第60話 それぞれの思惑(聖女サイド:02)
夕方になって園遊会も終わりが見えてきたが、帰る者はほとんどいなかった。
聖女パーティー結成の報に当てられたということもあるが、もともと辺境伯の領地は王都からずいぶんと離れているので、帰るのなら明朝にした方がいいと判断したのか、近い領地で暮らす貴族たち以外、ほとんどが残っていた。
そんな辺境伯邸の前庭では、夕日を浴びながら王女プリムが女聖騎士キャトルに他愛のない話をしていた――
「最近、社交界では婚約破棄が流行っているのよ」
「はあ」
「もしかしたら、この園遊会でも見られるかしらとドキドキしていたのだけど……」
キャトルは苦笑した。そんなことをする阿呆がいたら、すぐに社交界から追放されるだろう。というか、本当にそんなものが流行っているのだろうか……いや、おそらく王女プリムにからかわれているだけか……
と、キャトルが考えていると、王女プリムは急に顔を覗き込んできた。
「バーバル様がこの場にいらしてくれたら、キャトルにも婚約破棄を見せつけられたかもしれないのに。とても残念よね」
キャトルはつい、「ん!」と呻いた。
王女プリムはというと、天真爛漫な笑みを浮かべている。本気かどうかは分からないが、いつまで経っても変わらない方だなと、キャトルは頭を小さく横に振った――
王女プリムとは同い年ということもあって、小さな頃から何かと付き合いがあった。それこそ子供の頃は双子の姉妹のように王城でよく遊んだものだ。
もっとも、姉であるべき王女プリムはというと、人形姫と例えられるように無邪気な性格だったので、どちらかと言うとしっかり者のキャトルの方が姉らしく振舞う羽目になった。
そんな微笑ましい関係も、二人が十代前半になると次第に解消されていった。キャトルからすると、将来的には王女付きの近衛騎士にでも抜擢されるのではないかと考慮して、分相応に距離を置くようにしたわけだ。
ただ、それがかえっていけなかったのだろう。王女プリムはいまだキャトルに一方的に甘えがちで、キャトルが勇者パーティーの女聖騎士に選ばれたにもかかわらず、こうして大事な時期なのに園遊会に誘ってくる。
王女はその身分柄、何かと孤独になりがちだし、小さい頃に兄たる王子たちを
キャトルは「はあ」と一つだけ息をつくと、王女プリムときちんと向き合った。
「ところで、プリム様。バーバル様とは本当に婚約破棄をなさるおつもりなのですか?」
そんなふうに探りを入れると、王女プリムはどこか遠い目をした。
「私の一存では決められないわ。でも、バーバル様なら立ち直ってくださると信じております」
「では、蟄居が解かれるようにご助力なさるということでしょうか?」
「ふふ。それはちょっと勘弁してほしいわね」
王女プリムはそう答えると、「あら」と口もとに両手をやった。
「いけませんわ。最近、バーバル様の
「たしかによく耳にしましたね。もう聞けないかと思うと、ちょっとだけ寂しいですよ」
別に大して寂しくもなかったが、キャトルは王女プリムに話を合わせた。
おそらく婚約は保留で、そのまま徐々に関係も消失していくことだろう。王女プリムはバーバルにもっと熱を入れていると思っていたから、キャトルにとってはその冷静さがかえって意外だった。
何にしても、こうして熱狂を生んだ園遊会は静かに終わって、貴族たちが邸にあまりに残ってしまったので、夜には急遽、大広間で聖女パーティー結成の祝宴が行われることになった。
その会場にゲストとして入る直前、渡り廊下にて簡単な顔合わせも兼ねて、キャトル、英雄ヘーロスと巴術士ジージが揃った。
「…………」
が。
キャトルはすぐに無言で俯いてしまった。
相対してすぐに気づいたが、格があまりに違ったせいだ。
英雄ヘーロスはともかく、巴術士ジージに関してはキャトルが百人集まっても難なくいなされるイメージしか湧かなかった。だから、そんなふうに圧倒されていると、英雄ヘーロスが優しい口調で話しかけてきてくれた。
「キャトル嬢よ。これからはパーティーの後輩に当たるからな。指導の程をよろしく頼むぞ」
「そ、そんな……とんでもありません。現時点で、実力も実績もヘーロス様の方が断然上です」
「はは。そんなに謙遜してくれるな。キャトル嬢だって、なかなかやるだろう?」
「私は実戦の経験が足りていません。以前も足を引っ張ってばかりでした。セロ様というお手本がいらしたので何とかやって――」
というところで、急に巴術士ジージがキャトルの言葉を遮るようにして尋ねてきた。
「今、セロ、と言ったな?」
「ええと……はい。そうです。光の司祭セロ様です。どうかなさいましたか、ジージ様?」
「いや、俗世から離れたわしでもどこかで聞いた名前だなと思ってな……ああ、そうか。思い出したぞ。モタが言っておったのじゃ」
「モタをご存じなのですか?」
「ご存じも何も、あれはほんに不肖の弟子じゃよ」
「それでは、モタがどこに行ったかご存じでしょうか? この聖女パーティーに入っていなかったものですから少し心配なのです」
「それなのじゃ。せっかくその日暮らしを楽しんでいたら、モタがいなくなった責任を取れときたものだ」
巴術士ジージはそう言って、子供みたいに「ぷう」と両頬を膨らませてみせた。
なるほど。モタのお師匠様だなとキャトルは即座に実感した。もっと厳格なイメージだったが、あっという間に偏屈かつ子供っぽい奇人変人といった印象に変わった。
とはいえ、キャトルから見れば巴術士ジージは圧倒的な強者なので、ものはためしとここで素直に頭を下げてみた――
「ジージ様、もしよろしければ、私にもご指導頂けませんでしょうか」
「ふむん。魔術や法術を扱えるようには見えんが?」
「いえ、武術です。ジージ様の立ち居振る舞いから、相当な使い手なのだと分かります」
そこに英雄ヘーロスが割り込んでくる。
「そういうことなら、俺にも教えて頂きたいものだな」
「お前さんはもう十分強いじゃろう?」
「はは。嬉しいお言葉ですが、ジージ様に勝てる自信は全くありませんな。近接戦限定で百回やっても、一回でも勝てればいい方だ」
これにはキャトルも「それほどですか」と驚いた。
「あまり年寄りを虐めてくれるな。それにヘーロスだったか。お前さんからは高潔の勇者ノーブルと同じモノを感じる。誇っていいぞ」
「さすがはヘーロス様です」
「違う、違う。単に俺に指導したくないから、こうして持ち上げてくださっただけだ。本当にひどいお方だよ」
英雄ヘーロスはそう言って、「はあ」とわざとらしくため息をついた。
同時に英雄ヘーロスは思った――巴術士ジージには隙が全くない。さすがだ。これなら安心して背中を任せられる。だが、キャトルの方はまだまだだ。さすがに武門貴族の筆頭ヴァンディス侯爵家出身だけあって良いモノを持っているが、いまだ磨かれていない。
一方で、キャトルは思った――英雄ヘーロス様が気さくな方でよかった。これから良い所をたくさん吸収させてもらおう。それよりも巴術士ジージ様が凄まじい。このパーティーにいる間に是が非でも教えを乞いたい。というか、シュペルからは「よろしく頼むぞ」などと言われていたが、むしろ足手まといにならないように懸命に付いていかなくてはならない。
そして、何より巴術士ジージは底深い眼差しになった――キャトルはいい。未熟な若い女聖騎士だ。才能もあるし、素直な性格だから、これから幾らでも伸びていくことだろう。だが、英雄ヘーロスはどこか危うい。何かしら思惑を抱えている様子だ。そういう意味では、たしかに高潔の
「これも縁というしかないのかな」
巴術士ジージはぼやいた。そもそも、ジージは別にモタの逃亡の責任を取る為にこのパーティーに入ったわけではなかった。
御年百二十歳まで生きてもなお、どうしてもたどり着きたい真実があったのだ――百年前の勇者パーティーが冒険の最後に直面した事件。また、勇者ノーブルが第五魔王こと奈落王アバドンを倒さずに封印するしかなかった謎。何より、倒せずとも封印した功績があるにもかかわらず、肝心のノーブルだけが王国から追放されてしまった真相。
あのときは何もかもがおかしかった……
そして、そんな怪奇がいまだに王国の歯車を狂わせているように感じる……
このパーティーにあえて誘われてみたのは、天寿を全うするまでにそれら全てに決着をつけろという天啓のように巴術士ジージには感じられたせいだ。
「全く。モタめ。余計なことをしてくれたもんじゃわい」
巴術士ジージはそう言って、「やれやれ」と肩をすくめてから、新しく仲間となった二人と共に辺境伯邸の大広間へと入っていったのだった。
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