第230話 性懲りもない企み

 意外に思われるかもしれないが――


 エルフの族長こと現王のドスは元勇者のバーバルによく似ていた。ただし、外見の話ではない。それについてはさすがに比べるのも可哀そうなくらいに、ドスの方が優れている。こればかりは種が違うのだから仕方がない。


 では、いったい何が似通っているのかというと、傲岸不遜な性格だ。


 もっとも、バーバルはセロやモタと共に王都にやって来て、大神殿にて勇者に選定されてから聖剣によって狂わせられたわけだが、ドスはもとから相当に歪んでいた。


 そのことについてはドスがわざわざ『エルフ至上主義』を掲げて多種族と敵対していたことからもよく分かる。はてさて、それでは『エルフ至上主義』とは何なのかというと――人族、亜人族の中で、エルフこそが最長の寿命を誇り、総じて美しく、さらに強いことから、至高の種族であるというとても単純シンプルな主張だ。


 もちろん、エルフはドワーフと違って物作りに長けていないし、蜥蜴人リザードマンのように海中で生きられないし、あるいはハーフリングや獣人のようには他種族と協調して生活することも出来ない。また、長い寿命とはいっても、魔族のように不死性も持ち合わせてはいない……


 そもそもからして、エルフも、ダークエルフも、種族差はほとんどないので、エルフだけが特別などということは一切ない。


 言ってしまえば、外見も含めて素のステータスが高いくせして、そこに胡坐あぐらをかいて森の中に引きこもってしまったニートのような種族こそがエルフなわけだが……ドスがそのような偏った思想を掲げて種族をまとめ上げたのにも一応の理由はあった。


 かつてはエルフもその美しさから人族に買われて、奴隷となっていた時代があったのだ。


「これは……本当にひどい扱いだな」


 まだ若かったドスも、人族の王国や帝国などを旅して、奴隷にまで堕ちたエルフたちを実地で見聞して幾度も顔をしかめた。


「醜悪に過ぎる……吐き気を催しそうだ」


 とはいえ、これについては人族ばかりを責める謂れはない。


 人族にも善人や悪人がいるように、エルフにも当然、盗みや殺し、あるいはその外見の美しさから余計な犯罪を招く者たちが絶えなかったからだ。


 それにドスはエルフ種の中でも古代ハイエルフに継いで、高い血統を持って生まれたので、他者を家族か、使用人か、もしくはエルフ以外のどうでもいい者たちか――その三種にしか捉えることが出来ず、当然のことながらエルフに悪人がいるとは到底考えつかなかった。


 結果、ドスは人族の社会を見て回りながら、


「最早、吐き気を通り越して、滑稽ですらある。こんな奴らと我々エルフは交わらなくてはいけないのか」


 美しい光に我先にとたかる羽虫のように群がってくる人族を心底軽蔑するようになった。


 ドスの歓心を買う為なら人々は何でもしたし、それこそドスは女性たちを奴隷のように扱っては棄ててきた。こうしてドスは人族と交わって、一時の快楽に溺れながらも、一つの見解を持つに至った――それこそが『エルフ至上主義』だ。


 エルフの奴隷堕ちを許さず、いっそ他種族にも干渉しない生き方をドスは目指したわけだが……すぐに古代ハイエルフこと本物の・・・王族と衝突することになった。


 なぜなら、古代エルフたちはダークエルフとの種族統一を悲願としていたからだ。


 古の大戦時にはまだ生まれていなかったドスにとって、ダークエルフはただの敗者でしかなかった。それに人族の社会では、ダークエルフは『迷いの森』に住んで、魔族同然の怪しげな種として敬遠されていた。だから、ドスからすると、種族統一など理解しがたい考えだった。


 それに加えて、ドスの内心はさらに歪んでいった。そもそも、長寿で、美しく、強いという点において、ドスは古代エルフに届かなかったからだ。


 こうして、ドスの胸中で燻っていたひずみはついに決壊した。


「醜い価値観を持つ者など、一掃するべきではないか?」


 自分よりも至上の者がいることは許せない――


 自分よりも下の者がどうなろうが知ったことではない――畢竟、それは無関心に繋がった。


 ドスは自らがエルフの頂点になる為の計画を練った。人族の世界を見聞していた際に傀儡についてたまたま聞きかじったこともあって、悪魔のネビロスを地上に降ろし、兄のウーノも含めて皆殺しにしたわけだ。


 以前に吸血鬼の真祖カミラが褒めそやした通り、これでドスは自他ともに「亜人族の最高傑作」となったわけだが……


「ぐ、ぬぬぬぬ」


 ドスはセロたちを森の奥に先導しながら苦痛に顔を歪めていた。


 ついつい癇癪を起して、感情を上手くコントロール出来ずに土下座なぞしてしまったが……そんな自分が許せなかったし、さらにドスよりも強い存在がすぐ背後にいることも認めたくはなかった。


 しかも、どういう訳か共に土下座していたベリアルとネビロスが芸術点を求めてさらに美しい土下座を披露したものだから、これはいけないとばかりにドスも釣られて、木の枝につかまって新月面宙返り土下座までして、肝心のセロではなく、あろうことか隣国の竜姫ことラハブから、


「うむ。は気に入ったぞ。その放物線は栄光の架け橋だな」


 などと、褒められてちょっと良い気にもなってしまった……


 海竜ラハブと言えば、ドスによる勝手な地上世界の女性ランキングによって、真祖カミラ、有翼族の女王オキュペテーと並んで三大美女と謳われている人物だ。


 ドスが口説けばすぐに股を開くような下らない者たちとは違って、いつかは手に入れたい高嶺の花と認識していたわけだが……噂ではよりにもよって魔王セロに嫁いだと聞いていた。


 それだけにドスはすぐ後ろにいるセロが許せなかった。


 許せないならば――ドスにとってやることはすでに決まっていた。何せ、数百年前にも通った道だ。


 土下座させられた恨みも相まって、ドスは歪んだ顔に、いかにも器用に「くくく」と不遜な笑みも追加してみせる。


 このまま森の最奥、『エルフの丘』にまでセロ一行を招いてしまえばもうお終いだと、ドスはセロたちを抹殺する為の下劣な秘事を性懲りもなく企んでいたのだった。

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