第57話 私こそが最低の人間

 いくら反論を考えようとしても婚約してから見えて来た彼の裏の部分は反論どころか批判できるようなところは何一つも無く、強いて言うならば私への態度が少しだけ冷たいくらいであろうか。


 それでも圭介と比べればというレベルであり、一人間としてはかなり良くしてくれていて、私の事を気にかけてくれているとは思う。


 ただ、異性として扱われているかというと、恐らく新しくやって来た同居人程度の感覚なのが伝わって来る。


 もし、今までの私が思っていた『私が婚約をさせられたのは西條が私の事を異性として好かれている為、金で買われたのだ』という事が事実であるのならばもう少し何かしらのアクションがあっても良いはずである。


 だからこそ私は今まで西條の家に寝泊まりをしていたのではないか。


 しかしながら当初の目論見では初日から私の初めてが奪われるはずだと思っていたのだが、それも外れて今日こんにちまで寝泊まりをする羽目になったのである。


 いや、犬飼さんに言われたからこそ少しだけ自分の事を客観的に見れるようになり分かるのだが、結局私は私が加害者である可能性に薄々気付いており、その可能性を潰す為に西條が私を襲うように仕向けたのである。


 だからこそ気付かない振りをして心の奥底に蓋をした感情を、犬飼さんに言われて私の中の醜い感情を掘り起こされた事でより一層衝撃を受けたのである。


 どちらが正しいかなんて、西條が私を異性として扱っていない時点で分かりきっているではないか。


 最低なのは私の家族であり、そして私自身である。


 西條は私の家族や関係者を助けてくれた恩人なのに、その相手に向かって加害者たれと考える私こそが最低の人間である。


 そして何で今まで犬飼さんが西條に尽くして来たのか、その理由が少しだけ理解できたのだが、それとは別に何で犬飼さんが私を毛嫌いしているように感じるのかが分からない。


 私の西條に対しての今までの対応以外に何か犬飼さんから嫌われる根本的な原因があるような気がしてならないのだ。


 その原因は犬飼さんの「昔から大っ嫌いで最低な貴女のまま」という発言から昔の私に何か原因があるような気がするのだが、思い出しそうで思い出せなず、もやもやとしてしまう。


 だからと言ってこの事を犬飼さんに直接聞くのもそれはそれで駄目な気がして、聞きに行く勇気すら出ない。


 今この状況になったからこそ本当の私というのが如何に醜い存在であったのかという事が浮き彫りにされているようで心が潰れそうになってくる。

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