勇者パーティーとの対峙

第26話 パーティーは停滞する(勇者サイド:05)

 ヴァンディス侯爵家は王国の武門貴族の筆頭に当たる名家だ。


 王国には幾つか騎士団があるが、その中でも最強の盾と謳われるのが聖騎士団で、そこに多くの人材を送り込み、前年までは当主シュペル・ヴァンディスも団長を務めていた。


 そのシュペルには目に入れても痛くない自慢の娘がいる――勇者パーティーに所属している女聖騎士キャトルだ。


 そのキャトルはというと、今、実家の応接間でシュペルと共に晩食を取っていた。


「そうか。大神殿の騎士団がしきりに噂を流していたが……勇者バーバルはそれほどに野心家で、他人の話を聞かない男か」


 シュペルはそう嘆いて、紙ナプキンで口もとを拭ってから、ワイングラスの足を持って傾けた。


 そばに控えていた執事がワインをわずかに注いだので、グラスを見て、匂いを嗅いで、それから少量だけ口に含んで舌の上で転がした。そして、「ふむ。悪くないな」と言って、執事にまた注がせた。


「そもそもお前は詳しくないだろうが、勇者が高潔であったことの方が珍しいのだ。直近だと……そうだな。せいぜい、百年前の勇者ノーブルぐらいか」

「しかしながら、お父様。お言葉ですが、勇者に求められるのは、王国民に安寧をもたらす資質です。それが欠けているようでは話になりません」

「ふん、いかにも若いな。清濁併せ呑めといつも教えているだろう? それに魔王たちの動きが鈍くなってからずいぶんと経つ。お前が言うように、今のうちに魔王討伐ではなく、勇者を中心にして国力を高めるべきだという考え方もよく分かる」

「それならば! なおさら仲間を追放し、神殿の騎士団と対立するような勇者は――」


 キャトルがナイフもスプーンも置かずにまくしたてたので、シュペルは片手でそれを黙らせた。


「魔族を信用しろというのか?」

「どういう意味でしょうか」

「国力の拡充を優先させるということは、魔王討伐が二の次になるということだ。必然的に魔族に対する牽制も疎かになる」

「魔族側に動きが少ない今だからこそ出来ることです」

「そこなのだよ、キャトル」


 そう言って、シュペルはワインを一気に飲み干した。


「本気で魔族に動きが少なくなったと考えているのか?」


 シュペルはそう尋ねると、底深い眼差しをキャトルに向けた。


 まるで現在でも魔族は活発に人族に干渉しているかのような言い方だった……


 キャトルはやや目を伏せた。魔族領での動きが目立たなくなったのはたしかだ。この百年など、第三魔王邪竜ファフニール、第六魔王真祖カミラと第七魔王不死王リッチで大陸上の勢力は均衡して大きな戦いは生じていない。


 では、いったい、どこでどのように干渉しているというのか――


 というところでキャトルは、「はっ」とした。


「まさか王国内に紛れ込んでいるとでも――」


 キャトルの言葉をシュペルは「しっ」と自らの唇に人差し指を当てて制した。


 そのことにキャトルは愕然とした。実家にいても警戒しないといけないのかと、呆然自失しかけたほどだ。


 なるほど。それならばまだ脂が乗っている年齢だというのに、父シュペルが聖騎士団長を辞して、わざわざ社交界に戻ってきた理由も肯けるというものだ。つまり、敵はすでに身内にいるということか。


「何にせよ、勇者バーバルは聖剣に選ばれたのだ。仲違い程度では弾劾は出来まい」

「くっ」

「それでも、現王にはそれとなく伝えておこう。どのみち勇者バーバルはプリム王女の婚約者なのだ。資質に本当に問題があるならば、多少は考え直す必要も出てくるだろう」

「はい。ありがとうございます」


 その言葉を引き出しただけで、今はキャトルも満足するしかなかった。


 それからしばらくの間は他愛のない話に終始して、キャトルは食事を終えて応接間から出ようとした。


 直後だ。シュペルが「そういえば――」と、急に話の角度を変えた。


「プリム王女といえば、園遊会の話が来ていたよ」

「しかしながら、お父様。私は勇者パーティーの聖騎士です。遊んでいる暇など――」

「言っただろう。どこに潜んでいるか分からないと。王家を守るのも侯爵家の務めだ。励みなさい」

「……畏まりました」


 キャトルは渋々と答えて退出した。


 気は進まなかったが、父シュペルが念まで押してきたのだから、園遊会は断れないだろう。しばらく勇者パーティーから離れることになるのは気掛かりだったし、子供の頃からドレスよりも鎧を着ることを好んだキャトルにとっては面倒事でしかなかった。


「それよりも……勇者バーバルにどう詰め寄るべきでしょうか」


 廊下を進みながら、なぜこれほどまでに勇者バーバルの素行に対して焦れているのかと、「ふう」と小さく息をついていったん足を止めた。


 もっとも、答えは明確だった――


 キャトルはセロに憧れていたのだ。


 いっそ、セロの振舞いの中に聖騎士としてのあるべき姿を見出していたほどだ。


 常に戦場全体を俯瞰して、冷静に守るべき者を見定める。時には前衛で勇者バーバルやモンクのパーンチの代わりに敵からの攻撃を受けもって、あるいは後衛にて狙撃手トゥレスや魔女モタの盾ともなる。


 要は、セロこそがキャトルにとって実戦での教科書だった。


 だから、そのセロが不在となった先の不死王リッチ討伐戦では、キャトルは自らの役割さえ見失いかけてしまった。魔女モタも守れず、不死将デュラハンに後れを取った始末だ。


 そもそもからして、本来は、聖騎士たるキャトルが受けるべきだったのだ――


 セロが真祖カミラから受けた『断末魔の叫び』を。


「本当に不甲斐ない」


 キャトルの心中ではセロへの申し訳なさがいつまで経っても消えなかった。


 勇者パーティーの中でも、一人だけ、何も出来ない未熟さを痛感して、忸怩たる思いを噛みしめながらキャトルは金髪をいじり続けた。その夜、同じくセロに共感していたモタに異変が起きていることなど露知らずに――

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