第一章
勇者パーティーからの追放
第1話 勇者パーティーを追放されました
「呪いにかかった司祭など、このパーティーの面汚しだ。さっさと出て行け!」
光の司祭セロは、勇者バーバルの一言でパーティーから追い出された。
第六魔王の討伐報告を王の御前にて行って、その祝宴が始まるまで王城の客間で待機していたときのことだ。無駄に広い客間には、バーバルの傲岸な声がよく響いた。
「出て行けって……そんな……」
勇者バーバルの罵倒に対して、セロは絶句した。
バーバルとは幼馴染だった。同じ村の出身で、冒険者見習いだった頃からずっと一緒にやってきた仲だ。
当時はまだバーバルが勇者に選ばれておらず、二人して手探りでモンスターを倒して地道に強くなってきた。バーバルが前衛で剣を振るって、セロは後衛でサポートに徹した。息もぴったりですぐに評判の冒険者となった。
そして、王都に拠点を移して、バーバルが聖剣に選ばれて勇者として認められた頃には、セロも大神殿から最も『賢者』に近いと評されるまでになっていた。そんな二人に導かれるようにして、勇者パーティーには最高の仲間たちが集まった。
そんな仲間たちと共に、第六魔王だけでなく、他の魔族もいつかは討ち果たして、王国の歴史にその名を残すパーティーになる――
そう信じて疑わなかった。
が。
セロは助けを求めて王城の広い一室を見渡した。
祝宴に呼ばれるまで客間でゆっくりとしていた仲間たちは、結局のところ、誰一人としてセロに手を差し伸べようとはしなかった。
女聖騎士のキャトルはじっと俯いたまま、その美しい金髪を
数多くの聖騎士を輩出してきたヴァンディス侯爵家の長女で、若くして聖盾を使いこなすことから勇者パーティーに入った実力者だ。
バーバルやセロより二つほど年下だが、いつも落ち着き払っていて、言葉数も少なめなので、セロもあまり当てにはしていなかったが、それでも目すら合わせようとしてくれないのは辛い……
また、エルフの狙撃手であるトゥレスも無関心を装って、先ほどから机上で弓矢の手入れを続けている。
セロたち人族とは異なって、長寿の亜人族ということで、いつもパーティーに最も的確なアドバイスをしてくれた人物なのに、今回だけはなぜかじっと無言を貫いている。
だから、セロは再度、そんな仲間たちに振り向いてもらえるように声を張り上げた。
「僕は、まだ戦えるよ! たしかに呪いは受けてしまったけど……こんなものに負けてたまるか! 頼むよ、バーバル。最後まで一緒に戦わせてほしい!」
セロがそう主張するも、勇者バーバルは「ふん」と鼻を鳴らした。
傲岸不遜な顔つきがさらに歪んで、話し合うことすら面倒臭いといったふうに、バーバルは黒髪を掻き毟ってから大袈裟にため息をついた。
「本気でそう考えているとしたら、余程おめでたいやつだ。そうは思わないか? パーンチよ?」
急に話を振られたモンクのパーンチだったが、「やれやれ」と両肩をすくめてみせた。
セロは一縷の望みを持って、パーンチに視線をやった。パーンチは竹を割ったような性格で、己の肉体のみを信じる武道家だ。やや戦闘狂なところが玉に瑕だが、曲がったことが大嫌いなので、セロはきっと助け舟を出してくれると信じていた。
だが、パーンチは両腕を組んでセロをきつく睨みつけてくる。
「勇者の幼馴染だか何だか知らんが……所詮、法術もろくに使えん司祭ではなあ……」
モンクのパーンチの歯に衣着せぬ一言は、セロに真っ直ぐに突き刺さった。
たしかにセロは光の司祭と謳われていたが、法術だけは苦手だった。神官職の専売特許ともいえる法術による回復や支援がどういう訳か上手く出来ないのだ。
だが、セロはそれを克服するべく、パーティー戦闘を俯瞰して捉える目を養って、戦況によって的確に回復薬などを分け与えることで、これまでもしっかりと貢献してきた。
本来は後衛にいるべき神官職にもかかわらず、中衛の位置まで上がって、何なら前衛にも打って出て、敵からの攻撃を身代わりとなって受けてまで、パーティーを陰ながら支えてきたと自負していた……
もっとも、そんなセロの自信はあっけなく崩された。
「まあ、たしかに司祭なのに、かけられた呪いが解けないんじゃねー」
セロのすぐそばでそうこぼしたのは、魔女のモタだった――
ハーフリングという亜人族で小柄なモタは、感情をころころとよく表に出すので、このパーティーではムードメーカーでもある。
しかも、パーティーの最古参だ。冒険者見習いだった時代からセロやバーバルとこつこつと一緒にやってきた仲でもある。そんなモタまでもが、同じ後衛職でよくつるんでいたセロを非難し始めた。
これでは最早、全会一致といってよかった……
勇者バーバルは満足げに、セロに向けてにやにやとした笑みを浮かべてみせる。
「これでよく分かっただろう? つまりは総意だ。お前にこのパーティーは相応しくない。役に立たない者など、祝宴が始まる前に出て行ってくれないか」
「でも、そもそもこの呪いだって――」
セロはそこまで言うと、「うっ」とその場に
どうやら呪いがずいぶんとセロの体を蝕んでいるようだ。
呪いの本質は反転だ――光は闇に。生者は死者に。本来、呪いにかかった者は一日も持たずにじわじわと死に至ることになる。
ただし、何事にも例外はある。力ある生者はたまに呪いに抗して不死者となって、いずれは魔族に変じていって、世界の全てを憎んで破壊するとも伝えられているのだ。
だから、すぐにでも解呪しなくてはいけないのだが、呪いには
とはいえ、セロは神官職なので、呪いの進行自体は何とか自力で抑えつけている。
それにこんな状態でも、闇属性や不死者に陥ることなく、セロはパーティーに貢献出来ると信じていた。そう強く信じることで、呪いに対してギリギリで抗してもいた。少なくとも、魔王を一人倒しただけという冒険の途上で、仲間たちに見放されてしまうなんて信じたくもなかった……
「で、その呪いがいったいどうしたっていうんだ?」
すると、勇者バーバルが苛立った口ぶりで聞き返してきた。
セロは項垂れながらもこう叫びたかった――「この忌まわしい呪いだって、もとはと言えば、バーバルをかばって受けたものじゃないか」、と。
そう。たしかにセロにかけられた呪いは、吸血鬼の真祖カミラがバーバルに向けて放ったものだった。カミラが死に際に上げた『断末魔の叫び』に対して、無防備となったバーバルをかばおうとしてセロが身代わりになって引き受けてしまったわけだ。
だが、バーバルはいかにも理解出来ないと言わんばかりに頭をゆっくりと横に振って、セロのもとまでやって来てから胸ぐらを掴んで持ち上げた。
「まさかと思うが、勇者であるこの俺があの程度の攻撃をかわせないと、本気で考えていたのか? だとしたら……思い上がるのもいい加減にしろよ、この屑野郎が!」
勇者バーバルはそう吠えると、客間の扉付近にセロを強引に放り投げた。
「ぐうっ!」
柱に頭を打ちつけたせいで、一瞬だけ、セロは目が回った。
それでも額のあたりに片手をやって、視界が定まってきたことを確かめてから、仲間たちを信じて、もう一度だけ、客間をゆっくりと見渡した――
女聖騎士のキャトルは終始、髪をいじっていた。
狙撃手のエルフことトゥレスは淡々と矢じりを研いでいた。
モンクのパーンチは掌に拳を当てて、いかにもセロを強制的に追い出しそうな雰囲気だ。
魔女のモタはそわそわしつつも、セロからふいに視線を逸らして、「祝宴では何が食べられるのかなー」と呑気なことを呟いた。古株の後衛職同士、ずっと仲良くしてきたはずなのに、今ではもう目も合わせてくれない。
……
…………
……………………
セロの目からは涙がこぼれそうになった。
勇者バーバルは、同い年で、幼馴染で、それでいてずっとセロの憧れだった。
だからこそ、その背中に追いつこうと、たとえ法術が上手に使えなくても、セロは血反吐が出るほど訓練して、前衛、中衛、後衛での戦い方も学んで、サポートのための広い視野も身につけて、さらには冒険先の
バーバルと少しでも一緒にいたかった。
かけがえのない親友でいたかった。そのはずなのに――
今では視界が滲んでしまって、バーバルがどこにいるのかさえ分からなかった。
そんなセロとは対照的に、バーバルはというと、さながらゴミでも見るかのような眼差しをセロにずっと向けていた。
「なあ、早く消えろよ。役立たずめが」
勇者バーバルの冷たい声が客間にまた響き渡った。
セロは目もとを右腕で拭うと、バーバルとやっと視線を合わせた。すぐに愕然とした。まるでそこらへんにいる雑魚モンスターにでも投げつけるような眼差しをセロに向けていたせいだ。もう必要とされていないのだと、嫌でも理解するしかなかった。
同時に、呪いがセロを一気に蝕んでいくような感覚があった。セロはまた蹲りかけた。それでも、せめて無様な姿を仲間に見せないようにと――
「…………」
さよなら――もろくに言えずに。
セロは込み上げてくる闇や死にも似たドス黒い何かを喉もとでぐっと堪えつつも、王城の客間から勢いよく飛び出して行った。
こうして、光の司祭セロは勇者パーティーから追放されたのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます