ハーフ&ハーフ2 のための短編連作
久里 琳
第1話 出会いとお茶漬け
まったくもってどうかしている。
見ず知らずの相手に話しかけた挙句、家にまで連れてきてしまった……
わたしは狭いキッチンで今さらながら、ちょっと頭を抱えていた。
これはもう、しょうがないと思うしかない。
捨てられた犬とか猫を、見なかったことになんかできないだろう?
少なくともそういう真似は、わたしにはできないし、できなかったのだから。
しかもさっきからずっとグゥグゥとお腹を鳴らしている。
本人は恥ずかしそうにうつむいたままだけど。
となれば、もう作ってやるしかないだろう?
今は事情があって違うけど、これでも元はプロの料理人。
美味しいものを食べさせてやりたいという気持ちだけは、今も熾火のように残っている。
というわけで、それも含めてキッチンで頭を抱えていたわけなのだ。
まぁ急なことなので食材も限られているし、すぐ出来るものという条件付きだし。
「アレルギーとかない? 苦手なものとか?」
返事はないけど、少し首を横に振ったのは分かった。
だったら、これで完成だ。
「まぁ、なんだその。ただのお茶漬けだけどさ、食べてみなよ、たぶんおいしいから」
お腹がグーと鳴る音が『いただきます』の代わりだった……
📞 📞 📞 📞
かれがどうしてそんなにやさしくしてくれるのか、ぼくにはわからなかった。
ぼくに与えられるのはたいていが臭い、汚い、みっともないって言葉で、そこへたまにかわいそうって言葉とともになにか食べるものが加われば、ぼくはその日を生きのびることができたのだった。
家のなかがこんなにあたたかいなんて、いままで想像もしなかった。
焼けこげた家の梁の下にいたって雨は容赦してくれない。爆風に軒並みなぎたおされたあと一枚っきりのこった壁も北風を押しかえすにはひよわすぎた。あんまり寒くて雪の夜にはたき火の火のなかにとびこんでしまおうかなんて思ってたのに。
目のまえに置かれたスープはお米が入ってて、湯気といっしょにふしぎな匂いをたてている。なんだろうこれ。はじめて見る食べものだけれどとにかくごはんだ、それでおもいだした、もうふつかも食べてないんだった。いや三日だったかな、おぼえてないや。きのうっていつのことだっけ。
皿をもちあげたらあっつあつに熱くておもわず落っことしそうになってしまった。「あっ」てみじかい叫びがあがって、声のした方を見たら、男のひとがまぢかでぼくを見てるのと目が合った。かれはおっかなびっくり笑顔をつくった。ぎごちないけど、わるい考えはその下にないんだってなぜだか思った。おとながなに言ってきたって耳をかしちゃだめだ、ってのは町の孤児たちの合言葉になって芯まで染みついてるのに、そのひとの不器用な笑顔は世界にひとり立ち向かうため不信と警戒心で築いたなけなしの防御柵をさあっと吹き散らしてしまった。
かれの視線はぼくからスープに移って、それからまたぼくの方に戻った。その目にうながされるように、ぼくはもいちど皿をもちあげ、注意しながらスープを口にした。うす味のスープにごはんはほどよくふやけて空っぽのぼくの胃ぶくろにもやさしかった。びっくりしたのは赤い実だ。しょっぱくてすっぱくて、ひとくち齧るともうほかの味がふっ飛んでしまうほど。でもヘンなのに不快じゃない。不快どころかその味が口から去るとさびしくてすぐまた欲しくなる。それでまた齧るとこんどはスープが欲しくなる。どんどん食がすすむ。あっという間に食べきると、空の皿をぼくから取りあげて、男のひとはキッチンに向かった。せなかを見てるうちまたいい匂いがしてくる。お皿にスープがそそがれる、湯気がたつ、香ばしい匂い、それからあの赤いすっぱい匂い。ぼくの食べっぷりはかれにつつぬけだったようだ。二杯目のスープには赤い実がみっつも入ってた。
二杯目をたいらげると、ぼくは急にねむたくなってきて、テーブルに顔を伏せて目をとじた。おなかは満たされ、部屋はあったかい。もう死んだっていいや。ちがうな、それは今朝まで考えてたこと。このまま雪に埋もれて死ねればいいなって思ってたんだった。でもいまはちがう。こんな美味しいものがこの世にあるなんて、それがぼくの口に入るなんて。またこんなのが食べられるのだったら、まだもうすこし、生きててたいな。
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