6 初めての出会い

 トパーズを造るのに夢中になっている間に、何時間経ったのだろうか?

 太陽は頭の真上に近づき、かまどの中では太い枝まで炭になっている。

「おーい! そんなところで何をしてるんだ?」

 行く当ても無いけどそろそろ出発しようかと思ってたタイミングで、いきなり声をかけられた。

 森の中の川に沿って、上流へと登ってきたのだろうか?

 水の流れが緩やかな弧を描いて木々の間に消えているところに、一頭の犬を連れた男が立っていた。


 厚手の布で出来た上下の服。丈夫そうな革製のベスト。

 ツタや雑草を切るのに良さそうな鉈を腰に下げている。

 肩に掛けているのは矢筒だろうか? 背中にはチラリと弓が見えていた。

「この近くに住んでる人ですか? すみません。特に行く当ても無くて、これからどうしようか考えてました」

 意識して大きな声を出して、こっちを睨んでる男に返事をする。

 言葉が通じたことで安心したのか、険しい表情が少しだけ緩んだ。


 服の上からでもわかる、がっちりした体格。

 彫りの深い目元。丁寧に切りそろえられた口髭と顎髭。

 見た目からはよくわからないが、三十代半ばといったところだろうか?

 どう見ても日本人には見えないけど……どうして言葉が通じるんだろう?

 魔法で召喚されるとこうなるのかな? それとも、夢に出てきたお姉さんがどうにかしてくれたのか……。


 考え事をしている間に、猟師風の男が近づいてきた。

 男の右手は犬の首輪に繋いであるリードをしっかり握っている。

 大きな耳をピンと立てている犬は茶色と黒のまだら模様の毛並みで、こっちを警戒しているようだ。

 犬も良いなぁ……。って、そんなことを考えてる場合じゃないか。

「お前……うちの村の人間じゃないよな? 獲物を追いかけてきた猟師にも見えないし。少し、話を聞かせてもらえるかい?」

「あっ、はい。僕も、わからないことだらけで……。よかったら、話を聞かせて下さい」


         ☆


 まずは自分の方から、ざっと状況を説明した。

 いつものように、自分の部屋で寝てた。

 夢に美しい女性が出てきて、召喚されたと教えてくれた。

 目が覚めた時には森の奥の広場に居て、川沿いに降りてきて、そこの洞窟で一夜を過ごした。


「話を聞いてもよくわからないが……。妖精にでも化かされたのかね?」

「もしかして、そうなのかも……」

 自分の部屋が、こことは違う世界だった話はしない方が良いかな?

 なんだか、信じてもらえないような気がするし……。

「ピーゥ! ピーゥピーゥ」

 上空から、トパーズの鳴き声が聞こえてくる。

 不思議に思って周囲を見回すと、猟師の男が現れたのと同じような位置に、今度は若い男が立っていた。

「親方! 西の方を見てきました、けど……。その人は……?」

「ちょうど良いところに来た。お前もこっちに来て、一緒に話を聞け」

 年の頃は十代半ばぐらいだろうか?

 先に来た猟師と比べると全体的に線が細く、髭らしい髭も生えてない。

 山を歩く時のお約束なのか、後から来た若い男も犬を連れていた。


「そう言えば、まだ名前を言ってなかったな。俺の名前はカルロ。今来た若いのがマルコ。ここから山を少し下りたところにある、ベレス村の猟師だ」

「はじめまして。えっと……僕の名前は創多そうたです」

 いまさらだけど、ちゃんと挨拶をしながら二人と順番に握手をする。

 大きな手。太くてゴツゴツした指。

 カルロと名乗った年長の猟師はもちろん、マルコという名前の若い男も、僕よりずっと力がありそうだ。

「マルコです。もしかしてあなたは……魔法使いソーサーラーですか?」

「ええっ⁉ いや、違いますけど。どうして……」

「森の奥で猫を見るなんて珍しいから。小さい頃、魔法使いソーサーラーは猫やカラスを使い魔にするって、本で読んだのを思いだしたんですけど……違うんですか」

 魔法使いソーサーラーじゃないって聞いて、マルコは残念そうな表情を浮かべている。

 自分が話題になっていても気にならないのか、相変わらずルビィは大きな石の上でのんびりしていた。

「さっきは鷲と仲良くしてたよな? それじゃあ、野獣使いビーストテイマーってことか?」

「それは……うーん……。もしかして、野獣使いビーストテイマーなのかな? たぶん、違うと思うんだけど……」

 ルビィとトパーズは僕が粘土から造ったけど、どっちかというと家族みたいなもので。使ってるって感じは全く無くて、僕が助けてもらってるだけのような気がするけど……。


「ピーゥ‼ ピーゥピーゥ!」

 頭上から、鋭い鳴き声が聞こえてきた。

 少し前に聞こえたのよりもずっと大きく、緊張感が伝わってくる。

 日向ぼっこしていたルビィがすっと頭を上げ、森の奥を睨む。

 小鳥たちのさえずる声が、いつの間にか消えていた。

「親方、これは……?」

「イヤな予感がするな……。この季節、この辺りに出る獣なんて、鹿かいのししぐらいだったんだが。まさか……」

 独り言をつぶやくように喋りながらカルロは立ち上がり、矢筒を肩に掛けて弓を使う準備をしている。

 その間にマルコは、二匹の犬からリードを外していた。


 これってもしかして、何か来る? ここに居て大丈夫なの?

 森の奥とか川の下流とか、逃げた方が良いような気がするけど……。ベテランっぽい猟師が準備をしてるってことは、ここで戦う方が良いのかな?

 これがゲームだったら、モンスターとエンカウントしてバトルするなんて普通だけど、リアルでやるのはちょっと……。

「ふにゃあぁぁ〜……」

 辺りに漂う緊張感を粉々にするように、ルビィが大きなあくびをした。

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