置いてあった。しかもあと1パックで水ようかんはこれしか無さそうだった。


「これにするか…喜んでくれるかな?」


少し不安もあったが、購入した。


また車に乗りを走らせ、しばらくすると総合病院が見えてきた。


「昨日の救急車は確かこの病院の名前からのだったはず…」


夜で見えにくかったが確かにその病院名だったのははっきり覚えていた。


中に入るとかなりの広さ、人の多さに驚いた。

病院なんてあまり来ないし、総合病院なんて全く来ないものだからかなり驚いた。


「こんなに人いるもんなんだなぁ…」


感銘を受けていたが、すぐに我に返り、


「あの子のところに行かないと」


が、しかし部屋も何も分からないまま来てしまった。受付があったのでそこで聞いてみることにした。 


「あの、すいません…」


「はい。どうされました?」


「ちょっと名前とか分からないんですけど、昨日の夜ここの病院に救急車で運ばれてきた女の子って分かりますか?」


「少々お待ちください。お調べします。」


と受付の人は言って何やら分厚いメモ帳を取り出して調べていた。


「あ、はい。多分楠木柚子さんだと思います。」


楠木柚子…やはり聞いたことのある名前だ。だけど思い出せない…絶対に聞いたことあるはずなのに…


考え込んでいるところを


「どうされました?大丈夫ですか?」


「あ、はい大丈夫です。」


「楠木さんのご親族でしょうか?」


「いえ、違います。」


「そうですか、お部屋はご案内しますね」


何か意味深な言い方だったが、無事会いに行けそうだった。


(あの子の顔をしっかり見たら何か思い出せるかな?)


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