第27話 パーティーは欠落する(勇者サイド:06)
王城の一室で魔女モタは不貞寝をしていた。
モンクのパーンチの手刀を受けて意識を失い、この部屋に運ばれてきてからというもの、一日中、ずっと横になったままで食事もろくに取っていない。
それに、目覚めてからは左手首のミサンガをずっといじり続けている。村を出たときにセロがくれたものだ――
冒険の幸運を祈って、かつてセロはバーバルとモタに手渡してくれた。もっとも、バーバルは前衛の戦闘職なのでどこかで切れてすぐに失くしたようだったが、モタは今もずっと大事にしていた。
「だって、友達から初めてもらったものだもん……」
モタはそう呟いて、昔を思い出した。
人族の村ではハーフリングは珍しかったので、モタはずっと遠ざけられてきた。
そんなときにセロたちがやって来て、モタの魔術の才能を見込んで冒険に誘ってくれた。駆け出しの冒険者パーティーだったが、幾多の困難を乗り越えて、今では王国の最高峰にまで上り詰め、第六魔王まで討伐するに至った。
「それなのに……セロだけいなくなっちゃうなんて……」
モタは「はあ」と深いため息をついた。
そのときだ。
ドアを乱雑にノックする音がした。勇者バーバルがわざわざモタの部屋にやって来たのだ。
「おい、モタよ。開けてくれ。話を聞いてくれないか?」
「何の用? 魔族領まで行って、セロを連れ戻してきてくれたの?」
ドア越しにモタが皮肉を返すと、「そんなことするわけないだろ」という勇者バーバルの文句がこぼれてきた。
その返事にモタはまたかちんときた。ドアを開けて杖で殴りつけてやろうかと思ったが、バーバルはひとまずドア越しに用件だけ伝えてきた。
「とにかくそのセロについて、これからパーティーで話し合うところなんだ。モタにも来てほしい」
「話し合いって……どうせバーバルのことだから、結論はもう出ているんでしょ?」
さすがに付き合いが長いので、勇者バーバルが他人の考えなど寄せ付けないことをモタはよく知っていた。
そもそも勇者パーティーでも、聖騎士キャトルは髪をいじってばかりだし、モンクのパーンチは戦うこと以外に興味がないし、エルフの狙撃手トゥレスはたまにしかアドバイスをしないしで、話し合いになったためしがないのだ。
だから、バーバルが決めたことに不満があった場合は、セロがなだめて、モタがすかして、といったふうにこれまでは何とかやってきた。そのセロがいなくなった以上、話し合いなど全くもって無意味だ。
実際に、バーバルはモタにこう言ってきた。
「まあ、そうだな。俺としてはもう結論が出ているよ」
「怒らないからそこで言ってよ」
「本当に怒るなよ?」
「うん。大丈夫」
「あのときモタは意識を失っていたから聞いていなかっただろうが、俺としてはやはり、セロの代わりに聖女クリーンを仲間にしたいと思っている」
その瞬間、モタはバンっとドアを蹴り開けた。
当然、ドアが勇者バーバルの額に思い切りぶつかって、「あ、いたた……」とバーバルがその場に
「この馬鹿! 阿呆! ド畜生! 大嫌いだ!」
「怒らないと言ったではないか!」
「もう知らない! 知りたくもない! もし追いかけてきたら、百日間うんこ出来ずに死ぬ魔術でもかけてやるからね!」
「…………」
本当にそんな魔術があるのかどうかは知らなかったが、モタが天才であることを考慮して、勇者バーバルはというと、身の危険を感じてずっと蹲り続けた。
一方で、モタは廊下をずんずんと進んでいった。
ハーフリングは小人の亜人族なので足幅は大きくないが、人族よりはずっと敏捷だ。
実際に、先日の不死王リッチ討伐戦でもモタは
「バーバルの馬鹿! 馬鹿! 馬鹿!」
もちろん、モタだって理解はしていた。
この怒りはバーバルに対するものだけじゃない……
むしろ、モタ自身に向けたものなのだと――「まあ、たしかに司祭なのに、かけられた呪いが解けないんじゃねー」などと、あのとき、なぜ、セロにひどいことを言ってしまったのか……
これまでだってセロが法術を使えないことについて本人をからかったことはあった。
セロがおどけてみせてくれたから、モタも罪悪感を持たずに済んだ。それなのに、あのときのセロは見ていられなかった。そもそも、あれが別れになると知っていたら、からかうような言葉を掛けるはずもなかった……
「セロに……きちんと謝りたい」
廊下の途中で立ち止まり、モタはそうこぼした。
同時に涙もこぼれてきた。やるせなくなった。情けなくなった。自分に向けて、「馬鹿、馬鹿、馬鹿、わたしの大馬鹿」と幾度も罵った。
モタは王城の窓からぼんやりと遠くに目をやった。
果たしてセロは今、どこにいるのだろうか……
まだ呪いに負けずに、無事に生きてくれているだろうか……
モタは左手首のミサンガをいじりながら、後悔の海に沈みかけていた。ミサンガをよく見たら、いじりすぎたのか、もう擦り切れそうだ。たしかミサンガが切れると願い事が叶うというが……
「出来たらセロに会い――」
――たいな、と願掛けしようとして、モタはふと口を閉じた。
どこかから認識阻害の為の呪詞が漂ってきたからだ。陽炎のように立ち上がり、もやのように流れてきて、モタの耳にこびりついてくる。
これは相当な魔術の実力がなければ見抜けないほどに高度な術式が使われている。だから、モタも一瞬で眉をひそめて、いったん『擬態』と『静音』を自身にかけた。何だかとても嫌な予感がする。
「――――」
耳をすますと、話し声が聞こえてきた。
ただ、認識阻害のせいでノイズが入ってよく分からない。
肝心の話し手が、男か、女か、年齢の当てさえもつかないほどだ。だから、危険ではあったが、モタは宙に漂う呪詞をたどって近づいてみることにした。
すると、廊下の角を曲がったところで、広間にある大きな柱の陰からひそひそ声がした。
「まさか不死王リッチ如きに負けるとはね」
そこには二人いるようだ。内容は聞き取れるが、口調がノイズのせいでどこか機械じみて平坦に感じられて、やはり性別などは分からない。
だが、その話題が勇者パーティーについてのものだったので、モタはさらに聞き耳を立てた。
「負けたのは、リッチに討伐情報を流したせいではないか?」
「勘弁してほしい。真祖カミラを倒せるほどのパーティーがたかだかリッチ程度に負けるなんて思う?」
モタは仰天した。
不死王リッチに情報を流したということは、魔族に加担する裏切り者がすぐそこにいるのだ。
「まあ、何にしても、不死王リッチには消えてもらおう」
「訳ありの死体の処理先として便利だから、まだ利用価値ぐらい残っているのでは?」
「いや、さすがにリッチはこちらの事情を知り過ぎている。なるべく早くに始末しておきたい」
「でも、勇者パーティーは不死将デュラハンにも手こずったぐらいなのに、リッチを本当に倒せると思う?」
「神殿の騎士団が付いて無理だったのだから、今度は聖騎士団でも動かせばいいだろう。そのぐらいは何かしら理由を付けてやってくれ」
「今の勇者にそこまで付き合ってくれるかな?」
「それなら、ちょうど名案がある――」
その先の言葉を聞き取って、モタは青ざめた。
誰がそんなことを言っているのかと、柱の陰から顔をのぞかせるも――
「うそ……」
正体を見て、モタは言葉を失った。
が。
タイミングが悪く、「ぐううう」という音が鳴った。モタの腹の音だ。朝から何も食べていないことが仇となってしまった。
「誰だ?」
直後、モタは駆け出した。
認識阻害の魔術を上書きして、モタ以外に兵士たちがいるように見せかける。
追ってくる相手があの二人ならハーフリングの敏捷性でこの場は何とか逃げ切れる。モタはそう見込んだ――
とはいえ、いったいどこに行く?
パーティーに戻って、このことを説明したとして果たして信用されるだろうか?
いっそ排除されるように仕向けられるのではないか? それにセロを追い出した仲間たちを本当に信じていいのものか?
モタは「うー」と唇を強く噛みしめると、上階の仲間がいる客間には向かわずに、王城の外に出るように中庭を走った。最悪、パーティーを抜けることも考えた。
次の瞬間だ。
中庭に出る渡り廊下で、モタは誰かとぶつかってしまった。
二人して「キャっ!」と、床に腰を打ちつけたが、
「ごめんなさい!」
モタはすぐに謝って、ぶつかった人に視線をやると――
そこには聖女クリーンがいた。クリーンはモタと同様にまだ尻餅をついたままだ。
「いったい、急に……どうしたのです?」
聖女クリーンは問い掛けてきたが、むしろモタはクリーンに飛びついた。
「教えて! セロはどこ? どこに転送したの?」
モタの剣幕に驚いて、聖女クリーンは北の魔族領の魔王城付近に飛ばしたことを素直に喋ってしまった。
それを聞いて、モタは「ありがと!」と言って立ち上がった。そして、クリーンに先ほどの件を話すべきかどうか、数瞬だけ悩んだものの、クリーンとて信用出来るかどうか分からないと思い至って、何も言わずに中庭から王城の出入り口の方へと全力で駆けていった。
もっとも、このときモタはまだ気づいていなかった。
大切にしていたミサンガを広間の柱の陰で落としてしまっていたことに――
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