第2章 王立学園

第20話 初等科入学式

 王立学園初等科。

 貴族も平民も10歳になったら基本的な読み・書き・計算を学び、その後の人生に役立てるために設立された国が運営する学園。


 子供の教育にお金を使えるということは、豊かな国だと思う。


 平民には教科書や制服も支給され、通学に困らないように馬車も手配される。

 貴族は未来ある若者のためにこぞって寄付金を収めるため、上手に運営されているようだ。


「大きい」

 学園の入り口には大きすぎる門と、たくさんの建物、広大な敷地にリリアーナは圧倒された。


「ははっ、迷子にならないようにね。リリアーナ」

 ウィンチェスタ家の馬車に乗り、後見者であるウィンチェスタ侯爵と共に初登校したリリアーナはすでにキョロキョロと落ち着きがない。

 これから講堂で入学式が行われる。


「エドワードは今日から授業だね。ノアールは入学式の準備のために先に行ったよ」

 兄エドワードは中等科騎士コース3年になった。

 ノア先生は博士科1年だ。スーパーエリート確定。かっこよすぎる。


 講堂の入口にある掲示板でクラスを確認し、クラスごとに座るらしい。

 この辺りの制度は前世とあまり変わらないのでほっとする。


 1クラス40人。6クラス。

 特に学力で分けたり、身分で分けたりはないそうだ。

 おとうさまにこっそり王子が何組か見てもらった。

 リリアーナはF組、王子はA組だったので、普段は会うこともないだろう。一安心だ。


「さぁ、リリアーナ。入ろうか」

 ウィンチェスタ侯爵が優しく微笑んだ。


「はい。おとうさま」

 リリアーナもつられて微笑み返した。


 事前に言われていた通り、制服の子は平民の子だけだった。

 貴族の女の子は、それはそれは豪華なドレスに身を包み、髪型もリボンや飾りがモリモリですごい。

 講堂の椅子が狭そうだ。

 貴族の男の子も、いいもの着ているのだろうな~と明らかにわかるような生地。

 すごいな貴族って。


 講堂の廊下をウィンチェスタ侯爵と歩くと、なぜか周りが避けていく。

 壁際に立ってお辞儀をしている人もいる。


 ……あれ?


 リリアーナはウィンチェスタ侯爵を見上げた。


「前を見て歩かないと危ないよ、リリアーナ」

 注意されてしまったが、また前を見ると人が避けていく。


『挨拶もダメ、お辞儀をして先に通ってもらう』

 急にエドワードとノアールから教わった学園のルールを思い出した。


 お辞儀をして先に通ってもらう!

 お辞儀をされて先に通されている!


「お、お、お、おとうさ……ま……」

 急にウィンチェスタ侯爵家が怖くなった。


 もしかして、ウィンチェスタ侯爵家って結構、いやかなり上の方ですか……!?

 声に出せなかったリリアーナの疑問を察したウィンチェスタ侯爵は緑の眼を細めて微笑む。


「あれ? 言っていなかったかな? ウィンチェスタ侯爵家は公爵家の1つ下、侯爵だと1番上だよ」

 にっこりと笑顔で告げられた。


 ひぇぇぇぇ。

 ちゃんと教えてください、そんな重要なことは!

 だからクラスの掲示板も見やすかったのか。みんな急に消えたし。

 恐るべし! 身分!


 席は親子で座るようになっているため、おとうさまと隣同士だ。

 10歳だしね。

 保護者同伴で、平民の子も安心。

 私も安心。


「……そういえば、どうしてノア先生は制服なの?」

 よく考えれば変だ。

 貴族の男の子で制服を着ている子はいない。


「ははっ。気づいてしまったかい? それはね……」

「~~余計なことは言わないでください、父上」

 慌てて飛んできたノアールは少し息が荒い。

 リリアーナに気づき席へ近づいたところ、自分の話題で焦ったようだ。

 そんなに聞かれたくない理由なのだろうか。

 逆に聞きたくなってしまう。


 遠くできゃぁきゃぁ、女の子の声が聞こえる。


「ふふっ、相変わらずモテるねぇ」

 ウィンチェスタ侯爵がにやりと笑った。


「リリーの前で変なことを言わないでください」

 少しだけズレた眼鏡を直しながらノアールが言う。


 あー、あー。なるほど。

 目立たないように平民の格好を。

 制服であれば他の学年や知らない人からは平民だからと相手にされない。


 でも、その綺麗な緑髪と賢そうな眼鏡では、平民とは思われません!


 ふふふふっ。

 目立つのにそんな変なところだけ気を付けるなんて。


「おやおや、お姫様はご機嫌だね」

 ウィンチェスタ侯爵が優しく微笑むと、こちらもマダムからの熱い声が聞こえた。


 あらら。おとうさまも人気者。


「では、リリー。またね」

 ノアールは先生に呼ばれたため、リリアーナに手を振って舞台へ戻っていく。

 その途中も、憧れのまなざしの女の子、ぽーっとしている子、壁に張り付く子、お辞儀をする子。みんな忙しい。


「リリアーナ、あの入口、見えるかい? 彼が第5王子だよ」

 ウィンチェスタ侯爵が小声でリリアーナに教えてくれる。


「……派手」

 あれなら見たらすぐわかる。うん。大丈夫。

 あの人に声をかけられたら、答えないといけない。

 あとの同級生はすべて無視でも構わない。

 ちゃんと教わったから大丈夫です!


「ふふっ、彼を見て『派手』で終わらせるのはリリアーナくらいだね。みんな彼とお近づきになりたくてソワソワしているよ」

 ほら、見てごらん。と見どころを教えてくれる。


 声をかけられるまで下の者から話しかけてはいけない。

 なるほど。素晴らしいルールだ。

 そうでなかったら、きっともう囲まれてアイドルのように悲惨な状態になっている。


「……身分って怖い」

 リリアーナは小声でぼそっとつぶやいた。

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