50 蛇剣衆頭領堂島豊 六

 豊は酷く絶望的な気分であった。

 眼下に広がる光景は、正に地獄としか言いようがない。湧き出た黒蛇が一瞬にして村を蹂躙してしまったのだ。

 遠く離れた光景故に村人たちの様子は見えない。しかしどうなったのかを想像するのは難しくなかった。あの様子では生き残りがいるとは思えない。おそらくは全滅しているに違いない。それは父も母も同様なのだろう。

 いつの間にかビワが施した蛇睨みは解除されていた。体はわなわなと震えが止まらず、そのまま膝から崩れ落ちた。

 知らず知らずの内に涙が溢れて落ちて、土を濡らしている。ふと豊の視界に入った玲もまた、同じように項垂れていた。

 儀式は正しかった。連綿と続けられていたのは理由があった。五十年に一度という間隔は、犠牲を最小限にするために設定された数字なのだった。儀式に反対すれば厳しい罰が下されるのも当然だ。何しろ復活した黒蛇は、あまりにも圧倒的なのだから。

 そうして、これを選んだのは紛れもなく豊であった。人一人と引き換えに多数を犠牲にする。豊はそのことを軽く考えていたことを自覚せざる得なかった。正に目の前で行われた結果が、そのことを如実に突きつけている。

 しかもこれはまだ始まりに過ぎない。解き放たれた黒蛇がこれから被害を拡大していくのだ。

 ふと気づけば、黒蛇の頭が目前にあった。

 大人の男性を三人程度なら軽く一呑みに出来そうなほど大きな頭部だ。金色に輝く巨大な瞳が、ぎょろりと豊たちを観察している。

「貴様らだな。忌々しい血の呪縛から我を解き放ったのは」

 大きく口を開けて発せられた声は、地面を震わせるほど低く重い。

 もう終わりだ、と豊は思った。ここで死ぬ。だがせめて、玲を助けなければ儀式を中止にさせた意味がない。

 豊はがくがくと震える膝に力を入れて、よろめきながら立ち上がった。

「そうでございます。黒蛇ジャジャ様」

 しかし返答が背後から聞こえた。目をやれば、ビワである。

「貴様は?」

「しがない琵琶法師でございます」

「貴様らには感謝している。おかげで助かった。命ばかりは助けても良いが、そこの娘には死んでもらう」

 瞬間、豊の体が動いた。玲の前に立って、黒蛇を睨みつける。

「……なぜでございますか?」

 ビワは冷ややかな目で豊を一瞥すると、黒蛇に視線を戻した。

「あの忌まわしい血の呪縛を施した一族の末裔だからだ。そやつらだけは許しておけぬ。そこをのけ、小僧。のかぬのなら、貴様諸共食らうことになる。折角命を助けてやろうと言うのだ。粗末にするな」

 しかし、尚も豊は退かない。

 そんな彼の前に、今度は玲が立ち塞がった。

「……私が死ねば豊は助けてくれるんですね」

 玲の声は震えていた。そればかりか体も震えている。今にも倒れそうなほどふらついていた。それでも彼女は一心不乱に訴える。

「死ぬのは私だけで構いません。どうか、豊だけは」

「玲!」

 思わず豊は叫んでいた。

 顔だけで後ろを向いた玲は、

「ごめんね」

 と呟く。

 黒蛇の目が細まった。口から先端が割れた舌が伸びて、舌舐めずりを行う。唾液で濡れて、てらてらと光っている。

「……提案がございます、ジャジャ様」

 そう言ったのはビワであった。


 ジャジャはビワの提案を最後まで聞き遂げた。

「しかり。神には巫女が必要不可欠。そこの小娘は見るだに反吐が出るが、巫女の資格としては十分。貴様の言うことは至極もっともであろう」

「加えてこの二人はお互いに想い合っております。分かたれることを嫌うでしょう」

「我を恨んでいるであろうこの娘にとって我の側にいることは大変な屈辱であろうな。だが人の身では短き生しか送れぬ。それではつまらぬ。……娘、それからそこの小僧、前に出ろ」

 呼ばれた二人はびくりと肩を震わせ、互いの顔を見合わせてから青ざめた顔で前に出た。

 ジャジャは大きく口を開ける。巨大で鋭い牙が生えそろっており、半濁した涎が糸を引いた。口腔内は赤くてかり、喉を越えた奥は真っ暗闇で何も見通せない。

 その奥から、何かが這って現れた。視認できる距離に達した時、二人はますます怯えた様子になる。

 それは二匹の黒い蛇であった。ちょうど豊の腕ほどはある大きさのそれは、舌をちろりと伸ばして悠然と近づいてきた。

 豊と玲は思わず一歩下がった。

「逃げるな。逃げれば、どちらか一方を食う」

 ジャジャにそう言われれば逃げられない。

 黒い蛇は足元にまで寄ってきた。そうして足を伝って登ってくる。

 かちかちと歯を合わせながら、二人は知らず知らずの内に手を握り合った。

 蛇はやがて胴体を上り、首に達し、頭部が目前に迫っている。

「口を開けろ」

 ジャジャが命じるままに、二人は口を開けた。すると蛇は、口の中へ侵入してきたのである。

「うっ……」

「ごっ……」

 苦悶の声を上げる。

 喉元を強引に通ってくる気色の悪い感触に怖気が走った。無意識の内に空いている手で首元を掴む。けれどそれで止められるはずがなく、ずるずると蛇は体内へその身を進ませていく。

 時間をかけて、蛇は全身を入れることに成功した。

 二人はがくりと膝から崩れ落ちてうずくまる。口を大きく開けたまま、ひゅーひゅーと苦しそうな呼吸を繰り返していた。目は見開いて涙目になっており、口からは涎が垂れて、鼻水も顔を出す。手は首を抑えたままだ。

「……ふむ」

 ビワは口元に手を当てて神妙に肯く。

「さすがは玲。蛇が発する蛇気を己の神気で抑えておるな。生贄でなければ、才能ある巫女とし活躍できたろうに。しかし、問題は豊か」

 ちらりと豊を見る。彼は玲よりもよほど苦しそうだ。眼球が反転し白目を剥いていた。呼吸が一拍ごとに弱々しくなっていく。

「どうやら豊の方はジャジャ様の蛇気に耐えられない模様。儂が手助けをしてやっても?」

「脆弱な。ならば構わぬ。このまま死なれては我も困る」

「では」

 そうしてビワは豊の背中に手を当てた。すると掌に熱が発生し、そこからビワの気が豊の体内に流れ込んだ。

「気をしっかり持て、豊。このままでは死ぬぞ。そうなれば玲が一人でジャジャの側にいることなる。それで良いのか?」

 豊の途切れそうになっていた意識がつながった。目が再び反転し黒目が戻る。

「そうだ。耐えろ」


 冷水が沸騰するほどの時が経った

 豊と玲は血の気が失せた顔で荒く息を吐いている。びっしょりと汗を掻き、涙も涎も鼻水も流れるままにして、地面が濡れていた。

「立て」

 ジャジャは無情に命じる。

 よろけながら二人は立ち上がった。

「それは呪いだ」とジャジャは言う。「我が蛇気により二人は我に等しい生を得る。だが不老ではあるが不死ではない。首が飛べば死ぬ。我が死ねば死ぬ。互いの命が大事ならば我を守れ。言うことを聞く内は何もせぬ。だが我に歯向かうのであれば、己の大事な者が苦しむとしれ。……とはいえ、小僧。貴様の力はあまりに脆弱。我を守るには足りぬ。故に我が蛇気を与える。これより一月に一度、さらなる呪いをくれてやる。それで己を強化せよ」

 豊は力なく頷くしかなかった。圧倒的な存在を前にして、果たして人は何ができるのか。豊には分からない。ただ絶望して、言う通りにする他になかった。

「ジャジャ様」

 またもビワが口を挟む。

「なんだ?」

「神となる貴方様が与える力が呪いというのも味気ない。今より祝福と呼ぶのは如何か?」

「祝福……。そうか、祝福か。貴様は実に賢しいな。その案、採用しよう」

「ありがとうございまする」

「それでは暫し我は眠る。逃げても無駄ぞ。体内の蛇が我に教えてくれる」

 ジャジャはようやく満足したらしく、村があった窪みでとぐろを巻いて目を閉じた。

 豊はうなだれた。両膝と両手で地面をついた。そんな彼を見かねて、玲はしゃがんで背中を優しく撫でてやる。

「すまない……玲。こんな……こんなことに、なるなんて……」

「ううん」玲は首を振った。「豊だけのせいじゃないよ。私も最後には従ったんだから」

「けど……」

 さらに何か言おうとした豊を、玲は遮った。

「それよりも」そうして顔だけをビワに向けて睨みつける。「ビワさん。あなたは本当は何者なんですか? 盲目ではないんでしょう? それにただの琵琶法師ではないですよね」

 ビワは閉じていた目を開いた。

「ふっふっふ。いかにも、儂はただの琵琶法師ではない。遥か昔において、儂は果心居士と名乗り、その後も何度も名を変えて生きてきた。かつてはかの剣宮竜刀と戦ったこともある。そうして今は琵琶法師のビワ」

「け、剣宮竜刀と……」

 豊はうなだれたまま驚愕し、ビワへと視線を向けた。

「うむ。竜刀の話を出来たのはな、儂が実際に見ていたからじゃよ。ふっふっふ。だが、そうじゃな。その時の名は気に入っていた。今よりは再びそう名乗ろう。蛇辻蛇道。そう呼ぶが良い」

 老人は薄気味悪く笑っていた。

 何者かという答えにはなっていなかった。だが底知れぬ得体の知れなさを感じ取り、玲はこれ以上問うことができなかった。もしも知ろうとすれば、さらなる深淵に首を突っ込むことになる。そうなればどうなってしまうのか。想像すらできない。

 どちらにせよ、ジャジャに囚われた今では、蛇辻蛇道が化け物であってももはや関係がないのだ。

「では下に降りようか。生き残りがおるやも知れんからなあ」

 と、蛇辻は言った。




 豊たちは山を一歩一歩下っていく。けれど足は酷く重く感じ、進みは遅い。

 疲労もあるだろうが、それよりも恐怖が豊の足を重くさせた。村の生き残りがもしもいれば何を言われるか分からない。そもそもジャジャと敵対しているならば、戦わなければならないだろう。

 その心情を察してか、玲は豊の手を握って一緒に降りている。蛇辻は何も言わずに後ろからついてくる。

 三人とも言葉を交わさない。蛇辻はともかくとして、豊と玲も一言も喋る気力がなかった。

 しばらくすると、がさりと音を立てて男が一人現れた。

「お前ら、豊と……玲か。それと琵琶法師」

 豊は顔を上げた。

「……師範……?」

 彼は蛇剣術の師範である。名は牧田蔵之介。身を包む衣は所々破れ、逞ましい肉体は泥にまみれ、汗ばみ、傷が多々あった。右手で半ばに折れた刀を握っている。

「お前だな、豊。玲を連れ出したのは」

 恐ろしい剣幕で牧田は言った。

 思わず後ずさる豊。

「お前のせいで村は跡形もなくなったぞ。みんな死んだのだ。みんな。お前の親も含めてな」

 牧田は豊に詰め寄った。折れた刃を豊の首元に突きつける。

「どうしてくれようか? ええ? どうしてくれようか!?」

 激昂した牧田の目は血走っていた。

「お待ちください! 牧田様!」

 玲がその細身の体で牧田にしがみついて、豊から引き離そうとする。けれど、牧田はびくりとも動かない。

「……下がっていろ、玲。俺はこやつが許せぬ。許すわけにはいかぬのだ。お前の親も死んだのだぞ! こやつのせいでな!」

 牧田は怒りのまま折れた刀を振り上げた。

「やめて!」

 玲の必死の静止も意味をなさない。牧田はそのまま振り下ろした。

 鈍い音が響いた。見れば、蛇辻が何の変哲もない木の枝で、牧田の一撃を止めている。

「なっ」

 驚愕のあまり、牧田は一歩引き下がった。

 体は疲弊しており、刃は折れており、その上手加減もしてある一撃であったが、それでも彼は蛇剣術の師範だ。ただの老人に防がれるような一刀を放ったつもりは決してない。なのに、止められた。それもその辺で拾ったような木の枝で。

 牧田は信じられぬ思いで、わなわなと口を開いた。

「き、貴様……。琵琶法師、か? だが……ただの琵琶法師ではないな……。何者か?」

「儂は、蛇辻蛇道。ここはひとまず落ち着き、話を聞いてくださらぬか」

「話、だと」

「うむ。もしかしたら、黒蛇ジャジャを打倒できる方法があるやもしれぬ。しかしそのためには、豊が必要となる」

「な、に?」

 豊も玲も驚いて、蛇辻に注目する。

「とかく、刀を納めてくれぬか」

「く……。分かった。話を聞こう」

 牧田は、渋々ながらも折れた刀を鞘にしまった。

 胡乱げな玲の視線を受け流した蛇辻は、たっぷりと間を置いてから話し始めた。

「豊はジャジャより呪い、いや祝福を受け蛇気を手にした。それは今はまだ小さな力だが、これよりさらに祝福を受ければより強い力を手にすることになる。上手くいけばジャジャに匹敵するやもしれん。

 だが、それだけではまだ足りぬ。蛇剣術の師範であるお主はよく分かっているであろうが、豊は剣の腕がからきしだ。これでは折角の蛇気も上手く扱えん。そこで、お主が剣の手ほどきをしてやるが良い」

「……並の修行ではジャジャを斬れるとは思えん。奴の鱗は鉄よりも硬い。俺の刀が折れたのがその証拠だ」

「なに、心配するでない。幸いにも祝福の力によって不老となった。寿命で死ぬことはない」

「ジャジャを斬れるようになる前に、俺の寿命が切れる」

「ならばお主も祝福を受けるが良い」

「な!?」

 突拍子もない提案に、牧田の声が裏返った。豊も玲もあんぐりと口を開けている。

「利用できるものは何でも利用するべきだと言っているのだ。幸い奴が力をくれるというならば、遠慮なく貰えば良い。無論、奴を騙すために従い続ける必要があるがな。ジャジャはなり振り構わずにしなくとも、勝てるような相手なのか?」

「……くっ」牧田を頭を掻き毟った。「分かった……。お前の提案に乗ろう」


 一行が野宿する場所に選んだのは、みそぎをした泉の近くであった。

 牧田と豊が狩ってきた野兎を解体して、小分けにした肉を木の枝に刺した。そうして玲が起こした火で焼く。

 四人とも無言だ。玲と豊は寄り添うように座って、残り二人とは距離を置いている。焼き上がった兎の肉を豊は頬張ったが、味を感じなかった。塩がないため味気ないせいもあるだろう。だが理由はそれだけとは考え難かった。そんな豊のことを心配そうにしながら、玲は肉を食んだ。対して牧田は機嫌が悪そうにかぶりつき、蛇辻はもくもくと食べている。

 食事が終わると、言葉を交わさずに眠りにつく。豊と玲は隣りあって、牧田と蛇辻はやはり離れた場所で。みんな疲れていたせいもあって、目を瞑ればすぐに眠りに入った。

 ただ一人、玲だけは違っていた。みなが身動ぎ一つしなくなった頃、彼女だけが上半身を起こした。

 豊の寝顔を覗き込んだ。寝苦しそうに呻いている。悪い夢でも見ているのかも知れない。玲は悲しい眼差しを送って彼の頭を優しく撫でた。

 それから心苦しそうに立ち上がって、足音を立てずに歩き出した。

 目線の先には蛇辻蛇道が木に寄りかかって目を閉じている。

 近寄ると、その得体の知れない老人は目を開けて玲を見た。

「……眠れぬのか」

 と蛇辻は尋ねる。玲は首を振った。

「貴方に聞きたいことがあります」

「ならば、ここを離れようか」

「はい」

 そうして二人は泉の辺りで向かい合った。

 蛇辻は無表情に玲へ視線を送っている。

「あなたは一体何がしたいのですか?」

「……というと?」

「あなたはジャジャを復活させるのが目的でした。それはあなた自身が認めたことです。そうですね?」

「うむ」

「しかし、そうかと思えば、牧田様にジャジャを倒すための策を教えていました。一貫性があるようには思えません」

「あの場合、ああ言わなければあの男に豊が殺されていたぞ」

「ですが貴方は、力づくで止めることもできた。私たちに使った術を、牧田様にもかければ良いだけなのですから。ジャジャを助けるのなら、術をかけて牧田様を殺せばいいのです。しかし、そうはしなかった。それはなぜなのですか」

「言うたであろう? 豊を鍛えるためだ」

「その結果、ジャジャが殺されても?」

「そうなれば、お主も豊も死ぬぞ?」

「……私は構いません」

「じゃが、豊はどうであろうな?」

「それは……」一瞬玲は言い淀んだが、すぐに気を取り直して続ける。「いえ。私は豊を信じています」

「信じている、か。ふっふっふ。便利な言葉よのお?」

 玲は無言で返した。

「さて、儂が一体何をしたいのか、か。それを聞いてどうする? 豊のことが余程大事なようじゃな」

「豊を貴方の操り人形にさせる訳にはいきませんから」

「ふっふっふ。操り人形、か」

 瞬間、蛇辻は凄まじい怒気を放った。

「今ここで殺されないと踏んで儂に挑んだのだろうが、それは実に正しい」

 悪寒が背筋を走る。肌が泡立った。自身でも気づかぬ内に半歩下がっている。

 表情も、姿勢も蛇辻は何も変わらない。だが内から溢れ出ているそれは、余りにも邪悪で途方もつかない。

「ここでお主を殺すのは簡単だが、それではつまらぬ。しかしその小賢しい口で囀られるのも困る」

 恐怖のあまり戸惑う玲に蛇辻は一歩近寄った。

「蛇法術蛇睨み」

 そして、体が動かなくなった。

「……生贄としてではなく、巫女としての修行を行っていれば、あるいは抵抗できたやも知れぬのにの」

 さらに蛇辻は玲の間近にまで来た。左手を上げて、玲の顎を掴み、無理やりに口を開けた。

「その声、封じさせてもらう」

 蛇辻の口が開いた。

 喉の奥から、青緑色の蛇がぬるりと頭を出す。気色の悪い粘っこい液体でぬめっている。

 蛇縛りで動かなくなった玲の体であるが、目だけは動いて否応もなく蛇の動きを捕えて離さない。

 そうして蛇は、開いている玲の口の中へとぬるぬると侵入していく。

 本日二度目の蛇の侵入。だが慣れるわけがない。激しいおぞましさと嫌悪感が玲を襲う。

 蛇は体内に入っていくわけではないようだ。喉の奥で何やらもぞもぞと動いている。その感触が玲にも伝わって、強い嘔吐感が込み上がった。

 やがて蛇は口から出て、ずるずると蛇辻の中へ戻っていく。

 そうして蛇辻は蛇睨みを解いた。

 途端、玲はくずおれた。涙目になって、地面に向い、吐いた。それを蛇辻は冷えた目で見つめている。

 げえげえと吐き出した玲は、口元から垂れた胃液を拭うと立ち上がった。強く睨みつけ、何かを言おうと口を開けたが、ひゅーと空気だけが排出された。

 驚愕で目を見開いて、首元を押さえ、何度も声を出そうと試みる。しかし結果は何度やっても同じ。ひゅーひゅーと空気が漏れ出るだけ。

 蛇辻が言った通り、玲は声を封じられたのである。

 青ざめ、絶望に満ちた顔で蛇辻を見た。

 老人は蛇のように笑っていた。

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