第29話 国防会議(後編)
会議は踊る、されど進まず――
という言葉の通り、せっかく開いた国防会議だったのに、いつの間にか、その内容はトマトの品評会に移りつつあった。
テーブル上に晩食として供された真祖トマトに皆が舌鼓を打ちつつも、「もっと酸っぱい方がいい」とか、「熟した方が好きだな」とか、先ほどよりもよほど活発な意見交換がなされたわけだ。
セロとしてはトマト一品だけでなく、そろそろいい加減に調理したものを食べたかったので、良い機会だから皆にそのことを提案しようと思いついたが、そのとき、ふと、これってたしか国防会議だったはずだよな、と思い出して、ぶるんぶるんと頭を大きく横に振って何とか我に返った。
「というわけで、もう一度、国防について考えたいのです」
セロが高らかに宣言すると、
「国防ということならば、小生は提案したいことがあったのです」
セロは思わず、「おお!」と声を上げそうになった。
エメスは元第六魔王だ。セロよりもよほど魔王としての知識も経験も豊富なはずだ。それらをもとにきっと今の第六魔王国に適した提案をしてくれるに違いないと、セロは固唾を飲んだ。
「現第六魔王のセロ様に是非とも用兵の基本を思い出してほしいのです」
「用兵ですか……」
「はい。そもそも、攻撃とは最大の防御です」
「ん?」
セロはつい眉をひそめた。
「要は、相手が攻めてくる前に、こちらから攻め滅ぼせばいいだけなのです。
ダメだこの人造人間……
人族を守る為の理想の兵器だったはずなのに、最早根っからの魔族になっている……
セロは肩を落として、「そんなことじゃ、エメスを造った
「ええと、とりあえずこちらから攻めるという案はなしで。あくまで
セロがそう強調すると、意外なところから手が上がった。
ダークエルフの双子姉妹ことドゥとディンだ。より正確に言えば、ドゥの右手を持って、ディンが上げている。もっとも、当のドゥはというと死んだ魚みたいな目をしているけど……
「ええと、それでは……ドゥとディン両方ということでいいのかな?」
「はい。それでは提案させていただきます」
「……いただきます」
ドゥは何とかディンの言葉の語尾だけ重ねて言った。
「ご存じの通り、私たちダークエルフの住まう場所は『迷いの森』とも言われています。最長老のドルイドが封印をかけて、入ってきた者を迷わせるからです」
「……です」
がんばれ、ドゥ。ほとんど消え入りそうだぞ。セロは手に汗握った。
「ですから、この魔王城付近にも同じような封印を施してみては如何でしょうか?」
「……?」
ドゥは首を傾げるだけだった。
でも、よく頑張った。セロは頭を撫でてあげたかった。
とはいえ、ディンの提案はとても魅力的なものだ。というか、今回の国防会議で唯一まともなものだ。セロはその案が可能なのかと、ダークエルフのリーダーことエークに視線をやった。
「問題ございません。ドルイドに呼びかけてみましょう」
「じゃあ、この案は採用ということ――」
だが、セロの言葉を途中で切るようにして、エークは慌てて付け加えた。
「実は、ダークエルフの中でもドルイドというのはかなり変わった者でして……呼びかけても果たして森から出てきてくれるかどうか……」
すると、エメスが淡々と言った。
「森を焼き払いましょう。そうすれば確実に出てきます。
セロは即座に却下した。
というか、武闘派路線は止めて改心したんじゃなかったの?
何にしても、ドルイドに封印を頼むという案は一応、エークにお願いする方向で進めることになった。国防会議での初めての収穫だ。
「セロ様、
すると、人狼の執事ことアジーンが発言した。
「はい。どうぞ」
「手前たち人狼は人の姿でも戦えますが、巨狼の姿になることで強化されます」
そう言われて、セロは思い出した。
たしかにこの城のホールで最初に会ったときは巨狼だった。
「特に、月の満ち欠けが手前たちの
「へえ。そうだったんだ。それでアジーン、肝心の提案というのは?」
「実は、満月を作りたいのです」
「…………」
セロがいかにも訝しげな表情をしたせいか、アジーンは慌てて両手を振ってみせた。
「いえ。違います。正確には、満月のような丸い明かりを作りたいのです」
「丸い明かり?」
「はい。かつて手前どもの祖先はそういった明かりを宙に浮かべて代用することで自由に変身出来たようなのですが、年月を経て、人狼の数も減っていく中で、その技術も失われてしまったのです」
すると、エメスが淡々と言った。
「西の魔族領でも焼き払いましょう。墳丘墓を燃やせば宙にちょうど良い炎の円が上がることでしょう。
セロはまたもや却下した。
というか、焼き払う前提はそろそろ止めてほしいんだけど……
ちなみに人狼の失われた技術をエメスはちょうど知っていたらしい。『照明弾』といって、エメスが魔術で代替出来るそうだ。いずれアイテムとして作ってみるということだったので、その件についてはエメスに一任することにした。何にせよ、この国防会議で二つ目の収穫だ。
そんなタイミングでルーシーが、もぐ、もぐと、トマトをやっと食べ終えた。というか、さっきから一切の発言もせずにトマトしか食べていなかった。
「セロよ。よいか。
どうやらまだ食べ終えていなかったようだ……
口の中に食べ物を入れながら発言しちゃ駄目だよと、セロは思いつつも、ルーシーにその先を促した。
「魔王城の周囲を血塗れにしたい」
「…………」
セロは今日一番、白々とした表情となった。
「いや、待て。セロよ。何かを勘違いしているようだが、先日、セロも『
「ああ、そういえば、吸血鬼は血による多形術が得意だったんだよね。でも、さすがに僕としては景観を尊重したいんだけど……さすがに血塗れはねえ」
「血の水溜まり程度でいいのだ。要所に置いてくれると、妾としてはとても助かる」
ルーシーにそう言われたので、セロも検討したかったのだが、そもそもそれだけの血をどうやって用意すればいいのかとさすがに頭を悩ませた。
すると、エメスが淡々と言った。
「ここにいる何人かを切り払いましょう。そうすれば確実に血溜まりは出来ます。
セロは即座に却下――
――しかけて、ちらりとエークとアジーンに視線をやったら、何だかまんざらでもない表情を浮かべていた。この人たちの性癖は本当におかしい。頼むから致死量だけは止めてよね、とセロはエメスにお願いしておいた。
何にしても、この国防会議で三つ目の収穫だ。
ただ、どの案もすぐに出来るようなものではなかった。他に案も出てこなかったので、会議はいったんお開きとなったわけだが、セロは「はあ」と小さなため息をつくしかなかった。
勇者バーバルや聖女クリーンがすぐに動くかどうかは分からない。ただ、裏山に転送出来ることを考えると、バーバルのことだから考えなしに突っ込んでこないとも限らない。
セロやルーシーたちが相手ならいいが、今は『迷いの森』のダークエルフたちとも昵懇にしている。それに付き人のドゥやディンといった子供たちもいる。民間の亜人族に手を出すほどバーバルも落ちぶれてはいないと思うが、それでも幼馴染が短絡的なことをセロはよく知っている。
「本当に大丈夫かなあ……」
すると、ヤモリ、イモリやコウモリたちがセロのもとに一斉に集まってきた――
四六時中警戒しているし、数も多いから大丈夫だよ。と、皆のつぶらな瞳がそう言ってくれている気がした。
セロは笑みで返した。
それぞれのモンスターをさすさすと撫でてあげる。
「分かった。頼りにしているよ。だから、皆も何かあったら僕を頼ってくれよ」
「キュイ」
「キューイ」
「キュ、キュ」
こうして第六魔王国の第一回国防会議は今度こそ本当に幕を閉じたのだった。
もっとも、すぐにセロは痛感することになる――こんな会議をしなくとも、第六魔王国の防御は揺るがぬほどに強かったのだと。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます