滅びかけの極寒集落から始める世界最強の国作り ~暑苦しすぎて追放された炎魔法使いは極寒の地に希望の火を灯す~

鮫島ギザハ

第一章 炎と氷と新たな故郷

第一話 暑苦しい男


 冷たく暗い海の上に、一隻の船がぽつんと浮かぶ。

 風に揺られる帆は頼りなく、カンテラの灯りは弱々しい。

 寒空は分厚い雲に覆われて、甲板にはわずかな霜が張っていた。

 防寒具に身を包んだ船員たちの表情が暗いのも無理はない。


「おはようございまあああっす!!!」


 鬱々とした船上で、一人の男が海へ叫んだ。

 船員たちが片眉をつりあげる。


「あいつ、本当にあれで追放者なのか?」

「一時は賢者だったのが、永久凍土の流刑地に追放だろ? 狂ったのかもな」

「お前ら!」


 ひそひそと話す船員へ、その男は堂々と呼びかけた。


「そんな顔してんなよ! いくら海が冷たいからって、君たちの心が負けちゃおしまいだ! 朝ぐらい元気出していこうぜ!」

「……何なんだよ、こいつ?」

「さあな。でも、今夏の干ばつはこいつのせいなんだろ?」


 船員たちは彼を無視した。


「なんでも、炎魔法の才能がありすぎて……勝手に天気まで晴れに変わるらしい」

「そんなバカな」

「本当だ。こいつのせいで猛暑になって不作だった。じゃなきゃ追放なんかされないだろ?」

「……確かに、なんかアイツの居るあたりだけ霜が溶けてるような……」

「何だよさっきからひそひそと! 仕事はいいのか!?」


 男は遠慮なく船員たちとの距離を詰めた。


「……別に仕事も何もねえよ。この寒さじゃ、甲板も洗えないしな」

「よし! じゃあ、俺の過去を話してやるか! 代わりにお前らの過去を聞かせてくれよな!」

「は?」

「さっきから、俺の噂話をしてるんだろ? 噂なんかより、本人に聞いたほうが手っ取り早い! お前らのことも知りたいしな!」


 男はどっかり甲板に座りこむ。彼につられて、船員たちも円になって座った。


「よし! じゃあ、自己紹介からだ! 俺の名前は……」

「ソル・パインズ。炎の賢者だろ。名前ぐらいはみんな知ってる」

「……元賢者だけどな。いや、俺なんて全然賢くねえけど! 俺の親友に水魔法使いがいるんだけどな、俺たち二人は魔法学園で”お風呂”って呼ばれてたんだぜ」

「お風呂? なんだそりゃ」

「俺がいっつも成績下位で、友達がいっつもトップだったんだよ」

「ああ……下が熱くて、上が水……」

「くっだらねえな、あっはっはっ」


 船員たちは小さく笑った。

 ソルに促されて、皆がジョークを交えて自己紹介していく。

 いつのまにか、冷たかった空気はすっかり暖まっていた。


「さて、俺の過去だったよな? そう、あれは……俺の先祖の先祖の先祖が村の畑で農業をしていた昔々のこと……」

「過去すぎんだろ!」

「冗談だよ、冗談!」


 ソルは快活に笑い、改めて自分の過去を語った。


「俺は田舎の平民でさ。賢者になんかなっちゃったけど、元々は魔法の才能なんて無かったんだ。俺より何倍も才能のあるやつらを必死で追いかけてるうちに、気付けば遠くまで来てたんだよな」

「……なあ、あんたみたいな奴がどうして追放されたんだ?」

「聞きたいんなら、話すとするか! 少し長くなるけどな!」



- - -



 魔法学園卒業が近くなった頃、ソル・パインズはザクソン帝国の皇帝から訪問を受けた。

 周囲の気温を高めてしまうほどの炎魔法適正と、それに負けないぐらい暑苦しい性格はすっかり有名になっていて、それが皇帝の耳に入ったのだ。


 卒業後の春、彼は若くしてザクソン帝国の賢者に抜擢された。

 賢者という役職には、国全体に魔法的な影響を与える性質があり、ソルの暑苦しい性質が好影響を与えるのでは、という狙いだった。

 帝国内の辺境から賢者が出たことで、彼の故郷はお祭り騒ぎになったという。


 ……だが、彼が任命された直後から、運悪く猛暑と干ばつが続く。

 ソルのせいではない、ここ数年続いている異常気象の一貫だ、というのが宮廷魔術師たちの総意だったが、皇帝の意見は違った。


 任命から半年も経たない夏の日に、皇帝は彼を呼びつけて言った。


「ソル・パインズ。本日を持って、貴様をザクソン帝国から追放する」

「追放!? そんな、まだ仕事を始めたばかりなのに!? 俺が皆のために何が出来るのか、まだ試行錯誤をはじめたばかりで! それに、国全体で干ばつを起こせるほどの力なんて、俺には……!」

「黙れ! 追放で済ませるだけありがたいと思え! 貴様のせいで多くの作物が枯れたのだぞ! 食料の輸入にどれだけ金がかかるか分かっているのか!?」

「ですが、皇帝! あと一年! どうか、あと一年だけ俺にください! 一年後の成果をもって、俺の努力の結果を証明してみせます!」


 必死にすがりつくソルを、皇帝は蹴り飛ばした。


「暑苦しいわ、寄るな! 衛兵、こいつを捕らえろ!」


 ”皇帝への暴行”という罪状で、彼は牢屋に収監された。


「どうしてこうなったんだあああっ!?」


 落ち着かない様子で、彼は牢屋を右往左往している。

 時間と共に、その表情は険しくなった。 


「……俺なんかが賢者をやるのは、最初から無理だったのか?」


 学園での成績も良くなかった。魔法使いの血筋でもない。

 どちらかといえば頭より先に体を動かすタイプだ。


「みんな……応援してくれてたのに」


 懐から、くしゃくしゃになった寄せ書きを取り出す。

 ”賢者の給料で毎週焼き肉おごってくれよ!”

 ”本当に賢者になっちまうやつがあるかよ大バカ野郎、最高だ!”

 ”あなたには驚かされるばかりです”


 そして、師匠からのメッセージ。

 ”お前は最高の馬鹿弟子だった。次は最高の賢者になれ”

 希望にあふれる小さな寄せ書きを、暗くじめじめとした牢屋の中で見つめているうちに、彼はどうしようもなく辛い気持ちになった。


「俺には無理だったんだ……」

「やってみなければわからないでしょう?」


 糸のように細い目をした穏やかな男が、牢の外から声をかけた。


「……あなたが言っていた言葉です。私もその通りだと思いますよ」

「ローク!?」


 彼の親友であり、魔法学園を主席で卒業した水魔法使いのローク・G・ウンディノーは、一見すれば心に少しの揺らぎもない平穏な様子を保っている。

 だが、その顔の裏には怒りが隠れていた。

 ロークと付き合いの長いソルは、それを感じ取ることができた。


「あなたらしくもない。何回負けても、常に”次は勝つ”と叫んでみせるのがソル・パインズという男でしょう? だいたい、まだ一年も経っていないんですから……無理かどうか判断するには、まだ早すぎる段階でしたよ」

「でも、お前なら干ばつは解決できたんじゃないか?」

「それとこれとは別の問題です。近年の異常気象を考えれば、対処するべきは夏の猛暑だけではない。秋に台風が続くかもしれませんし、冬には異常な大雪が降るかもしれません。個人の能力より、人望ですよ。あなたが適任でした」


 ロークは深くため息をついた。


「皇帝に陳情はしますが……聞き入れるとは思えません。このままいけば、あなたは極北の果て〈スノードリフト〉へと追放されるでしょう」

「北の果て、か……」


 スノードリフト。雪の吹き溜まり。極北のボレアス大陸。

 様々な理由で帝国から追放された人間や亜人や人外が集まる場所でもある。

 火を起こすことすら難しい極寒の地で、追放者たちが寒さに震えているところを想像した瞬間、ソルの目に光が戻った。


(ロークの言ってた通りだ。やってみなければわからない……次は勝つ!)


「私から提案があります。追放の最中になんとか逃げて、他国へ亡命しましょう。帝国と仲の悪い国は多いですから、きっと庇ってくれる国も……」

「いや。俺はスノードリフトに行く!」

「はい!?」

「俺は炎の魔法使いだ! 寒さと飢えに苦しむ人が居るなら、助けに行かなくてどうする!? 他国に亡命して政治の道具になるより、俺は人助けを選ぶぞッ!」

「あなたという人は……」


 ロークは呆れて首を振ったが、その口元には笑みが浮かんでいた。


「分かりました。お互い、出来ることをやりましょう」

「ああ! この国はお前に任せるぞ、ローク! 北は俺に任せろっ!」



- - -



 そして時は流れ、現在。


「こうして俺は北の流刑地に追放されましたとさ、と。ま、そういうわけだ!」

「気の毒な話だよな……」

「やっぱり現国王って、噂通りの無能なんじゃ……?」

「あんまり暗い顔するなよ! 俺は覚悟を固めて来たんだ! それに、ロークは俺の後任の賢者になって、見事に干ばつへ対処したらしいしな! 万事順調だ!」

「なあ、どうしてそんなに明るい顔してられるんだ?」


 船員の一人が、ソルを見つめて言った。


「今からお前……防寒具がなきゃ一日持たないような極寒の地に置き去りなんだぞ?」

「……ああ」


 ほんの一瞬だけ、ソルの顔に不安が滲んだ。

 気温が低下するにつれて、彼の力は少しづつ失われている。


 ――人間の魔法使いは、必ず〈加護〉と呼ばれる力を宿している。

 ソルが持っているのは、当然、〈炎の加護〉だ。

 この加護のおかげで、彼は炎魔法を使えている。


 この加護の強さは、周辺の環境に左右される。

 周囲でマグマが煮えたぎっているような火山へ行けばソルの加護は最強格だが、極寒の大地へ放り込まれれば加護は大きく弱まることになる。


「怖くないわけじゃない。でも、そこに住んでる人は居るんだろ? 諦めなきゃ、きっと何とかなるさ!」


 不安を意志の力で覆い隠して、彼は言った。


「うおおおおおっ!!! 俺はやるぞおおおおっ!!!」


 そして、冷たい海へめがけて肺の底から叫んだ。

 彼はものすごーく暑苦しい男であった。




※ざまあ系小説じゃないです※

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