第48話 卒論
先日、卒業を控えた博士科生徒の論文・魔道具発表会が行われた。
以前、『魔力切れの前兆』『魔力無効化の罪人手錠』を発表したノアールの卒業論文は世間の関心も高く、現在、国内外から問い合わせが殺到している。
「疲れました」
別邸のソファーでぐったりしているノアールからは、疲労感が滲み出ていた。
今回のテーマは『魔術待機』。
魔術の発動までの時間がコントロールできるという理論と活用事例が書かれているそうだ。
罠による発動は模擬戦のネタバレを防ぐため記載しなかったと、発表前にエドワードに説明していた。
王宮魔術師団の協力も得ることができたためデータ量は理論を裏付けするには十分すぎるほどあり、信憑性が高いと話題だ。
さらに中級以上の魔力を保有していれば、練習すれば実際に魔術を待機させておくことが可能で、論文に書かれていることが体験可能。
『魔術を待機させておく』という発想がなかった世間に、この論文は衝撃を与えた。
そして活用事例はケガや死者を防ぐことができる場面での事例が多く、普段論文を読まないような人々の関心まで集めている。
侍女のミナから温めたタオルを受け取ったノアールは、眼鏡を外しタオルを目の上に乗せた。
「あーあ。またノア先生の人気が高まっちゃった~」
リリアーナは頬をぷくっとさせながらソファーに沈み込んだ。
あと1ヶ月ほどでノアールは博士科を卒業し、王宮魔術師団勤務となる。
つまり、もうリリアーナの学園寮へ通えなくなるという事だ。
勤務体制はわからないが、おそらく毎週土日にこの別邸へ来ることも難しいだろうとウィンチェスタ侯爵が言っていた。
「飛び級しなければよかったです。そうすればあと2年は一緒にいられたのに」
ノアールがタオルを取りながらつぶやいた。
早く大人になりたかった。
リリアーナを守れるように。
だが、離れたくない。
ノアールはタオルをミナに返すと、ソファーに埋もれているリリアーナの顔を覗き込んだ。
「第1王子の部屋に連れ込まれたそうですね?」
眼鏡がないノアールの『綺麗すぎる顔』が急に目の前に現れ、リリアーナは息が止まりそうになった。
「で、でも、すぐ出たし! 本をね、もらっただけだし! えっと、その、」
ノア先生のおにいさまだって近くにいたし、えーっと。
リリアーナは目をそらしながら、しどろもどろに言い訳をする。
最近リリアーナが読んでいた『黒色のドラゴン』。
あれがまさかフレディリック殿下からの贈り物だとは知らなかった。
金色のドラゴンの続編だと言っていたので、てっきり父上にでも買ってきてもらったのだと思っていた。
しかも、2人はドラゴンの話で盛り上がっていたと王宮騎士の兄は言っていた。
「ダメですよ」
ノアールはリリアーナにおでこをコツンとぶつけた。
ノア先生の方がダメですー!
真っ赤になったリリアーナは、あう、あう。と口をパクパクさせる。
まるで酸欠の魚だ。
「心配です」
近くにいられなくて。
ノアールはゆっくり離れながら寂しそうにつぶやいた。
「わ、私の方が心配です……」
仕事は今までと同じ魔道具開発と聞いているが、実際には王宮魔術師団がどんな仕事をしているのかリリアーナは知らない。
遠征もあるという。
もしかしたら危険な任務もあるのかもしれない。
もうすぐ13歳。
この仮の婚約も終わり。
父であるフォード侯爵から助けるために婚約という名目を作ってくれたが、13歳になったら国へ報告しなくてはならない。
さすがにそこまではしないだろうから、このまま自然消滅が普通だ。
魔術師団には綺麗なお姉さんとかいるかもしれない。
王宮には綺麗なドレスを着た令嬢も多く集まるのかもしれない。
後見人としてウィンチェスタ侯爵には引き続きお世話になるが、ノアールとは会う口実がなくなってしまう。
この指輪の魔道具だけはお願いしたら今後も作ってもらえるだろうか。
今までのように毎日夕飯を一緒に食べたりもできないし、土日に会える確約もないのだ。
リリアーナは目を伏せた。
「博士科の卒業式後、ここに来ますからね」
ノアールが微笑みながらそう言ったが、リリアーナは何の事かよくわからないまま「うん」と返事をした。
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