第76話 パーティーは出発する(聖女サイド:06)
聖女パーティーは朝早くから王都を出立して、すでに北の城塞都市までやって来ていた。
ここはまだ第六魔王国と接する最北の都市ではないが、王国北の大峡谷に位置する要塞があって、武門貴族の中でもヴァンディス侯爵家と肩を並べるムーホン伯爵家が治める街に当たる。
本来ならば王都から馬で飛ばして、三、四日はかかるところだが、魔王討伐に赴くパーティーということで、特別に各都市に設置された転送陣を順に使って、一人ずつ瞬時に移動することが許された。
その為、昼前に聖女パーティーは到着したわけだが、すでに複数の騎士団が駐屯していて、第六魔王国に出撃する準備が整えられていた。
おかげで街中がやけに物々しい……
基本的に北の魔族領にいる吸血鬼たちは寝てばかりでほとんど襲ってこないから、王国北部の街や村は穏やかでどこか牧歌的なのだが、今だけは市民もピリピリしていて、聖女パーティーも到着してすぐにそれを肌で感じ取った。
もっとも、ここでの聖女パーティー、とりわけ第二聖女クリーンと英雄ヘーロスの仕事は、魔王国に急いで赴くことではなく、むしろ各騎士団をなだめて留まらせることになった。
特に、武門貴族たちに顔がきくヘーロスは「第六魔王国へは先制攻撃をするのではなく、あくまで防衛に専念すべきだ」と滔々と語って、今も要塞内の一室で各騎士団の幹部相手に粘り強く説得を続けている――
「はあ、ヘーロスの旦那もよくやるぜ」
その様子にモンクのパーンチは呆れ顔をした。
すると、パーンチの隣に立って、部屋の壁に背をもたらせていたエルフの狙撃手トゥレスが珍しく長台詞で返してくる。
「私達が上げた第六魔王国に関する報告が彼らには伝わっていないように見える。上層部に情報操作している者がいるのではないか?」
そばにいた
この室内になぜか色濃く漂っている戦勝気分は、ジージに百年前の出来事を思い出させた――あのときも、なぜか高潔の勇者ノーブルが第五魔王こと奈落王アバドンを確実に討てるという前提で話が進められていった。王侯貴族はもちろんのこと、騎士も兵たちも、王国民でさえも、ノーブルの栄誉ある凱旋を一途に待ち望んだ。
だが、アバドン討伐はならず、その封印という結果を受けて、熱狂はいつしか冷淡に変じて、ノーブルの追放にまで繋がった。
その後、ジージは王族の魔術指南役となって、長らく王国の内部を探ってみたが、埃だけはやたらと叩けたものの、結局、真実にたどり着くことは出来なかった。
そんな埃塗れの真実が、今また怪奇の姿を取って現れ出てきているのかもしれない……
「やれやれ、お手上げだよ」
ヘーロスが両手を上げて、降参のポーズをしてパーンチたちに近寄ってきた。
「連中は早々に一戦交えるつもりだ」
「旦那よ。戦わせてやりゃあいいんだ。そうすりゃ騎士団の連中だって目も覚めるさ」
「無責任なことを言うな、パーンチよ。無駄死にさせることが俺たちの仕事じゃない」
ヘーロスが腕を組むと、女聖騎士のキャトルが急に歩みだした。
それから、つか、つか、と靴音を立てながら、騎士団幹部の方へとろくに挨拶もせずに近づいていく。
ヘーロスが慌てて、「おい、キャトル嬢。ちょっと待て。どうした?」と追いかけるも、キャトルは中央のテーブル上に一枚の羊皮紙を叩きつけた。
当然、騎士団幹部こと、武門貴族の重鎮たちは口々に、
「ヴァンディス侯爵家令嬢か?」
「何事だ? 乱心か?」
「たかが小娘一人で何をしに来た?」
「聖女パーティーに選ばれて慢心でもしたのか? それとも、恥ずかしげもなく親の威でも借りるつもりか?」
と罵ったが、その羊皮紙を見てギョっとした。
というのも、それは前夜のうち、万が一の為にと父シュペルが慌てて用意したものだったからだ。そこには急な出兵を取り止めるように指示が記されていて、さらには王印まで押されていた。
「父シュペルの代理として、皆様に伝令致します。王命です。このまま王都にご帰還ください」
「…………」
その瞬間、騎士団幹部たちは胡乱な目つきになった。
朝令暮改だと非難を口にする者はまだマシな方だった。中には王印の押された指示書を偽物だと決めつける輩までいた。おかげで室内は一気に喧騒に包まれた。
だが、その騒ぎを不審に感じた巴術士ジージが、まず『
「これだけの武門貴族たちが集まって、まさか
そんな巴術士ジージの一喝によって、騎士団幹部たちはしんとなった。同時に、幹部と肩を並べて着座していた第二聖女クリーンに対してジージは問いかける。
「クリーンよ。お主は
「いえ、ジージ様。私には分かりません。状況的にどこかおかしいとはずっと感じていましたが……何か仕掛けでもあったのでしょうか?」
「そうか。当代の聖女でも見抜けんとなると、此奴らを責めるのもちと可哀そうじゃな。ものはためしにクリーンよ。此奴らにかかっている『魅了』を解いてやってくれるか?」
その言葉で騎士団幹部たちは「はっ」となった。それぞれが胸の中央あたりを押さえて、自らにかかっている精神異常を落ち着いて
「たしかに!」
「いつの間に……こんな異常を?」
「この場にいる全員がかけられているということは――」
「まさか私の王女プリム様に対する片想いは……この魅了の効果だったというでも言うのか?」
直後、聖女クリーンが祝詞を謡って、魅了を解除する範囲法術をかけると、全員がすとんときれいに憑き物でも落ちたかのような表情になった。
もう意気揚々と、先制攻撃だの、急襲だのと、声を荒げる者もいない。
すると、巴術士ジージは「今、誰ぞ王女プリムの話をしたな?」と声をかけた。
「はい! 私です。ムーホン伯爵家長男のウラギルであります。いえ、王族を疑うようなことを軽々と口にしてしまい――」
「構わん。ここでは気にしなくていい。ということは、ここにいる全員が王女プリムの前に平伏して、宰相共々、出兵の命を頂いたということじゃな?」
「はい。その通りでありますが……」
巴術士ジージの疑問はすぐに騎士団幹部たちにも動揺として伝わった。つまり、王女プリムが全員に『魅了』をかけた可能性があるということだ。
これには彼ら以上に、王女プリムと親しい女聖騎士キャトルの方がよほど唖然とした。
「さて、王都にすぐにでも帰って問い詰めてやりたいところじゃが……」
巴術士ジージは英雄ヘーロスと目を合わせた。
「ジージ殿。いっそ、この策に乗ってやりますか? 何せ相手が相手です。こちらは下手な動きが取れません。確実に尻尾を捕まえる必要があります」
「ふむん。それもありじゃな。ただ、王都に兵が少なくなっている状況は気になる」
「騎士団の精鋭を秘密裏に戻すのも手でしょう。ただ、それについては俺たちの仕事ではありません」
英雄ヘーロスはそう言って、騎士団幹部たちを見渡した。それこそ彼らは『魅了』をかけられた落ち度を払拭するべく、互いに肯き合った。
「ならば、わしらはむしろ魔王国に急ぐとするか。相手の思惑を超えてやらねばならんじゃろうて」
「そうですね。ここまで邪魔されると、魔王セロに会うのがむしろ楽しみになってきましたよ」
「鬼が出るか、蛇が出るか。はてさて、やれやれじゃ」
巴術士ジージはそう言って頭を小さく横に振った。
こうして聖女パーティーはこの拠点の転送陣から最北の都市へと急いで向かったのだった。
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