2 初めての山歩き

 広さは十メートル四方ぐらいだろうか?

 深い森の奥に出来たちょっとしたスペース。

 木々の隙間からは遠くに、雪を被った高い山々が見えている。

 どこかに通じる道が隠れてないか、ぐるっと回って確認していると、水の流れる音に気が付いた。

「とりあえず、こっちに行ってみようか?」

「にゃー!」

 革製のリュックを背負い、森の中へと入っていく。

 何層にも重なっている落ち葉へと足が沈む感覚。

 背の高い草。木にまとわりついているツタ。

「おじいちゃんの家の裏山もこんな感じだったけど……。あっちの方が歩きやすかったのは、少しでも人の手が入ってたから、かな?」

 落ちていた枯れ枝の中から太さも長さも良い感じの物を拾い、邪魔になる草をかき分けながら進む。

 森の中でも平気なのか、ルビィは少し前を進んだり、足を止めて周囲を見回したりしている。

 緩やかな斜面をゆっくり降りていくと、徐々に水音が大きくなってきた。

「これは、小川というか……沢かな? あっ、ルビィ」

「にゃー!」

 ゴロゴロ転がってる丸みを帯びた石。石や地面に貼り付いている苔。

 木々の間を抜けると、幅が五十センチほどの沢を勢いよく水が流れていた。

 ちょうど喉が渇いていたのか、勢いよく飛び出したルビィが石の上から身をかがめ、流れる水をペロペロ舐めている。

 飲んでも大丈夫そうだし、僕も一口……。

「冷たっ! あー……。これって、雪解け水なのかな?」

 水をすくおうとして、あまりの冷たさに手を引っ込めてしまった。

 覚悟を決めて水を飲むと、冷たい感覚が体中に広がっていく。

 これが休日のピクニックだったら、何の問題も無かったんだけど……。


 ——ピーゥ! ピーゥピーゥ!

 しゃがみ込んだまま呆けていると、何かの鳴き声が聞こえてくる。

 思わず空を見上げると、翼を広げて飛んでいく、大きな鳥が目に入った。

「鷹……いや、鷲かな? 鳥もかっこいいなぁ……」

「みゃあっ! みゃー!」

「えっ⁉ あっ、そうだね。そろそろ先に進もうか」

 足元で、何故かルビィが僕の顔を睨んでいた。

 いや、別に、悪いことをしてた訳じゃ無いんだけど……。


 上流に向かうと、あの雪山に行くことになるような気がしたので、ここからは流れに沿って下流に向かうことにした。

 苔にまみれた石を避けて、沢から少し離れたところを慎重に歩く。

 ときどき、森の奥から鳥の鳴き声が聞こえてくる。

 僕は一度も見たことがないけど、おじいちゃんの家の裏山にはイノシシが住んでるって言ってたっけ。

 なんとなく雰囲気が似てるし、森の奥からいきなりイノシシが出てきてもおかしくない?

 あとは、ありえるとしたら……リスとか鹿とか? でも、ゲームだったらモンスターが出てきてもおかしくないし。心配してたらキリがないかな。


「にゃあっ!」

「どうした? ルビィ。って……滝になってるのか」

 体感で一時間ほど歩いたところで、前を進んでいたルビィが足を止めた。

 その辺りから川の流れが勢いを増し、少し先で滝になってるらしい。

「ここを降りるのは無茶みたいだし、森に入って遠回りしようか?」

「にゃっ! にゃあー」

 白くて長い二本の尻尾がゆらゆら揺れる。

 よっぽど山歩きに自信があるのか、それとも保護者気分なのか。当たり前のようにルビィは僕の前を歩き、川岸を逸れて森に入っていく。

 完全に言葉が通じてるような気がするけど……。いまさら、そこを気にしても仕方がないか。

 僕が造った、えっと……ペット? オトモ? 相棒? なんて呼べばいいのかわからないけど、とにかく家族みたいなものだ。

 ちゃんと、最後まで面倒を見ないとね。……今は、僕の方が面倒見てもらってる気もするけど。


「にゃあー! にゃーにゃー」

「その、尻尾みたいな形は……ワラビかな? こっちはふきのとう? どっちも食べられる草だよね」

 尻尾のような形をした緑の草。

 小さなブロッコリーのような形をした黄色い芽。

 落ち葉の間から顔を出しているネギのような植物。

 ルビィは山菜らしき植物の前で足を止め、こっちに視線を送ってくる。

「食べられる草を教えてくれるの? それとも、お腹が減っただけかな? どっちにしても、そろそろご飯にしようか」

「にゃー」

 正確な時間はわからないけど、お昼過ぎのような気がする。

 もしかして……お腹が減ってないか、心配してくれてる?

 リュックから小さな鍋を出して、山菜を採集しながら斜面を下る。

 滝の周りをぐるっと回って、僕たちはちょっとした広場に着いた。

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