Ruin Curse【期間限定全公開】

まつのこ

第1話

 魔法が存在する世界、ヒトは魔法に生活の全てを頼っていた。


 そんな中、肩に剣を掛け、青い服を纏い、赤い瞳を持った金髪のエルという少女は魔法に頼らず己の力だけで生きていた。彼女の心は目的に向かって真っ直ぐで、強い力を秘めていた。


 その力は、今立っている断崖絶壁の先にある魔女の館へと彼女を導いた。


 エルの心では向かう気持ちは一切ない。けれども、気付けばそこに立っていた。


 今さら戻るつもりもなく、目の前の崖を自らの足でゆっくりと降りていく。ずるずると足を擦りながら下っていく。


 怖気づく様子もなく、エルは最深部へと到達した。近くで見る屋敷は思っていたよりも大きいようで、上から下まで何度か見ていた。


 何か怪しげな魔法が仕掛けられていないか、慎重になりながら一歩ずつ近付いていく。足音ですら聞き取れるか分からないくらい物音は一切ない。


 それでも、エルが近付いたことに反応したように入り口のドアが勝手に開く。一瞬驚いて立ち止まり、覚悟を決めて再び中へと入っていく。


 完全に中へ入ると、再びドアが閉じる。大きな音に反応して前方から視線を反らす。しかしドアが閉まった以外特に変化は見られず視線を戻す。


 すると、さっきまでいなかった女性が立っていた。うねった長い茶髪に、裾が床につきそうなくらい長いワンピースを纏った彼女は、ニコリと微笑んでエルを見つめていた。


「いらっしゃい。お待ちしておりました」


 エルへと近付いていき、すっと手を差し出す。


わたくしはアリスと申します。この屋敷の主です」


「……オレは、エルだ」


 差し出された手を握り返した。その声と、その手の感触から、アリスはエルが男性ではないことに気付いたようで、驚いた表情を見せる。


「まあ、女性でしたの。どうしてそのようなことを?」


「別に……。魔女様に話すことは何もない」


「ふふっ。魔女と呼ばれるのは久しぶりですわ。それに、剣士様も」


 エルの背中に掛けられている剣に視線を移す。


 魔女と呼ばれる人々は、全ての能力において優れていると言われている。そのせいか、見つめ合っただけで相手の思考を読み取るという噂まで流れていた。


 エルはそういった話はあまり信じていない方であったが、何かを感じたのか、剣を隠す素振りは見せないが視線を反らしてアリスの手をそっと振り払う。


「せっかくですので、こちらへどうぞ」


 アリスに先導されながら、目の前に広がる円弧を描く階段を上がっていく。ぐるりとしたその先には一直線に伸びる廊下があり、感覚が狂わされてしまいそうだ。途中には来客用と思わせる部屋のドアがあった。


 廊下を抜けると、一階に似た部屋に辿り着いた。しかし今度は階段は見当たらず、代わりにピアノが中央にぽつりと置かれている。


「驚きまして? 魔法で空間を圧縮しているのです」


 魔法、という単語が耳に入ると、エルの眉間に皺が寄った。


 しかしそんなことは全く気付かないアリスは、くるりと回りながらピアノへと向かう。鍵盤を露わにしながらそっと椅子に座り、鍵盤にそっと指を乗せる。


 それまで纏っていたアリスの空気が、別のものに変わっていく。エルの中に渦巻いていた苛立ちが一気になくなり、目の前の光景に注目している。


 ピアノの透き通った旋律が奏でられる。前奏が終わったところで今度はアリスの歌声が入っていく。


 彼女の声以外は不要なものと思わせるくらいに美しく、全てのものを惹き付けていた。


 しばらくはうっとりと聴いていたエルだったが、だんだんと意識が朦朧としていき、立っているのがやっとの状態になってしまった。


(魔女であることは間違いないようだ。歌で人々を洗脳しているのか……?)


「……ルさん、エルさん」


 ハッと自分の名前が聞こえた方を見ると、心配そうに見るアリスがいた。いつの間にか終わっていたようで、エルに近付いていた。


「どうかされました?」


「……いや、貴女の歌に聞き惚れていました」


 なんとか誤魔化しの効く嘘を述べ、なんとかその場をやりきった。


 しかし、エルの中には疑念が残ったままであった。


「もうすぐ夜ですわ。せっかくですので、お泊まりください。お部屋にご案内しますわ」


 アリスはエルを通り過ぎて来た方向へ戻っていく。


 二つ目のドアの前で立ち止まると、そこを開けてエルを通す。


「さあどうぞ。夕食の準備が整いましたらお呼びします」


「ありがとうございます」


 短くそれだけを述べ、そそくさとドアを閉じる。


 一人で手入れしたとは思えないくらい整えられており、たった今整え終わったように部屋は綺麗だった。


「夕食ができましたら、またお呼びしますわ。それまでごゆっくりどうぞ」


 それだけ残し、アリスはドアを閉じて去っていった。


 足音が完全に聞こえなくなると、エルは最初から決めていたようにつかつかと窓へと向かう。閉じられていたカーテンを開け、外を見る。山々に囲まれた緑色の景色は、傾いた太陽によってオレンジ色に照らされている。


(オレがこの屋敷に入ったときは、まだ陽が真上だったはずだ……。それだけ時間が経過していたのか……?)


 疑問を持ちながらも、エルはカーテンを元に戻した。大きなベッドの向かい側にあるゆったりとしたソファーに腰掛け、背負っていた剣を抱えながら見つめる。


 エルの剣は、これまでに何度も魔法を消し去っていた。彼女が旅をする目的は魔法を滅ぼすことであった。毛嫌いするものを滅ぼす、ただそれだけの旅であった。



 コンコン、ガチャッ──



 ドアをノックしてすぐにアリスは入ってきた。にこやかな笑顔でエルを見つめる。


「お待たせいたしました。ご案内しますわ」


 アリスに促されてエルは立ち上がり、後ろについて歩いていく。ピアノのある部屋とは反対の方向に歩いていき、階段も通り過ぎていく。


すぐ横の部屋に入る。そこには、巨大なガラスのテーブルと椅子が置かれており、部屋の雰囲気が他とは少し違っていた。


 一席だけ食器の置かれた場所があり、どうやらそこがエルの場所のようだ。特に何も言われないまま、エルは動き出してそこへと座る。


「今お食事をお持ちしますわ」


 そう言ってアリスは部屋を立ち去った。エルはただ一人、ぽつんと部屋で座っている。


 しかし、いくら待っても食事を持ってきてくれる気配はなかった。自らの空腹も限界になり、探しに行こうとエルは立ち上がる。


 一歩踏み出すと、突然全身の力が抜けて倒れ込んでしまった。


(な、なんだ……これは……)


 起き上がろうとしても、身体は言うことを聞かずに動けずにいる。次第にエルの意識が薄れていき、目が微睡んでいく。


 なんとか抗おうとしていたが、目を閉じている時間が長くなり、そのまま意識を失ってしまった。



 ***



 ピチャッと水が撥ねる音が部屋に響き渡る。エルが目を覚ましたときに耳にした音はそれであった。


 目を開けると薄暗い部屋に縛られて横たわっていた。実験施設のような雰囲気を醸し出しており、奥の方から青い光が薄っすらと見える。


 ほとんど全身を動かすことができないエルであるが、五感で確かめられることを可能な限り頭の中で整理している。


(気を失ってどこかへ連れて来られたようだな……。身体の感覚は戻っているが、縛られているのは……どうにかなりそうだな)


「あら、お目覚めのようね、エルさん」


 そこには白衣を纏い、今までとは雰囲気がガラリと変わったアリスが立っている。腕を組みながらエルを見下ろしている。


「何のつもりだ?」


「何って、儀式の生贄ですわ」


「そうやって今まで多くの人々を殺してきたってわけか」


「ええ。貴女も同じ末路を辿るのです」


 不気味な笑みを浮かべてエルに近付いていくアリス。しかし、エルはそれでも動じることなく、表情は変わらないでいた。


「あら、余裕みたいですね。そんな方初めてですわ」


「そうか……。残念だったな、オレに魔法を掛けないでいたことが仇となったな」


 エルは縛られていた鎖を解き、アリスの伸ばされた手を立ち上がって躱す。辺りを見渡し、細長い棒を見つけるとそこへ走っていく。


 呆気に取られていたアリスは一瞬動きが止まっており、再び動き出そうとしたときにはエルが棒を振り上げて近付いていた。


「なっ」


 その棒を避けようとアリスが魔法を使おうとした。しかし、それよりも早く棒はアリスの胸を突き破る。


 赤い血は吹き出していないが、薄桃色の粉を飛び散らせながらアリスは倒れていく。バタリと大きな音を立てながら完全に倒れると、一気に粉が飛び散って全身がなくなっていく。


 そう経たないうちに彼女は跡形もなく消え去ってしまった。主を失った館も同じように消えてなくなっていき、崖に囲まれた大地にはエルがただ一人立っているだけであった。


(さようなら、ディーヴァさん)


 遠くに落ちている剣を拾い上げ、肩に掛けてからエルは歩き出した。気付けば朝になっており、空は清々しいほどに澄んでいた。



 ***



「あ~あ、ディーヴァタイプ壊されちゃった。傑作だったのにな~」


「仕方ない、そのような運命なのだから。欲しいならまた造ればいい」


 黒いマントで全身を覆った少年と青年は、崖の上からエルがいた場所を眺めていた。


「そうだね。でも……」


 少年は目を閉じて深呼吸をする。再び目を開くと赤く変化し、禍々しいオーラを出しながら崖を崩していく。


「あいつは最後死んじゃうんじゃなかった?」


「それもそうだな」


 二人は不気味に笑いながら一瞬で消えていった。この地に残されたのは、壊された痕跡だけであった。

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