第三章

北部争乱と島嶼国騒乱

第164話 宣戦布告

 東の魔族領こと第五魔王国を平定してから一か月ほどが過ぎた。


 今では奈落のあった神殿の地下遺跡群にもヤモリたちが住み着いて、何かあったらコウモリたちがすぐに知らせてくれることになっている。


 他にも第六魔王国からダークエルフの精鋭が数名、吸血鬼たちも若干名滞在して、また火の国からドワーフたちが地質調査などの為に大挙してやって来て、さらには負けじと王国からも騎士たちが駆り出されたわけだが、そのほとんどがヒトウスキー伯爵の陣頭指揮によってオアシスという名の秘湯調査に割かれたようだ。


 さすがに砂ばかりの場所では活躍の場がないイモリたちがその調査を手伝っていて、桶の中のイモリたちをお世話する井守騎士団なるものが新たに結成されたのだとか……いずれ女聖騎士キャトルに付いたヤモリのドゥーズミーユみたいに特殊進化する個体も出てくるかもしれない。


 ところで、ダークエルフはもともと迷いの森でも地下洞窟に住んでいた種族だから、どうやら砂上よりも地下遺跡にいる方がよほど楽なようで、早速生活スペースを広げる為にヤモリたちと地下の拡幅工事を始めている。


 その工事に地質調査中のドワーフたちも一枚噛んだことで、そのうち火の国と地下で繋がって、さらには第六魔王国にまで延伸する計画まで立ち上がって、もちろん人造人間エメスが悪乗りして、いずれは地下駆動機関車ちかてつなるものまで通すと言い出したこともあって、近い将来、砂風呂や岩盤浴ツアーが本格化するかもしれない……


「と、以上がこの一か月における第五魔王国こと、第六魔王国東領・・の状況です」


 魔王城二階の食堂こと広間で、近衛長エークはセロに報告をした。


 もう夕方を過ぎていて、これから夕食というタイミングで、セロは主だった配下を集めていた。本来なら明日の午前中にでも玉座の間で行うべき報告を先に行わせた格好だ。


 もちろん、わざわざそんなことをしたのには理由があって……とにもかくにもセロはエークの報告に対して、いかにも魔王らしく、「ふむん」と一つだけ鷹揚に息をついてみせた。


「では、私からも報告がございます。お姉様、少しだけよろしいでしょうか」


 すると、外交官こと夢魔サキュバスのリリンが立ち上がった。どうやらセロにではなく、その横に座っているルーシーに伝えたいことがあったようだ。


「先日、その東領・・の遺跡群にて、ダークエルフによる地下拡幅工事の最中に、最深層にて死体の安置所が見つかったそうです」

「ほう。リリンよ。それはつまり、かつての戦争――アバドンを中心とした魔王側と、反魔族側とで戦った後でも、敵に回った兵士たちに敬意を持って、安らかに眠らせていたということか?」

「そういうことになりますね。敵ながら天晴れと言うべきでしょう」

「たしかにその通りだな」

「ところで、その最深層にあった死体置き場なのですが――」

「ずいぶんとひんやりとしていそうだな?」

「しかも、からっとして、程よく薄暗く、また当然ですがとても静かだとの報告も上がっています」


 そんな場所は当然の如く、吸血鬼たちにとっては絶好の棺置き場らしく、この瞬間、ルーシー、リリンや他の吸血鬼たちの間で『東の魔族領で永眠ツアー』なるものが立ち上がってしまった……


 そのうち温泉宿泊施設ならぬ永眠宿泊施設を作りたいものだなと、ルーシーが呟いていたのをセロは聞き逃さなかった。というか、永眠宿泊施設ってただの墓地なのでは……とは、セロもツッコミを入れずにおいた。今やセロとて棺で心地良く寝ている同好の士のようなものだ。


 とまれ、セロは一通りの報告を受けてから、


「それでは、この場にて今後の第六魔王国の方針を改めてまとめていきたいと思います」


 夕食も取らずに、そう高らかに告げると、


「はい!」


 ダークエルフの双子ことディンが元気よく手を上げた。


「例の『万魔節サウィン』までは、当国から大きく動き出すことはしないという方針だったのではないですか?」


 そんなディンの疑問も、もっともなことだ――


 東の魔族領を平定して戻って来て、泥竜ピュトンを拷問して仕入れた情報を考慮するに、しばらくの間は王国の出方を待つという話になった。


 そもそも、ルシファーから手渡された羊皮紙には日程など詳細は全く載っておらず、「いずれ使いの者を寄越します」とだけあったので、いつ、どこから、どういうふうに地下世界に行けばいいのか、さっぱり分からなかったのだ。


 要は、第三魔王こと邪竜ファフニールから詳細を聞かないことには話にならないというわけで、セロもため息混じりに、「不死者である魔族の気は長そうだから、百年ぐらい待たされるんじゃ……」と、思わず嘆いたほどだった。


 ここ最近、セロたちがやけにまったりと過ごして、砂風呂とか、地下鉄とか、永眠宿泊施設とか、新たな計画を次々に立ち上げていたのも、そういう事情があったからだ。


「つまり、流れが変わってきたというわけだな?」


 ディンの対面に座っていた、高潔の元勇者ノーブルが顎に手をやりながら発言した。


 どうやら魔核は順調に治っているらしく、ここ最近はドワーフ代表のオッタやモンクのパーンチと共に筋トレをして日々過ごしているらしい。


 ノーブル曰く、「いずれ魔核も鍛える」そうだが、そんなことが果たして出来るのかどうかはさすがにセロにも分からなかった……


 そんなディンやノーブルの問いかけに対して、外交官のリリンが立ったままで、セロや近衛長エークに代わって答えた。


「はい、そうです。事情が大きく変わりました。これもまた三点あります。まず、王国に神聖・・騎士団なるものが誕生しました」


 広間に集まっていた者たちは全員、眉をひそめた。


 それからしばらくして、殿騎士団と騎士団を足して、神聖騎士団になったのかと気づいて、「ああ、なるほど」と肯いた。そんな皆に対してリリンは続ける。


「ただし、この神聖騎士団は言ってしまえば、私たちにとっては敵に当たります。第二聖女クリーンを推している神殿騎士団、またモーレツの指揮下にある聖騎士団からあぶれた者たちが中心になって、大神殿の主教イービルによる革命派のもとで形成された騎士団になります」


 実のところ、この一か月ほどで王国の事情も随分と様変わりしている――


 現王が魔族に操られていたという背信行為が噂として広まって、それでも旧権力に従う王党派、そんな王の力を名目上のものにしようと企む改革派に分かれて、明確な派閥争いが起きていたのだ。


 王国民にとってはたまったものではない現状だが、そんな民衆はと言うと、意外にもどちらにも与せずに第三の道を模索し始めた。いわゆる聖女クリーンを中心とした統一派である。


 もちろん、王党派からは「それこそ背信行為ではないか」と揶揄され、改革派からは「げにも恐ろしい。ただの魔王派ではないか」と非難されていることからも分かる通り、この派閥は王党派と改革派を統一して、第六魔王国との同盟を強固にしていく姿勢を示している。


 当然、魔族と手を組むなど言語道断と、最初のうちは貴族たちも、「第二聖女クリーンは第六魔王国と共に魔王アバドンを退治して、ついに増長したか」と非難轟々だったわけだが……


 この統一派の核となっているのが、英雄ヘーロス、聖騎士団長モーレツに加えて、さらには武門貴族を代表してシュペル・ヴァンディス侯爵、旧門貴族を代表してヒトウスキー伯爵といった王国の重鎮もいて、しかも新たに立った第六魔王が光の司祭セロだったこともやっと知れ渡って、じわりじわりと勢力を拡大している最中だ。


「次に、そんな着実に力を付けている統一派に対抗して、神聖騎士団は早速一つの手柄を上げてきました」


 リリンはそう言って、広間にいる者たちをじっと見渡した。


「先に逮捕された元勇者バーバル――その手下に匿われていた王女プリムを奪還したとのことです」


 当然のことながら、その場にいた全員がしーんと白けた。


 奪還も何も、泥竜ピュトンの情報から、捕まった元勇者バーバルは偽物で、王女プリム自身も大神殿の暗部とでも言うべき集団にずっと匿われていたことを知っていたからだ。


「王女プリムはまだ公の場に姿を現していませんが、改革派の旗印となって、王党派に対して連合を呼びかけているようです。そもそも現王自身が王女になびいている状況ですから、これら二勢力がくっつくのも時間の問題でしょう」


 とはいえ、そんな報告に接しても、焦っている者など一人もいなかった。


 改革派の首魁は主教イービルではなく、実質的には王女プリムであって、天使とやらが受肉していることには注意が必要だが、何にしても第六魔王国からしてみれば大した脅威にはならない。


「最後に、これが一番重要な報告になりますが――」


 リリンはそこで言葉を切ってから、セロに続きを渡した。セロはこくりと肯いてから、広間に集まってくれた仲間たちを一人ずつ見てからはっきりとこう言った。


「南の魔族領こと第三魔王国、その魔王である邪竜ファフニールが当国に対して宣戦布告をした。竜たちはすでに西の魔族領を経由して、緩衝地帯の砦の上空まで来ているみたいだ」


 そう。事態はいきなり風雲急を告げていたのだ。



―――――


ルシファー「新しい魔王に《万魔節》の説明をお願いします」

ファフニール「よっしゃ。とりあえず新しい魔王を一発殴っておけばいいんだな」


といった、いかにも魔族的な流れではありません。結構ガチなカチコミです。詳しいことは次話から展開していきます。時間軸を少しずつ遡っていく形になりますのでご了承ください。

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