断片
雨月 史
第1話
雑踏……。
それぞれの思いがこの駅のホームには溢れている。その一つ一つがこの雑踏のにかき消されて行く。
彼との約束の時間までまだ少し余裕があったので、今ホームに入ってきた快速を見送って
人間観察に
入口前で扉が開くのを待つのは、
彫りの深い顔の三人組。
おそらくネパール人だ。
この駅の近くのビルの中にあるアジアンダイニング。
そこのトマトカレーと子供の顔くらいの大きさのナンは絶品だ。
三人組の中のふくよかな背の低い女性はそこの店員だろう。
何度か目にした事がある。
また別の長身の女性は額に赤い模様がついている。何か聞き慣れない言葉を話して、それをもう一人のやはり女性がニコニコしながら頷いている。
お国柄なのかこの異国での暮らしにも関わらず、3人とも陽気な雰囲気で電車に乗り込んでいった。
どこかの校名の書かれたジャージを着た男の子達が、さも今見てきたかの様に、
春の選抜甲子園の熱戦について語らい合っている…。
それを騒がしく感じるかのように横目で見ながら、綺羅びやかに着込んだ淑女と、
ひと目で買ってまもないとわかる制服に着られた無表情の女の子が電車に乗り込んでいった。
発車の通知のアナウンスが流れる。
それと時を同じくして階段を駆け下りてくる何人かの人々。
「危険ですので駆け込み乗車はおやめください!!」
という注意勧告を無視して扉が閉まる直前まで人が行き来する。
日常の光景だが……。
あと5分早く家を出ればいいのにと
心の中で毎回ツッコミをいれてしまう。
そして閉門に間に合わなかった人たち…。
「だから言ってじゃない。」
と静かに怒る母親をみる。
時間の大切さをまだ幼い娘に語る。
電車に乗り遅れたのだろう。
静かな誰もいないホームで、
密かに声を荒げて
約束の時間に遅れる事がどういう事か
を説いている……。
可愛らしい春らしい服。
雨降りの予報だからか水色の長靴。
けれどもそこに笑顔はないのだ。
何か悲しい気分になった。
まぁあと5分も待てば次の電車が来るじゃないか。と電光掲示板に目をやる。
駅の少し先に踏切がある。
のぞけば見えるような位置だ。
警報が鳴り遮断器が下がってくる。
そろそろ電車がくるようだ。
……。
けれども待てども待てども電車は来ない。
踏切の警報はずっと鳴り響く。
おかしいな…‥。
しかし駅の遅延を知らせるアナウンスはながれない。
こんな事ならば先程の電車に乗っていけば良かった……。
などと後悔する。
知らない誰かに、あと5分早く出ればいいのに…とか思っていた事を恥ずかしく思う。
段々気持ちが焦りだして、
意味もないのにホームから身を乗り出して電車の来る方を覗き込む。
すると鳴り響く閉じた遮断器をくぐり何人かが通り抜けていった。
危ないなー。
少し間が空いてまた何人かが通り抜ける。
みんなでやれば怖くない。
そういう精神だろうか?
何度かその繰返しをみてると、
遂に自転車を無理やりくぐらせて
踏切を横断する女子高生がいた。
真面目そうに眼鏡をかけて、
とてもそんな事するようには見えなかった。
世も末か……。
なんて思って眺めていた。
すると、
「え?!やばい!!」
その女子高生が引く自転車のタイヤが、
どうやら線路に挟まったようだ。
ハラハラするが助けに行くにも、
距離が遠いし、それにまだ電車は来ないだろうとたかをくくっていた。
ところが……。
駅のホーム越しに響く列車の振動。
「え?!」
遠目で見ても焦る女子高生。
「やばい、やばいって!!」
ファーン!!!!!
列車の警笛が聞こえる。
まずい助けに行かなくちゃ!!
と思うも足が
焦る女子高生。
やっと車輌が外れたようだ。
だがもう遅い……。
電車がすぐそこに迫っている。
行かなくちゃ!!
でも足は動かない。
恐怖にかられながら、
衝突の映像が頭を
恐ろしすぎて顔が強ばる……。
でも足は動かない。
女子高生は駅に向かって線路伝いを必死に走る。
激しい鼓動と恐怖の震えが止まらないが、
勇気を振り絞って足を動かす。
ホームまであと少し、
電車もブレーキでなんと減速している。
「早く!!、こっちへ!!」
と必死に手を伸ばす!!
火事場の馬鹿力。
彼女をホームに引っ張りこんだ!!
……。
という夢をみた。
夢とは不思議なもの。
ネパール人も、
男子学生も、
長靴の少女も
そしてその女子高生も。
私の知っている人ではない。
少なくとも学生時代、
社会人になってから、
出会った身近な人間ではない。
彼女たちは一体
私のどこから現れたのだろう。
記憶の断片……。
潜在意識……。
私は何を思い?
どう生きているのだろうか?
断片 雨月 史 @9490002
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