第47話 勇者としての自覚
トマト畑の畦道ではルーシーと、勇者バーバル、聖女クリーンが対峙していた。
ルーシーは「ふむ」といったん周囲に目をやると、
「ここでは畑に被害が出るかもしれないな。ちょっとだけどいてもらおうか」
そう言って、右手を前に伸ばして簡単な呪詞を囁いた。
直後、勇者バーバルと聖女クリーンは胸部のあたりに強力な圧を受けて、畑からずいぶんと離れたところに飛ばされていた。
ルーシーからすると、デコピンした程度の感覚だったが、バーバルも、クリーンも、それだけで四つん這いになって、喉や腹を押さえて何とか息を整えているといった有様だ……
ルーシーはそんな二人にゆっくりと近づきながら淡々と尋ねた。
「さて、エークと貴方たちの話し合いは聞こえていた。その上で改めて問いたい。貴方たちがここに来た理由はいったい何だ?」
聖女クリーンはすぐに祝詞を唱えて勇者バーバルも併せて回復すると、聖杖を支えにして立ち上がった。そして、ルーシーの質問に対して、本当のことはなるべく隠して答えることにした。
「
「先ほどだと? 黙れ。その話はドゥによってとうに嘘だと見破られている。同じことを繰り返すならば、ここですぐに殺す。また虚偽を混ぜていると判断したならば、やはり殺す。真実のみさっさと告げるがいい」
ルーシーに冷たく睨みつけられて、聖女クリーンはぞっとした。
魔族には『魔眼』があると言われているが、先ほどのダークエルフの少女のドゥと同様に、このルーシーも真偽を見分ける力でも有しているのかと、今度はクリーンも慎重に言葉を選ぼうとした。
が。
勇者バーバルはあけすけに言い放った。
「セロは魔族になったのか?」
聖女クリーンは勇者バーバルを罵ってやりたい気分だった。
あまりに単刀直入に過ぎる。まずはセロとルーシーの関係性を探るのが先決のはずだ……
だが、意外にもルーシーは素直に答えてくれた。
「ふむ。とうになったぞ」
「なるほど。その返事だけで十分だ」
勇者バーバルはそう応じると、聖剣を手に取って堂々とルーシーの前で抜いてみせた。
「俺はここにセロを討ちに来た!」
そのとたん、聖女クリーンは「きーっ」とアッシュブロンドの髪を掻きむしった。
自殺志願者なのかと。無駄死にしたいのかと。あるいはミジンコ並みの脳みそしか持ち合わせていないのかとも――いっそ聖杖で後頭部を殴りつけてやりたい気分だった。
もっとも、ルーシーは存外に面白がって、「ほう?」と勇者バーバルに視線をやった。
今ではルーシーも、冷めた目つきというより、むしろ壊してもよい玩具でも見つけたかのような眼差しになっている。どちらにしても虫けら程度にしか思われていないことに変わりはないのだが……
クリーンは「はあ」とため息をついてから、「お待ちください!」とルーシーに告げた。
「私たちはセロ様と話し合いに来ました。これは間違いありません。そして、セロ様には王国に戻っていただきたいと考えております」
これについても嘘は言っていない。
魔族であると分かった以上、解呪を目指して勇者パーティーへの復帰という線は断たれたわけだが、それでも王国にて正式に魔王認定して処刑するわけだから決して間違ってはいない。
すると、バーバルも「ふう」とため息をついてみせると、
「もうたくさんだ! ここまで
そう言ってから頭を横に振って、どこか遠くに視線をやった。
駆け出しの頃は別として、勇者バーバルの冒険は常勝だった。聖剣に選ばれてからは栄光と名誉に彩られていた。王女プリムの婚約者となって、いずれは王になることすら視座に入れていた――そう。いずれは人族の頂点に君臨するはずだったのだ。
だが、現実はどうだ?
トマト畑にいた
仲間からはトマト泥棒だと後ろ指を差された。ダークエルフのリーダーからは雑魚でも見るかのような屈辱的な眼差しを向けられた。
さらに今、目の前にいるルーシーに至っては、バーバルの全力をもってしても一切届くようには思えない。虫けらや雑魚を通り越して、玩具程度にしか見られていない。
勇者のはずなのに……
聖剣に選ばれた唯一の人族なのに……
いずれ王として頂点に立つはずの主人公だというのに……
なぜこうまで愚弄されなくてはいけないのかと、バーバルは情けなくも子供みたいに涙ぐんでいた。
そもそもバーバルはよく知っていた。勇者は負けてはいけないことを――邪竜ファフニールと真祖カミラを仲裁し、奈落王アバドンを封印したはずの憧れの勇者ノーブルでさえも、そのアバドンを倒せなかったという理由だけで追いやられた。
王侯貴族と民衆の熱狂は時として、悪意ある冷徹にあっという間に変じてしまう。
しかも、バーバルはすでに一度、最弱の魔王こと不死王リッチ如きに後れを取っている。最早、二度目の失敗は許されないのだ。
要は、バーバルは今、涙ながらに背水の陣の覚悟だった。
だからこそ、バーバルはこの場で聖女クリーンに固く誓ってみせた。
「昨日、お前は俺に訓練をしろと言ったな。いいだろう! どんな過酷なものでも受けてやろう。俺は絶対に強くなってみせる。そして――」
そこでいったん言葉を切ると、バーバルはルーシーに聖剣を突き出した。
「俺はいつか、この世界にとって最悪かつ災厄の
もちろん、ルーシーはすぐに「ん?」と首を傾げた。
そもそもルーシーは魔王ではないからだ。だが、何だか面白そうな話の流れになっているようだったのでいったん放っておいた。
その一方で、聖女クリーンは驚いていた。いっそ感動すらしたほどだ。
こんな真剣な勇者バーバルを見たことがなかった。死地にいて、まさに死を眼前にして、ついに勇者としての自覚に目覚めたのかと、いっそ目から鱗が落ちるような思いだった。
かつて惚れた弱みというわけではないが、クリーンは今のバーバルだったら何か成し遂げてくれるのではないかと淡い期待を抱いていた。今一度、この
ちなみに余談だが、ジゴロや詐欺師を好きになるダメ男ホイホイの女性は得てしてこういう自分だけは信じてあげたいという一途な心理になるらしいが、まあそれはともかくとして――
バーバルは涙で濡れたつぶらな目でクリーンをじっと見つめると、
「頼む。その為にも、俺にセロを討たせてくれ! 男にさせてほしい!」
そんなふうに嘆願した。
理屈などではない。それはただの情に過ぎなかった。
聖女クリーンは勇者バーバルにほだされて、熱く
ここに来る直前までは、セロを連れ帰って、王国内で魔王認定して処刑することで、バーバルに箔をつけさせ、聖騎士団の訓練にでも放り込むつもりでいた。だが、すでに本人がこれほどのやる気を見せているのだ。ならば、その目的はほとんど果たしたと言っていい。
あとは、セロの処遇だけだ。連れ帰るべきか。あるいはここで殺すか。
もちろん、王国内で処刑した方が良いパフォーマンスになるだろう。魔族は魔核を壊すと消失するから、玉座で討伐報告をするよりも、国民の前で死刑にした方がよほど支持を受ける。
クリーンはそこまで考え抜いて、バーバルに近づいてひそひそ声で言った。
「ここに来る前の話を覚えていますか?」
「どの話だ?」
「今晩、バーバル様に抱かれましょう」
「う、うむ」
「私が魔王ルーシーの足止めもいたします。ですから、なるべくセロ様を捕まえて来てください。お願いいたします」
「セロを捕まえろだと?」
「王国内で処刑して、バーバル様に箔を付ける為です。貴方様を思っての進言です」
それに対して、勇者バーバルは無言で返した。
聖女クリーンはその態度がやや気にはなったが、さすがにルーシーを前にして話し込む余裕もなかったので、すぐに祝詞を唱えて『聖防御陣』を発動した。そして、ルーシーを動けないようにと陣にて囲む。
「今です! 行ってください!」
直後、勇者バーバルは全力で駆けた。
もっとも、その顔には――いかにも女は容易いなといった卑屈な笑みが浮かんでいた。
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