第10話 青空界事情はずっと複雑

 夜が訪れた。

 ノオン達本命の依頼を遂行する時が。


 それで俺達は今、森の中を歩いている。

 街からほんの少し離れた所にある丘の中を。

 明かり一つ付けずにひっそりと。


 それというのも、行動を誰にも悟られる訳にはいかないから。


「これから向かうのはねアークィン、君が倒した盗賊達の根城さ」


「なんだって……?」


 そう、俺達はあの賊どもの本拠地へと向かっているらしいのだ。

 それで誰にも見つかる訳にはいかなかった。

 少しでも察知されれば逃げられるか迎え撃たれる可能性もあって。


「街にも彼等の内通者が居るみたいだからね。迂闊に依頼の事をほのめかす訳にもいかなかったんだ」


「そうか、それでカモフラージュにあんな依頼を取ったんだな」


 そういえば昼間の押し問答もひと気が無い所での事だった。

 つまりノオンはそれをわかった上で俺を強引に引き留めたのだろう。

 そうも考えると、なかなか頭がキレるなこの男。

 今もなんだか掌で踊らされている気分だ。


 もっとも、コイツに限ってはそんな悪意は無いだろうがな。


 ノオンの正義感は俺にも通じるくらい真っ直ぐだ。

 ここまでの道中でも、魔物に絡まれた旅人を真っ先に助けていたし。

 その意味で【銀麗騎志団】の名は彼一人で成り立ってると言えるだろう。


 それにしても騎〝志〟団、か……。

 まるで【騎士】を名乗りたくないと言わんばかりの捻り方だな。


 いや、名乗れない、と言った方が正しいか。


「ノオン、一つ訊きたい。やはり騎志団というネーミングは何か理由があるのか?」


「ん、あぁ。答えは簡単さ。ボク達は混血だからね、身分の関係で王立騎士などにはなれないんだ。だけど憧れはある。だから〝夢は叶わずとも志は騎士と共にあれ〟という意味で騎志団という後名を付けたのさ」


 やはりな。

 混血という立場は身分制度にも関わって来るらしい。

 今の世の中、俺達にとってはここまで生き辛いか。


 でも血などで憧れは止められない。

 ノオンにとって騎士とはそれだけ思い入れがあるのだろう。

 例え名乗れなくとも、その心意気だけは継ぎたいと。


 だからきっと今回の依頼も引き受けたんだろうな。

 賊を放って置く訳にはいかないという正義感の下で。


 その気持ちはとてもよくわかるよ。


「しかしあの賊ども、なかなかの手練れだった。鍛錬も教養もある様だったしな。剣術や戦術もしっかりしていて、息も合っている様に思えた」


「そこなんだよねぇ。だから今みたいになっちゃったってワケさぁ」


 すると何かを知っているのか、マオが話に割り込んでくる。

 どうやら他にも色々と訳がありそうだ。


「実はね、あの盗賊は二年くらい前からずっと居るんだって。それで旅人や商人を狙って金品強奪、あるいは人さらいを繰り返していたらしいのさぁ」


「二年前、だと……?」


 しかしその話は俺が思っていた以上に深刻だった。

 その口調は彼女らしく軽口だが、内容はとても重い。


 それも余りに常軌の逸した事実をも添えて。


「それで二年前に本界中央、【聖ラドルファ王国】も王立兵団を派遣して討伐に乗り出したのさ」


「それなのに何故今も続いている!?」


「そりゃ当然だよ。なんたって王立兵団が敗けたんだから」


「なッ!?」


 そう、青空界最強の戦力がなんと盗賊相手に敗走したというのだ。

 これを信じられる訳も無いだろう。


 だから俺は驚きを隠せなかった。

 その戦力こそ知りもしないが、少なくとも国を担う兵力な訳で。

 それがたかが賊ごときに負けるなど有り得ないのだと。


 でもそれは本当の事らしい。

 ノオンやフィーもマオの言葉に頷いていて。


「お陰で盗賊を止められる者が居なくなった。それでもう見て見ぬフリをするしかなくなったのさぁ」


「そうか、それで街入口もあんなに自由だったのか」


「そう。下手に手を出して盗賊に怨まれちゃやっていけないからねぇ。だから今じゃもうやられ放題さ。街の人も沢山さらわれて、今じゃ一体どこに行ったのかもわかりゃしない。どっかに売り飛ばされてるって噂も聞くけどねぇ」


 その話を聞いて、街の異様さの原因がやっと把握出来た。

 あの人の少なさは全て、賊どもが起こした事の結果だったのだと。


 だとしてもあの規模は尋常じゃないぞ。

 まるで街一つが消えてなくなりそうな勢いじゃあないか!


 幾ら賊の本拠地が近いからって、あの衰退具合は余りにおかしい。


「だからって大人しくやられ過ぎだろう!? 誰か、何かしようとは思わなかったのか!?」


 対策するなら兵士だけでなく国民が動けばどうにでもなるだろう。

 それだけの脅威なら他国に協力要請する事だって出来たハズだ。


 なのになぜ放置出来るというんだ!?




「思わなかったんだよ。皆、気力が無いから」




 だがその答えは余りにも理不尽過ぎた。

 そしてその続きもまた、何もかもが。


 どうやらこの国は思っていた以上に堕落しきっていたらしい。

 野盗どもにやられる以前の問題として。


 これじゃあ父に聞いた話とまるで違うじゃあないか……!

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