第8話 業魔黙示録

 なし崩し的にだが、俺はノオンら【銀麗騎志団】へと参加する事となった。

 もちろん仮入団、続けるかどうかは俺の意思次第という事で。

 そこを理解してくれているかどうかはわからないけれども。


 そんな訳で俺は今、街一番の食事処と言われた料亭にいる。


 確かに規模は大きい。

 二階にも客間があるらしく、百人以上は収容出来そうだ。


 ただし、客入りはと言えばまばらか。

 とても繁盛している様には見えない。

 そもそも人そのものがいないという事実もあるがな。


 で、出された自慢の料理はと言えば。


「さぁアークィン、遠慮しないで食べてくれっ!」


「まぁ頂くが……なんでパンだけなんだ?」


 右も左もパン、パン、パン。

 机の何処を見ても鳴らし甲斐のあるパンばかりだった。

 白パンとか黒パンとかバリエーションこそあるものの。

 だが穀物料理と野菜ばかりで肝心の物が無いのだ。


 そう、肉である。


 血肉は肉体の資本だ。

 一日にある程度は摂らなければ筋肉は委縮し弱ってしまう。

 特に身体を動かす戦士ならば必須な栄養素の源と言えよう。


「何を言うのさ! 青空界と言ったら穀物、特に清涼な水がもたらす小麦製品は虹空界でも天下一品じゃあないかっ! ならこの地にいる以上、堪能しなければ損というものだろっ!?」


「まぁ俺はその地の出身だから食い慣れてるんだけどな」


 確かに、この青空界の小麦は他と比べて秀逸とされている。

 故郷のふもと村でも小麦の栽培が盛んで、よく分けて貰ったものだ。

 国全体がそうやって育てているものなので、黄空界おうくうかいの次に黄色い地とさえ言われているそうな。


 だけどそれは民にとっては当たり前で。

 別に珍しい事でもないし、今更味わうなんて事も無い。

 界外に行けば恋しくもなるかもしれないけどな。


 ま、注文しない理由は何となく察しているんだが。


「ほら、メニューには肉料理もあるじゃないか。何故頼まないんだ?」


「それはほら、あれだよあれ。騎士たる者、贅沢せず己に厳しくあれって奴さ」


 ……金が無いんだろう。

 で、己を律すると言って節約しようとしている訳だ。

 全く、変なプライドを持っている奴だな。


「じゃあ俺は騎士ではないから自分で頼む事にする。店員、このローストビーフとやらを大サイズで一人前、頼む」


「あいよぅ」


「「「ローストビーフッ↑!!」」」


 幸い、俺の懐は今とても暖かい。

 さっき貰ったメディポットポーションを二〇〇個買えるくらいにはな。

 ならこんな肉塊を注文するくらいはなんて事ないのだ。


 で、早速と置かれた肉塊に思わずニヤけてしまう。

 ほう、なかなかの仕上がりじゃないか。


 確かに、街一番と言われるだけの事はあるボリュームだ。

 荒々しく焼かれた表面には香辛料が惜しげもなく掛かっていて。

 ちゃんと仕込みもしている様で、無数の切り込みが手間を物語っている。


 そしていざナイフを通してみれば、とても柔らかい。

 筋切りも万端、これは食べ応えがありそうだ。


 で、一方のノオン達はと言えば。


 よせ、こちらを見るな。

 揃ってよだれを垂らしてガン見するんじゃない。

 そもそもマオよ、お前は肉が食えるのか?


 ……全く、仕方がない奴等だな。


 俺に賊へ掛ける慈悲など無いが、仲間には優しくありたいと思う。

 なら少しくらいは分けるのも吝かではない。


 なので切り分け、一枚づつマオ、フィー、テッシャと皿へ移していく。

 もちろんそれなりに肉厚のを選んでな。


 で、最後のノオンにはとっておきのコレだ。

 切れ端の小さいやつをちょこんと。

 香辛料まみれだからきっと美味しいに違いない。


「何でだー!? なんでボクだけこんな小さいんだーッ!?」


「お前は騎士なんだろ? なら贅沢は敵だよな」


「ううッ!?」


「変に意地を張るからこういう目に遭うんだ。自分に正直で生きた方がずっと楽だぞ」


「ちゅぎィィィーーー!!!!!」


 これが身から出た錆という奴だな。

 勘定を考えてなのはわかるが、嘘と虚勢はよくないのだから。


 父曰く。

偽志虚留ギュエ・ナパルゾ、偽りが残せしは虚しさのみ。自身を誇るのであればまず自信を偽るな〟


 誠実に生きた方が何かと苦労せずに済む。

 志を貫こうとして無理しても、後で必ずボロが出るだろう。

 今のノオンの様にな。


 ま、とはいえ俺もそこまで非情じゃない。

 なのでもう一つ、反対側の切れ端もそっと添えてやろう。


 さっきよりもやや小さいが、香辛料は多いからきっともっと美味しいに違いない。


 こうして悶え転がるノオンを眺めつつ、皆で食事を楽しむ。

 最初は妙なテンションに引け目を感じていたが、これも意外と悪くない。

 彼等が人見知りをせずに話をしてくれるから。


 こういう感覚は初めてだ。

 胸が温まる、と言った感じで。


 父と一緒の時もここまでではなかった。

 きっとこう心まで触れ合えるのが仲間というものなのだろう。


 そうも考えると、最初に警戒した事が恥ずかしくも思う。


 俺は少し頑な過ぎたのかもしれない。

 父の教えを守ろうとして、気付かず意固地になっていた。

 外の世界を知らないから怖かった、というのもあったからだろうな。


 なら、もう少し彼等を信じてみるか。

 実力は別として、居心地の方はとても良いから。


 こんな想いを過らせつつ、皆と会話を交わす。

 その中で俺を勧誘した理由をさらっと教えて貰う事が出来た。


 なんでも、俺が皆と同じ混血だから、というだけの事らしい。


 そもそも混血の者が自由に出歩く事は滅多に無いそうだ。

 大概は引き籠っているか、奴隷になっているか。

 俺達の様に我が強くない限りはロクな人生を送っていないのだという。




 かつての伝説、【業魔黙示録】の影響が元となって。




 ――それは大昔、世界がまだ六つに分かれていなかった時。

 【陽珠】を中心として世界が陸続きで内丸かった時代の話だ。


 その時のヒトは高度な知識を持ち、誰もが空さえ自由に飛べて。

 更には秩序も整い、争いも無く、平和な時代を享受していた。

 創造神もそんな人々を支えていたそうな。


 しかしある日、ヒトは禁忌を犯した。


 彼等はとある実験を始めたのだ。

 究極生物を生み出すという実験を。

 それも人間、亜人、獣人――多くの種族を掛け合わせる事によって。


 そしてその結果、究極の生物【業魔】が誕生したのである。


 だが【業魔】はヒトの制御を受け付けず、暴走した。

 しかも強大無比な力を見せつけ、ヒトを襲ったのだ。

 その足で大地を割り、爪で海を裂き、咆えるだけで大気をゆすって。

 一つ駆ければヒトは弾け、一つ睨めば周囲が焼き尽くされたという。


 その恐るべき存在の誕生に、神は怒り狂った。


 すると神の怒りに呼応して大地が裂け、陸地の多くが【空の底】へ落ちた。

 その中で六大陸だけが残り、虹空界が生まれたのだという。


 更に神はヒトに言った。

 〝【業魔】を自らの手で止めよ。さもなければ世界は滅ぶだろう〟と。


 そこでヒトは神に応え、【業魔】を倒す為に立ち上がる。

 赤空界にて至高の神鉄を打ち。

 緑空界にて極限の魔力を籠め。

 黄空界にて最上の金飾を施し。

 白空界にて神託の祈祷を与え。

 青空界にて聖霊の浄化を汲み。

 紫空界の騎士達が、出来上がった六つの聖剣を手に取った。


 そして見事、【業魔】を討ち果たしたのである。


 しかし刻まれた痕跡は深く、ヒトはみな心も体も傷付いた。

 二度とこんな目には遭いたくないと思える程に。


 そこで戒める事にしたのだ。

 もう【業魔】の様な存在を生み出してはならないと。 


 それが今の混血を嫌う理由の根源となっている。

 血を少しでも交えない様に、【業魔】に近づかない様に、と。


 だがそれでもヒトは愛を止められなかった。

 例え異種族だろうと関係無く、間に芽生えてしまった感情を。


 だから今もどこかで混血が生まれ続けている。

 かつての業を知ってもなお止める事叶わぬままに。

 それで差別や迫害も続き、今の時代の形となったのだろう。


 しかし俺はそれを否定するつもりなど無い。

 【業魔】になって見返してやろうとも思わない。


 繰り返さなければいいのだ。

 かつての伝説と同じ過ちを。

 そうすれば俺もノオン達も普通の人々と何ら変わらないのだから。


 こうして笑い合って、料理を楽しみ合える。

 これがどうして破壊の権化【業魔】に近いなどと言えるだろうか。


 到底、言える訳が無い。


 なら誰がどう言おうとも己を磨き続けよう。

 正義を貫き悪を挫く、その想いにも従ってな。


 たかが伝説に引っ張られただけの雑感情など〝クソくらえ〟だ。

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