輝操士は儚き虹色世界にX(ジクス)を刻む

ひなうさ

プロローグ

第0話 象徴姫

 この世界はとても美しい。

 今見える景色も、繋がり合おうとしている人の心も。


 そして今日この日、私の願いもがきっと皆と繋がる事だろう。


 だから今日が始まった時からずっと嬉しくて堪らなくて。

 それできっとこんなにまで美しく思えたに違いない。 


「エルナーシェ姫、間も無く【陽珠ようじゅ】へ到着されます」


「えぇ、連絡ありがとう」


 そんな想いを馳せさせながら、私は侍女に頷いた。

 もうすぐ行われる継承の儀式に胸を躍らせて。


 この世界には六つの浮遊大陸が一つの輝きを中心にして存在している。

 青、赤、緑、黄、紫、白――各々の色合いを持った大陸が囲う様に。

 これらは離れ空から見ると本当に美しい彩りで煌いていて。

 だからこうして見惚れずには居られなかった。


 今向かっているのはそんな世界の中心、【陽珠】の下。

 この世界――【虹空界こうくうかい】に恵みの輝きをもたらしてくれる神の御許おんもとだ。


 その様な場へと赴く理由はただ一つ。


 それは私が、現王である父より王位を授かる為である。

 大陸の一つ、青空界せいくうかいを束ねる【聖ラドルファ王国】王女の責務として。

 

 でも、これは世界共通のしきたりで珍しい事ではない。

 他国でも同様の理由で、毎度【陽珠】の下へと向かうのだから。

 私が今乗っているのと同じ機空船で空を越えて。


 そんな船体が今、制動を伝えてくれた。

 【陽珠】へと辿り着いたのだろう。


 故に私は立ち上がり、部屋の扉を自ら開く。

 迎えられるのは柄じゃないんだ。


 きっとそれは皆にもわかっていたのかな。

 父も側近達も私を待ってくれていたよ。


 こうして関係者一同が【陽珠】の御許へ堂々と一歩を踏み出した。

 水晶の足場はほんの少し怖かったけれども。

 でも臆した姿を見せる訳にもいかないから今は狼狽えずに、ね。


 にしても、こんなに間近で輝いているのに不思議と熱くないし眩しくもない。

 陸地で陽光を受ければあんなに暑くも感じてしまうのに。

 これも神の為せる力なのだろうか。


 そんな考えを巡らせながらも、輝きに浮かぶ質素な一枚扉を通る。

 すると早速、広々とした内部が露わとなって驚きを誘う事に。


 中もとても質素だった。

 白く丸い空間で物がほぼ無い。

 その中でたった一つ、大きなソファーだけが中央に。


 そしてそのソファーには、一人の女性が寝そべっていて。


「来たか青の王」


「我等が愛しき【陽珠の君】、ご機嫌麗しゅう御座います」


「うむ」


 見た限りでは普通の成人女性だ。

 褐色肌に白い長髪、身は少し高めだろうか。

 ふくよかな身体付きは羨ましくも感じる。


 とはいえ印象はと言えば、少し卑猥か。

 薄布一枚を纏うだけで恥じらう様子は微塵も感じられない。

 男性ばかりの謁見にも拘らず、目前で膝を組み直すなど以ての外だ。

 まるで「見てみろ」と挑発している様にさえ感じられる。


 こればかりは見習いたくもないな。


「では早速ではありますが、継承の儀を行いたく」


「あぁ~全く、相変わらずせっかちじゃのう。少しは話相手となってくれても良かろう。わらわはずぅ~っとここに居て退屈なのだぞ」


 しかしどんな身なりだろうと、敬意だけは払わなければならない。

 今目の前に居るのはこの世界を支える神なのだから。


 その神に皆が揃って跪き、こうべを垂れる。

 彼女の前では、王たる父でさえ平民と何ら変わらない。

 それだけの威厳と力があるからこそ。


「まぁよかろう。では妾の我儘に付きおうてくれるのはどの者じゃ?」


「我が娘、エルナーシェに御座います」


「ほう! あの噂に名高い象徴姫か。確か若くして六大陸の人民の心を一つに結ぼうとしているとか。それが成せれば、未だかつてない偉業となるであろうなぁ」


「いえ、私はただ願いを訴えたのみ。真に成せしは皆の美しき心に御座います」


「謙遜するのぉ。フフ、さすが噂に見違わぬ女子おなごか。白く美しい肌に白金の髪……羨ましい限りじゃ」


 その威厳には巷の噂を拾い上げる能力もが備わっているのだろうか。

 ずっとここに居て、一体どうやってこの様な話題を知ったのやら。


 ――正直、不信感しか無い。

 余りにも妖しくて、尊厳も垣間見えなくて。

 これではまるで売女の王ではないか。


 けれど、今は耐え凌がなければ。

 今を凌げば今後数十年、彼女と会う事は無いだろうから。


「では命ずる。裸で踊れ」


「……は?」


 そう思っていた矢先だった。

 こんな信じられもしない一言が私の耳に届いて。


 しかも【陽珠の君】の要求はこれだけに留まらなかった。

 例え家臣達のみならず、父までもが動揺しようとも関係無く。


 続く言葉が、私の心をこれ以上無くえぐったのだ。




「それも卑猥にだ。股を拡げ、恥部を曝け出し、売女の如く淫猥に踊り狂え。なんなら部下達を使っても構わぬよ」




 それはまるで我が心を読んで返したかの様な要求だったから。


 だから俯いたまま一切動けなかった。

 ただただ震え、怯えたまま。

 冷や汗を留める事さえ叶わず。

 その雫伝う握り拳を床へと押し付けて。


 これまでに無い憤りにもさいなまれながら。


「エ、エルナーシェ、し、従うのだ。所詮儀式はここだけの話、他言無用とすれば――」


「いいや、全世界に発信してもらうとしよう! かの娘は神の御許で全裸となり、恥を晒したにも拘らず一心不乱に腰を振っていたと!」


「――なッ!?」


 憤らない訳が無い!

 この厚顔無恥な神もそうだが、媚びへつらう父にさえも。

 そして誰として言い返さない家臣達にも。


 何なのだこれは!

 これの一体どこが神聖な儀式だというのだ!!


 これでは只の暴君が為す悪行そのものではないか!!!


「さぁ王女よ、どうする? 従わなければ王位継承は認めぬ。それどころか拒否しようものなら陽光を止める事も辞さぬ。さぁ決めよ。恥を取るか、世界の滅びを取るか」


「エルナーシェッ!! 今は耐え忍ぶのだ、世界の為にも……!」


「「「姫様……!」」」


 そしてこの仕打ちとは!

 父も家臣達もまるで何も考えていないではないか!


 私はこの日まで、仲違いし合う世界を繋げようと必死に働きかけてきて。

 他者を人と思わぬ様な価値観に一石を投じ、変えようと努めて来た。


 そしてその成果がようやく実り始めたのだ。


 各国の代表達が、世界中の人々が私を認めてくれた。

 手を取り合う事に賛同し、共に歩もうと頷いてくれた。

 例え憎しみ合う心があっても圧して堪えてくれると約束してくれた。


 それなのに……ッ!!


 これでは、そんな彼等の想いを踏みにじる事になってしまう。

 たかが王位に拘った、恥を晒す事さえいとわない愚か者だと。


 その様な者の声はきっと、皆にはもう届かなくなるだろう。


 けれど、断れば陽光は止められる。

 そうすれば世界は間も無く滅び、それ以上の不幸が訪れるだろう。


 ――なら、執れる道はもう一つしかない。


「……【陽珠の君】よ、私は世界に恥を晒す訳にはいかない」


「っほう?」


「ですが要求を無碍にする事も出来ませぬ」


「なら、どうすると?」


「であれば、私に残されしはこの道のみッ!!」


 故に今、踵を返す。

 それもヒールが弾け飛ぶ程の全力で。

 父が、家臣達が止める事さえ叶わぬ中を。


 そしてこの身を、空へと投げ出した。


 こうする他無かったから。

 【陽珠の君】の要求そのものを無かった事にするしか。

 私の死を以って世界を守るしか道が無かったのだとして。


 きっと世界はもう私が居なくても平気だろう。

 皆、繋がり合う事を約束してくれたから。

 そう思いきれるくらいの勇気を持った人々だから。


 なら私はこの美しい世界の礎となるよ。

 その為ならばこの命は惜しくない。


 それが私の――エルナーシェ=ウェド=ラドルファの矜持なれば。


「姫様ァァァーーーーーーッ!!!」


 ただ惜しむらくは侍女カルネ=クロワ、貴女を置いて逝く事か。

 ずっと私の為に真摯と向き合ってくれた唯一の親友よ。


 故に叶うならば祈ろう。

 どうか貴女に虹色の未来が訪れますよう。


 その先で、安寧の世界を享受出来ますように、と――






 こうして青空界・聖ラドルファ王国第一王女は〝空の底〟へと堕ちた。

 一度落ちれば最後、何物をも消滅させると言われる世界間の暗雲へと。


 この重大事件は即日、世界へと広まる事に。

 ただし、【陽珠】表敬訪問中の滑落事故として。

 それも儀式そのものを明かされないまま。


 ただ、そのお陰で【陽珠】は今なお変わらず空で輝き続けている。

 そう決めた王の意志を汲んでなのか、惜しげも無く燦々と。


 だがその結果――世界の方が変わってしまった。


 王女の死はそれだけ衝撃的だったのだ。

 世界が悲しみ、涙で溢れてしまう程に。

 彼女がそれだけ愛されて、求められていたから。


 故に人々の心が張り裂け、血濁色へと染まるには充分だったのである。

 

 それから三年の年月流れ――

 その中で僅かに狂い始めていた世界は多くの混沌を生んだ。

 戦争が起きない代わりに、悪意が、敵意が影で膨れ上がった事によって。


 しかし今、その激動時代の片隅で一人の青年が旅立とうとしていた。

 

 単に、自らの存在意義を求めて。

 そして今日までに培われた力で災いを掃わんと。


 ならば、その両拳に秘められし奇跡を今こそ解き放とう。




 これは、そんな青年が愚かしくも儚き世界にジクスを刻む物語である。

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