第13話 野盗の頭目と対峙す

 遺跡構内はそれほど複雑じゃない。

 小部屋が幾つもあるだけで、基本は一本道だ。


 おかげですぐ辿り着く事が出来たよ。

 そう、賊どもの親玉の下にな。


 奴等は奥の広間に座って陣取っていた。

 数は合計で九人、いずれも人間族。

 親玉とその側近ども、といった感じだな。


 しかし最近の賊は身なりを整えるのも得意らしい。

 親玉の装備は特に、そこらの騎士より随分と豪勢だ。

 輝く板金銀鎧フルプレートに宝石付きの額環飾サークレットまで。

 顔付きも整っている所、これならむしろ盗賊より騎士と言った方が近い。


 他の側近もそこまでではないが相応だ。

 鉄鎧は使い古しではあるものの手入れが施されている。

 おまけにどいつも体格がしっかり仕上がっているとまできた。


 全員、手練れだな。

 先日倒した賊どもとは訳が違いそうだ。

 だとすると、知覚遮断していても近づくのはまず無理だろう。


「サイオンの奴、新しい玩具を取りに行くとか言ってたが……遅いな」

「どうせ先に一人で楽しんでいるんだろう。アイツの好色っぷりは随一だからな」


 となれば正攻法で行くしかないな。

 しかしこの人数なら――やれる。


「悪いがそのサイオンって奴は今頃、地獄の番人どもの玩具になっているよ」

「「「ッ!?」」」


 俺は暗殺なんて柄じゃあないんだ。

 相手をトコトンぶちのめし、後悔させる方がずっと得意だからな。


 ならこうして自ら姿を見せる事もいとわないさ。

 奴等の動揺を引き出す為ならば。


 その効果はそれなりにあったらしい。

 全員即座に立ち上がり、通路に立つ俺へ敵意をぶつけて来た。

 しっかりと手早く剣を抜いて見せてな。


「貴様ァ……何者だ?」


「お前達悪党に名乗る名など無い、なんて言えば古臭いか? 強いていうならそうだな、清掃屋スイーパーさ。この世にこびり付く汚れを落としたいと心から願う、な」


「フッ、それは随分と綺麗好きな侵入者だな」


 ただ、一人だけ一切の動揺を見せなかった奴がいる。

 親玉だ。


 こいつはよほど場数を踏んでいるんだろう。

 侵入者の俺に対してたった一人剣を抜かず、鼻で笑って見せた。

 それだけの自信と裏打ちする実力があるという事か。


「だがここまで気付かれずに侵入し、かつ我々に自らその姿を晒す。となれば純粋な闘戦士ファイターの気があるな。それも相応の実力を持っていると見た。少なくともここの部下個人よりは強いだろう。なら外の者どもが見つけられないのも無理は無いか」


 そして行動原理から俺の性質を即座に見抜く。

 観察眼、経験、知識、思考速度、どれを取っても並ではない。


 こんなのが賊の頭目だと?

 嘘を付け、これは百戦錬磨の達人の眼だ。

 幾多もの戦場を潜り抜けて培われる本物の眼力だ。


 他の奴等はともかく、この男だけは油断出来ん。


「貴様、面白いな。今までに相対してきた誰よりも」


「……どうも」


「だが、この人数を前にしてその軽口を叩き続けられるかな?」


 それに、こう話を交わしている間にも状況は動いている。

 側近達が静かに俺を取り囲んでいたのだ。


 この動き方は先日の奴等と同じ。

 ただ、その精錬度は比ではないがな。

 一切の迷いなく均等に並び、全員が同じ構えで剣を突き付けてくる。

 しかも下手に近づかず、一定の距離を保ったままに。


 さすが賊の頭を張る者達か、いずれも隙が見当たらない。

 誰も油断していないのだろう。

 先の親玉からの一言があったからこそ。


 つまり、そのカリスマ性も本物という訳か。


「サイオンはいい奴だった。手癖は悪いが責任はしっかり取る。実力もあり、一部部下の目標にもなっていたのだが」


「それは本当か? 女性の髪を掴み、引きずり回す男がいい奴だと?」


「そうだ。それに私をどう扱おうと我々の勝手だろう」


「私物、だと……ッ!?」


 だがそのカリスマの奥底からは何かドス黒いモノを感じる。

 こんな事を平然と言ってのける、この男の本性が垣間見えて。


「あれは我々が刈り取った商品だ。アンカルーストという豚小屋で飼育した家畜なのだ。ほら、貴様も食事する時には肉を摂るだろう? あれと同じだよ」


「お前ぇ……ッ!!」


「ただ生きているだけで何の役にも立たない、そんな家畜どもを適所に送り込んで有効利用してやろうというのだ。むしろ褒め称えられたい所だよ」


 こいつらは本気でこう言っているのだ。

 自分達の捕まえた人は全てヒトではないのだと。

 所詮は商品で、どの様に扱おうが構わないのだと。


 それでもお前達、本当に血の通った人間か!?


 まだ相手が混血なら多少は理屈も通るだろう。

 しかし捕まえられた者達はいずれも純血だった。

 人間も亜人も獣人も、あの街で真っ当に生きていた人達だ!


 それを家畜扱いだと!?

 人を舐めるにも程があるッ!!!


「捕まった人は皆純血ばかりだったッ!! それでもお前達は――」

「関係無あいッ!!!」

「――なッ!?」


 でもそんな事など奴等にはどうでも良かったんだ。

 血統も、人種も、出身も、その生き方でさえも。


 自身に課せられた使命を果たす為ならば。


「奴等は生ゴミだ。生きている価値も無いドブの染みにも劣るクソどもなのだ。失意に溺れ、精を出す事を諦め、営みを穢して誇りさえ踏みにじったァ!!」


「ううッ!?」


「そして堕落し、荒廃し、腐り果てた。あの街を見たか!? かつての姿を取り戻そうともせぬ愚かな豚どもの所業をッ!! アンカルーストだけではないッ!! あれが、青空界全体のォ、今の姿だあッ!!!」


 先まで冷淡だったはずの親玉が突如として咆え散らかす。

 まるで鬼気に憑りつかれたかの如く。


 余りの迫力に俺も唖然とする他無かった。

 なにせ側近達もが堪らず歯を食い縛る程だったのだから。


「だから我々にも勝てぬのだッ!! 腰抜けの王国兵どもも、憲兵どももッ!! 皆が揃って腑抜け、地に堕ちたからこそッ!! ならばその様ななど、我々が正しく使い潰してやった方がずっと世界の為となろうッ!!」


「……」


「よって我々が立ち上がった! つまりこれが【正】なのだ! 正しき犠牲を聖なる義によって行う、それこそが我々の思想、我々の矜持、そして使命なのだあッッ!!!! その崇高なる使命を貴様如き若造にとやかく言われる筋合いは無ぁいッッッ!!!!!」


 課せられた目的をやり遂げるという気概を激しく強く感じる。

 コイツにはそれだけの熱意があるのだろう。

 その為にならどの様な事もしてみせると。


 けれどその熱意が俺に全てを悟らせた。

 そうか、そういう事だったんだな。


「……しかし貴様はきっと賢いのだろう。ここまで来れた奴など今までいなかったからな」


「だから、なんだ?」


「私は賢い者が好きだ。ストイックであればなおさらの事。そこで提案だ。我々の仲間になるか、あるいはここで手を引いてくれないか?」


「何……?」


「もしかしたら貴様――貴公が万が一にも勝てるかもしれない。しかし相応の代償が伴うだろう。であれば我等と組んだ方がずっと得策だぞ? なんだったらサイオンの席を与えたっていい。私も本来は寛容で賢いつもりだからな」


 でもその目的が見えたから。

 俺にはこの誘いが堪らなく嘘に聞こえて仕方がない。

 コイツの目は、そうして騙して寝首を掻く事を笑ってやってのける奴の目だ。


 その「賢い」が狡賢ずるがしこいという意味でならお似合いだろう。


「今、お前は自分が賢いと言ったな? それは本当か?」


「何……?」


「お前達が何者なのか、今の話のお陰で俺には大体の検討が付いたぞ」


「なッ!?」

 

 それに、俺はコイツが堪らなく嫌いだ。

 虫唾が走る程に、今すぐ殴って黙らせたいと思える程に。

 これは疑り深いからじゃない。

 間違いなく、俺はコイツを絶対悪として認識している!


 ならもう答えは決まっているだろう。




「ならば俺は断固拒否する。お前達の歪んだ正義など、犠牲を生むに値しない!」




 徹底的にやってやる。

 お前達の悪事の暴露も、存在消去も、その後処理さえも。


 この俺が、お前達に――ジクスを刻んでからな……ッ!!

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